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三一.防衛線からの撤退

室見新橋

 室見川に架かる橋。先ほど激戦が行なわれた今宿新道の1つ川下の室見新橋。そこを1輌のK1A1戦車が随伴歩兵を引き連れて渡ろうとしていた。海ノ中道に上陸した別働隊の残存である。新道の橋の前で小隊長と坂井車の迎撃を受けた彼らは二手に分かれて、新道の南北に散ったのである。そして今、室見川を渡り撤退する自衛隊を襲撃しようとしていた。しかし戦車が橋の中ごろに達したこと南の方から何かが飛んできた。


「ミサイルだ!」


 歩兵の誰かが警告を発したときには既に遅く、K1A1戦車の砲塔上部に96式多目的誘導弾が炸裂した。



 室見川の川沿いの緑地内に隠れて監視活動を行っていた観測班はミサイルの戦果を確認して歓喜した。


「うかれているんじゃないぞ。お前ら。撤収の準備をするんだ」


 班長の言葉が隊員たちを現実に引き戻した。彼らは今、大局的に見れば負けているのだ。




橋本橋

 一方、もう1輌のK1A1は今宿新道の2つ川上に架かる橋本橋を、なんの妨害を受けることなく渡った。1輌の戦車と歩兵小隊は自衛隊の退路を断てる位置を占めたのである。




隘路の北の山地

 北側の山地の防衛部隊はなんとか持ちこたえていた。北側には2つの山が連なっていて、西側の長垂山を突破されたものの、それに続く一二七高地の稜線を防御ラインとして使うことができたからだ。機関銃陣地と特科隊の攻撃で高麗兵を押し止めて、その間に守備隊の施設科隊員たちは次々と撤退していった。




隘路の南の山地

 南の防御線は北のようにはいかなかった。

 突撃してくる高麗兵の上に自衛隊特科隊の放った榴弾砲が次々と炸裂する。なんの装甲も持たない徒歩歩兵が相手なのだからその威力は絶大なのであるが、観測手を欠いて照準がいい加減なこともあって進撃を止めるには至らない。だが、彼らの前に別のものが立ち塞がった。

 山の中腹に建てられた高校。その校庭に4輌の87式偵察警戒車が集結していた。


「君たちが最後かな」


 指揮官がハッチから顔を出して、山の中から逃げてくる隊員を呼び止めて尋ねた。


「まだ逃げ遅れている奴がいるかもしれんが、部隊としてまとまっているのは俺達が最後尾な筈だ。集団で走ってくる奴がいたら、そいつらは敵兵だ」

「そうか、援護を頼めるか?」

「いいだろう」


 その隊員は自分達の部下を集めて、校庭の周りに散開して装甲車を援護するように命じた。

 一方、装甲車の砲塔内では砲手が赤外線監視装置で接近してくる大勢の軍勢の姿を捉えた。


「来ました!」

「よし、主砲、撃ち方はじめ」


 4輌の装甲車から一斉に25ミリ機関砲が森に向けて放たれた。エリコン社製の25ミリ機関砲の威力は凄まじい。木々を撃ち抜き枝を舞い上がらせ、突撃してくる高麗兵を次々と射倒す。最初の高麗兵の集団は思わぬ攻撃に全滅した。

 だが、いつまで押しとめられるかは分からない。




大通り

 隘路を貫く今宿新道と福岡外環状道路が交わる交差点上で小隊長の10式戦車が前後左右に警戒を張り巡らせていた。これまで10輌のK1A1戦車を撃破したが、彼の小隊も2輌まで戦車を減らしている。


「敵はあと3輌か」


 デジタルディスプレイを見つめながら小隊長が呟いた。視線は南下してくる2輌の友軍戦車を示すアイコンに向けられている。愛宕山の高麗軍を蹴散らした第3中隊と行動している氷室と僚車を示すものである。


「氷室、早く来い」


 その時、交差点の北側に2輌のK1A1戦車が現われた。


「撃て!」


 すぐさま砲塔が動き1輌に向けて主砲が放たれる。120ミリ主砲弾はK1A1の正面装甲を貫通した。しかしもう1輌が10式戦車に主砲の照準を合わせた。いかに10式戦車といえども先ほどの高架下での戦闘と違い機敏に動く相手への連続攻撃は難しい。


「間に合わない」


 小隊長は最期だと覚悟した。

 しかし、もう1輌のK1A1戦車は主砲を撃つことなく沈黙して炎上しはじめた。


<先輩、遅くなりました!>


 無線機から聞こえてくるのは後輩の戦車小隊長、氷室のものであった。


「よく来てくれた。助かったぞ。あとの敵戦車は1輌だ」


 橋の前を守っていた坂井車も加わって、4輌の戦車は交差点の真中で円陣防御の態勢をとった。2人の小隊長はそれぞれの戦車を出て、今後のプランについてミーティングを行なおうとした。その時、無線機が鳴った。相手は先ほど交代した施設部隊のトラック縦隊だった。


<敵の襲撃を受けている。戦車あり。至急、応援を頼む>

「よし。私の小隊が片付ける」


 氷室はそれだけ言うと、自分の戦車に戻った。



 K1A1戦車の攻撃を受けて何輌かの中型トラックが転倒し炎上していた。生き残った隊員たちは小銃を手に持って高麗軍歩兵と戦っているが、相手には戦車の援護がついているので圧倒されてしまう。

 氷室小隊の2輌の戦車は第3中隊を引きつれて4車線道を左右の路肩側の車線に分かれて進んでいた。


「弱いもの虐めはたいがいにしろよ。よし、こちらで戦車を片付ける。僚車は高麗歩兵を掃討せよ。砲手、徹甲弾!」

<3尉。獲物をもっていかないでくださいよ。今回は譲りますが、次は頂きますからね>

「次があればな。よし、てぇー」


 敵戦車K1A1は対応するいとまもなく正面から120ミリ徹甲弾を受けて破壊された。それに続いて僚車が高麗歩兵に肉薄して同軸機銃でなぎ倒す。


「戦車は全て破壊した」


 危機の絶頂は回避した。氷室は狭い戦車の中で安堵した。

 彼らと同行していた第3中隊はそのまま大宰府防衛線まで撤退することになった。




隘路の北の山地

 稜線に掘られた機関銃陣地では殿を任された兵士たちがミニミ機関銃を乱射して高麗兵の突撃を阻止しつづけていた。そこへ防衛を任された指揮官がやってきた。


「よし。あらかた退却が終了したぞ。我々もここを離れる。特科部隊が最期に盛大な射撃をするから、それを合図に山を下るんだ」


 やがて特科隊の支援射撃が始まった。部隊の後退を敵の目から隠す発煙弾と榴弾のミックスは絶大な威力を発揮した。



 山を下りた隊員たちは待ち構えていた中型トラックに飛び乗った。それが最期の便であった。彼らはやがて小隊長と坂井車、第4中隊が守る交差点を過ぎた。


「北側はあれが最期だな。南は?」


 すると3輌の87式警戒偵察車が交差点にやってきた。高校の校庭で阻止を行なっていた部隊である。もう1輌の姿はなかった。車体の上に隊員たちを乗せている様子は、いかにも逃げてきたという感じである。

 先任の指揮官である第4中隊長が状況を既に大宰府に移動した野木連隊長に報告して、後退の許可を得ると2輌の10式戦車を先頭にして退却を開始した。それに第4中隊を乗せた中型トラックや高機動車、軽装甲機動車が続き、最後に3輌の87式偵察警戒車が殿となって出発した。

 午後3時。福岡防衛線は放棄された。

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