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二九.第二次全面攻勢

防衛線

 午後1時。

 先手を仕掛けたのは自衛隊側であった。菅井の説得もあり首相が後退を認めたのである。第一撃は特科部隊による砲撃である。155ミリ榴弾砲と203ミリ榴弾砲、それぞれ1個大隊による集中砲火。それは主に隘路南側の山地の稜線上と隘路の出入口に集中していた。隘路に防衛線を展開する部隊の撤退を援護するための射撃であった。

 その隙に海岸側の第4中隊が担当の防衛線を離れ、隘路の防衛線の背後に移動した。一方、隘路の南側の山地では桜井ら防衛部隊が稜線上の高麗兵を排除すべく行動を開始していた。自衛隊側の砲撃で高麗兵の動きが制限されている隙をついて分隊単位で前進し始めた。樹木や地形を利用してできる限り見つからないように素早く指定された突撃発起線まで進んでいく。部隊が発起線に集結したら、一気に頂まで突撃を行なうのだ。できれば夜間に行なうのが好ましいのだが、なにぶん時間がないのだから仕方が無い。



 一方、第3中隊は高麗軍中隊を愛宕山まで追い詰めていた。山と言っても全高68mの小さな山で、山頂に愛宕神社がある。愛宕山という名の山は全国各地にあるが、その中でも特に小さい。しかし、ただそれだけでも高所に陣取るというのは有利なことで、防衛線の向こうにいる海兵隊砲兵部隊の援護も得て、なんとか持ちこたえていた。

 ショッピングモールを背後にして北から自衛隊が山頂を目指して突撃を仕掛けた。前衛として1個小隊が前を行き、その後ろから中隊主力が進む。車道を氷室率いる10式戦車2輌が進み、その両側の林の中を普通科隊員が1個小隊ずつに分かれて進む。最後の小隊が予備として後方から進む。軽迫撃砲小隊の81ミリ迫撃砲による援護射撃を行なう下、素早く前進する。

 前衛として進む小隊が道の脇から高麗兵の銃撃を受けた。小隊はつかさず散開して一世射撃を浴びせて高麗兵を釘付けにする。その間に後から中隊の主力が追いつき、道の左右の小隊が高麗兵を包囲し、戦車が射撃を行なう。最後に予備の小隊が突入して敵を追い払う。これを繰り返し、第3中隊は次々と高麗兵の陣地を制圧していった。



 一方、高麗軍側も作戦を開始した。高麗軍はK55を2つのグループに分けた。一方が隘路の自衛隊の防衛線に向かって攻撃を行なう。そしてもう片方が前原の第16普通科連隊戦闘団に射撃する。


「なんだ、こりゃ」


 撤退の準備を進めていた古谷は目の前の光景に驚いた。真っ白なのだ。


「煙幕弾か?逸れたのかな」


 自衛隊側が高麗兵から撤退を隠すために煙幕弾を撃ちこんでいることは知っていた。しかし目標は高麗軍に確保された南側の稜線上と高麗軍が集結している隘路の西側である。となれば、煙幕弾が目の前に落ちたというならば味方の誤射か、それとも相手方の砲撃ということになる。


「しかし、今のは敵側からだよな」


 高麗兵も後退するつもりなのか?敵状の考察に集中していると、後ろから肩を叩かれた。小隊陸曹の砺波だった。


「小隊長。他の小隊が後退しました。次は我々です」

「分かった。第1班から順に後退。相互躍進で収容陣地まで下がる。あと通信士を呼んで来い」



 

師団司令部

 高麗兵の不可思議な行動はすぐさま内海に知らされた。


「前原にも砲撃か」

「師団長、これは高麗軍が攻撃方向を転換したということではないでしょうか?」


 つまり、高麗兵は福岡正面の突破は困難と判断して目標を前原に変えたということである。であるから、前原正面に配置された部隊の前進を援護するために第16普通科連隊戦闘団に砲撃を行なう。一方、福岡正面は部隊を後退させて戦線を一旦整理して防御態勢を整える。その援護のために煙幕を張った。


「なるほど。理にかなっている。だとすれば、福岡正面の攻勢は無いということか。チャンスだな」


 この時、内海は自分達が高麗軍の巧妙な罠の中に引き込まれていることを知らなかった。




稜線上 高麗軍陣地

 高麗軍が保持している隘路の南側の稜線。ここには自衛隊の砲撃が集中していたが、それが止まった。パク・ナム上等兵は愛用のK2小銃を持って塹壕から顔を出した下の自衛隊を警戒した。


「これじゃあ、何も見えないな」


 しかし戦場は敵味方の発煙弾で真っ白になっていた。


 

 桜井ら陸上自衛隊側は突撃発起点に到達した。煙幕のせいで息が苦しい。

 指揮官のGOサインが出た。数丁のミニミ機関銃の射撃が始まり、小銃手たちがその火線の下を匍匐前進して高麗陣地に肉薄する。桜井とそのバディは機関銃とともに援護射撃をしていた。時折、頭を見せる者をすべて狙い撃ちするのである。しかし高麗兵も黙ってやられてくれるわけでもない。高麗側には高地に陣取る利があるのだ。手榴弾が次々と投げ込まれ突撃を阻止される。

