三四.合流
桜井と黒部、とそのバディは物陰に隠れて、爆発が起きた通りを覗いていた。
「素敵な出迎え係りだね」
黒部は小さな双眼鏡でK1A1カービン銃を持つ高麗コマンドの姿を確認していた。
「桜井3曹。狙撃ポイントを探せ、俺らは裏から回り込む」
「了解」
ハン曹長率いる9名の分隊は生き残りの自衛隊を殲滅するという任務が与えられていた。彼らはミニミ機関銃かK2ライフルの銃身を切り詰めた国産のK1A1カービンを持ち、指揮官のハンだけはソ連製のドラグノフ狙撃銃を使っている。
第一撃で何人かを射殺したが、まだ何人か残っている。彼らは慎重に前進していった。
「敵だ!」
片平の追及を受けていた隊員が周りの同僚が次々と撃たれていくのを見て叫んだ。そして片平らを物陰に押し込むと、自分の89式小銃を構えた。
敵はゆっくりだが確実に近づいてきている。
中央指揮所
自衛艦隊司令官を交えた幕僚たちのミーティングは続いていた。しかし、神谷の一言がそれを終わらせた。
「そろそろ時間だな」
時計を確認した神谷は立ち上がって指揮所の出口へ向かった。
「官邸へ行く。首相にブリーフィングをしなくてはならない」
「同行します」
真田も立ち上がった。
「自分は座間の陸上総隊司令部に赴き部隊転用の指揮を執りたいと思います」
最後に剣持が続いた。陸上総隊は各方面隊の上位に位置し、陸上自衛隊の全戦闘部隊を指揮する総司令部として2013年に新設されたものである。海上自衛隊の自衛艦隊司令部や航空自衛隊の航空総隊に相当する。司令部は在日米軍のキャンプ座間に置かれ、アメリカ陸軍第1軍団との緊密な連携が可能である。
3人が指揮所を出て行くと、それを待っていたらしい富田が立ち上がった。
「皆さん、私の意見を聞いてくれますかな?」
斉藤と笹山は突然のことになにも言い返せなかった。
「どうして我々は高麗軍の上陸を許してしまったのでしょうか?私が思うに、これまでの防衛力整備の陸偏重が原因なのではないでしょうか?
たとえば今年度予算では陸上自衛隊の予算は海上自衛隊の1.7倍なのですよ?信じられますか?海洋国家、海軍国家のこの日本で陸軍がこれほど優遇されるのはおかしいではないですか?」
富田の演説はどんどんヒートアップしていく。
「もし適切な予算配分が行なわれていれば、海上自衛隊と航空自衛隊が洋上で高麗軍を撃破できた筈です。すべては陸偏重の予算配分が原因なのです」
必死に訴える富田に斉藤はいかにも胡散臭いといった視線を向けて、笹山は富田と目を合わせず頭を掻いている。
「やはり我々としては空海への更なる予算の配分を必死に訴えていくべきだと思うんです。では私は司令部に戻りたいと思います」
富田は一方的にそう言って指揮所を去った。
残された二人は同時に溜息をついた。
「身内の恥を晒してしまったようですね」
「あの阿呆はいまだに洋上撃破なんて幻想を信じているんですか?」
「みたいですね。あなたはどう思います?彼の意見」
「さっきも言ったでしょう?そりゃ空自の予算を陸に回せとまでは言いませんがね、出撃して帰投したら基地が無くなっている、なんてのはやめてほしいね」
2人はもう一度、溜息をついた。
首相官邸
烏丸は再び天見に電話をかけていた。
「天見さん。私は自衛隊出動の方針で進める。すでに多くの日本人が被害に遭っているんだ。我々には日本人を守る義務がある」
<なにを言っているの!それではわが党の理想はどうなるの!>
天見が声を張り上げ怒鳴ったが、烏丸は話を続けた。
「理想、理想って叫んだだけじゃ現実はどうすることもできない。我々にできるのは現実に迫った脅威から日本を守ることだ」