 しかし、こうしている間にも高麗軍部隊主力は着実に移動していたのである。



 自衛隊が先手を仕掛けてから一時間が経った。隘路の防衛線からあらかた部隊が撤退したので、両側面の山地の部隊にも後退命令が出た。桜井らは結局のところは稜線上の陣地を確保することができなかったが、下の部隊を援護するという役目は十分に果たした。

 桜井はヒュルヒュルという音とともに味方側から落下している砲弾の音を耳にした。友軍の援護射撃である。榴弾で高麗兵を塹壕の中に隠れさせて、発煙弾でその視界を奪う。しかし特科部隊も弾切れが近いのか、その弾量は十分とは言えない。しかし制圧はできなくても高麗兵を怯ませられる程度の効果はある筈である。

 桜井は西普連の隊員とともに殿として最後尾に山を下ることになった。



 高麗軍は自衛隊の攻撃に耐えて、いよいよ第二次攻勢を発起した。

 パク・ナムはそれまでの度重なる自衛隊の攻撃による鬱憤を晴らすように塹壕から飛び出した。榴弾砲の砲弾が炸裂する中、多くの兵士たちがそれに続く。破片を浴びて倒れる者もいたが、かまわず突撃を続け下り坂を駆け下りていった。


「自衛隊に近接するんだ。そうすれば大砲は使えない」


 勝利を目前にして興奮した兵士たちが白煙の中から次々と飛び出していった。



 突然のことに驚いたのは自衛隊側であった。彼らは、高麗軍は攻撃の方向を転換したので、自分達の正面にいる兵士たちは守勢に転じたと聞かされていたからだ。


「やっぱり、情報屋ってのは信頼できないんだな」


 桜井のバディが余裕ありげな声色で言った。しかしそれは声だけであった。


「まったくです」


 桜井は突撃してくる高麗兵を狙撃するが、阻止できる様子はない。それもそうだろう。桜井たち殿部隊は小隊にも満たないが、高麗側はだいぶ損耗したものの中隊規模の部隊であり、しかもそれに増援としてさらに2個中隊が加わったのである。高麗軍の偽装に見事に嵌った結果であった。


 パク・ナムは仲間を次々と撃ちぬいていく狙撃手を発見した。彼はK2小銃を構えて、セレクタを3点バースト射撃に選択した。引き金を引くと3発の5.56ミリ弾が発射される。しかし2発は僅かに逸れて、3発目が狙撃手の鉄帽を掠った。


 桜井は銃弾が頭を掠めたので反射的に頭を下げた。そしてその隣のバディが撃ってきた敵の姿を見つめた。彼は愛用の89式小銃のセレクタをフルオートに合わせた。だが、相手の高麗兵の方が反応が早かった。


 パク・ナムは狙撃手の隣の兵士が自分に銃口を向けていることに気がついた。咄嗟にその敵に銃を向けた。引き金を引くのはパク・ナムの方が早かった。敵兵士は体から血飛沫を跳ばしてそのまま倒れてしまった。


 桜井は撃ち尽くした弾倉を捨てて、新たな弾倉を装填しようとした。その時、すぐ横にバディが倒れる様を目撃した。顔をあげると突撃してくる高麗兵の姿を見つけた。銃は間に合わない。


 パク・ナムは狙撃手を仕留めるべく弾倉交換の隙を突いて突進した。交換は間に合いそうに無い。彼は勝利を確信した。だが次の瞬間、倒れていたのはパク・ナムの方であった。狙撃手が突然、彼に飛び掛ってきたのである。


 桜井は高麗兵の身体に突き刺さった銃剣を引き抜くと、バディのもとへと駆け寄った。呼吸は止まっていて心臓は動いていなかった。周りを見ると敵味方入り乱れていて大隊規模の突撃を前に自衛隊は崩れ去ろうとしていた。桜井はバディの認識票を回収すると64式改狙撃銃を持って山を駆け下りた。


 隘路の両側面山地の防御線は増援を得て二個大隊に膨れ上がった高麗兵部隊の前に崩壊した。




福岡市内

 一方、高麗軍の海ノ中道に上陸した別働隊も迫っていた。彼らは対艦ミサイル攻撃で多くのトラックを失ってしまったので、歩兵たちは残ったトラックに押し込められたり戦車の上に乗ったりして移動することになった。彼らは今宿新道、国道202号線を西に進む。戦場が見えてきたあたりで部隊は一旦停止して歩兵がそれぞれの車から飛び降りる。戦車の上の歩兵たちも道に下りた。評判の悪いタンクデザントであるが、実のところどこの軍隊でも頻繁に見られるものである。なぜソ連のことばかり散々に言われるかと言えば、ソ連は歩兵が戦車に乗ったまま突撃するからであり、ただの移動手段としてはそれほど悪いものとは言えないのである。

 ともかく自衛隊は東西から高麗軍に挟まれる結果となった。

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