<しかし、平和的に解決するから意味があるんです。今こそ日本の平和主義の…我が党としては防衛出動は認められません>
「なら、党を抜ける」
<えっ!>
烏丸の突然の宣言に電話の向こうの天見は何も言う事ができなかった。
「党に居るために日本を守れないなら、党を抜ける。防衛出動を必ず承認させる」
烏丸の決意は固かった。
<分かりました。あなたがそのつもりなら結構です。しかし党はあなたを容赦しませんよ?>
「覚悟の上さ。天見さん。今までありがとう」
<では、さようなら>
福岡市内
片平、荻原、それに知世の目の前で89式を構えた自衛隊員が1人射殺された。隊員を撃った高麗兵がゆっくり、だが確実に迫ってくる。3人とも腰が抜けて、その場にへたりこんでしまった。しかしそれが彼女らを救った。もし逃げようと飛び出したら、高麗兵は反射的に射撃することであろう。
そしていよいよK1カービンを持った高麗兵が3人の前にやってきた。相手は目の前の女3人に一瞬驚いた表情を見せたが、銃口を向けた。
片平は2人を後ろに銃口の前に出て立ち塞がった。
「片平さん」
「私は暴力に屈しない。そう決めたのよ」
銃口はまだこちらに向けられているが、兵士の方は首を動かして辺りの様子を伺っている。するとその眉間に穴が開き、そのまま倒れてしまった。
64式改狙撃銃の照準スコープを通して敵を倒したことを確認すると、桜井は次の標的に移った。そしてそちらも一撃で仕留めた。さらに別の高麗兵を狙おうと固まって行動している3人に銃口を向けたが、撃つには至らなかった。どこから手榴弾が投げ込まれ、3人とも吹き飛ばしてしまったからだ。
手榴弾で敵兵を蹴散らした黒部とバディは、驚いている高麗兵2人を後ろから襲い掛かり銃剣で喉を掻き切った。高麗兵部隊はほとんど全滅してしまった。
桜井は狙撃ポイントから飛び出した。倒れている自衛隊員や市民の様子を1人1人確認していく。ほとんどが死亡しているか、重傷を負い危険な状況にある。しかし軽傷ないし無傷の者もいくらか居た。そしてその中に見知った顔も何人か居た。
「青野さん?」
前に紹介した荻原の学友。その顔を桜井は覚えていた。青野由紀夫と斉藤美緒。2人とも無事の様である。
「思い出した。あんた、荻原里美の…」
そう言いかけた青野の口を桜井は手で塞いだ。
「静かに。まだ敵が近くに居るかもしれない。ここに隠れていて」
目の前で人が射殺される光景を何度も見せられて荻原、片平、知世は憔悴しきった顔をしている。黒部は3人の前に立って、どうすべきかと途方に暮れていた。
「大丈夫かい?」
荻原が無言で頷いた。黒部は道の真中で辺りを警戒しているバディの方を向いて首を横に振った。そこへ桜井が駆けつけてきた。
「里美!」
その声に荻原も桜井の存在に気が付いた。
「雄一!」
その声に呼応するかのように銃声が響いた。桜井と黒部は咄嗟に近くの物陰に見を隠した。そして様子を探るために物陰から少し顔を出した桜井は道の真中で誰かが倒れているのに気づいた。
「あっ」
黒部のバディだった。桜井は彼を助けようと飛び出そうとしたが、黒部が背嚢を掴んで無理やり戻した。
「もう遅い。あいつは死んでる。それより狙撃手を見たか?」
「いいえ。すみません」
「いいさ」
黒部は辺りをきょろきょろ見回した。荻原ら3人も後ろに隠れていて、的になりそうな奴は居ない。黒部は覚悟を決めて、桜井の肩を叩いた。
「外すなよ」
それだけ言うと、黒部は道に飛び出した。
連載開始から早1年経ちました
読者の皆様、これまで応援ありがとうございました
そしてこれからもよろしくおねがいします
(改訂 2012/3/23)
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