二八.それぞれの作戦
国会議事堂
12時を過ぎて午前の日程を終えて衆議院本会議場を出た総理を待っていたのは、第4師団が福岡放棄の許可を求めているという報告であった。
「陸幕はただちに防衛線の仕切りなおしをしないと現地部隊が全滅に等しい損害を受けると警告しています」
信じられないと言った表情で立ち尽くしている烏丸首相を前に中山防衛大臣が言う。その後ろには神谷統合幕僚長も立っている。
「すでに1個連隊が全滅し北九州が陥落しています。判断の遅れは最悪の事態を招くことになると」
「福岡の避難状況はどうなっているんだ?」
烏丸が尋ねた。答えたのは官房長官の菅井であった。
「警察によれば、現地は大変混乱しており状況が把握できない、だそうです」
「その状況で撤退か?」
国民を見捨てるってことじゃないか。
「待ってくれ。国民を守るための自衛隊だろ?もう戦力はないのか?どうなってるんだ?」
「これが自衛隊の限界なんですよ」
神谷が言った。
「周辺国が軍拡を続ける中、自衛隊はその戦力を減らされ続けたのです。その結果がこれです。そしてそれを進めたのはあなた方ですよ?」
烏丸はうな垂れるばかりであった。
福岡 第4師団司令部
現場の司令部では撤退計画が検討されていた。現在、師団は基幹となる連隊が完全に独立して行動している状態になっている。状況不明なるも第40普通科連隊は壊滅したものとして扱い、残り3つの連隊をどうまとめるかが問題となる。
それぞれの連隊の状況をここで纏めてみよう。
まず高麗海兵隊の攻撃を受け止める福岡正面の第19普通科連隊である。この部隊は多くの増援部隊を指揮下に置いていて2個連隊程度の戦力を維持している。第1中隊と第2中隊が小さな隘路の中の防衛線を維持していて、さらに増援部隊である第2施設群と、偵察隊や選抜レンジャー、それに増援の西普連先遣中隊の混成部隊とが隘路の両側の山地で防御をしている。しかし、これらの部隊は高麗軍の攻撃に晒され弱体化しつつあった。しかも北側の施設群は長垂山山頂を確保しているが、南側の稜線は高麗軍に奪われている。一方、高麗勢力下の地域まで前進していた第4中隊は連隊長命令により元の防御線に戻った。また予備であった第3中隊も防衛線の背後に上陸した高麗軍中隊の撃破に向かった。相手と戦力はほぼ均衡していたが、戦車2輌の援護が加わり敵を圧倒している。しかし撃破には至っていない。第3中隊と第4中隊の損害は小さく、まだ十分な戦闘能力を確保していた。機甲戦力については、1個中隊14輌の10式戦車が配属されたが12時現在の稼動数は8輌になっていた。また偵察隊の87式偵察警戒車のうち4輌が戦闘可能であった。
第16普通科連隊は高麗海兵隊上陸地点の西側、前原市で相変わらず待機中であるが、戦闘を行なっていないので戦力を確保していた。第41普通科連隊も主力は直方に待機中で、1個中隊を航空自衛隊の築城基地防衛に派遣している。どちらの連隊も増援部隊が配属され戦闘団を編成していた。
「第41普通科連隊を国道200号線沿いに南下させるとして、どこまで南下させますか?できれば飯塚市は確保しておきたいと思うのですが?」
飯塚市は北九州と大宰府一帯を結ぶ国道200号線と、福岡と周防灘沿岸を結ぶ国道201号線が交差する交通の要所である。高麗軍がここを確保すれば、すでに占領したであろう北九州と福岡の連絡をより頑固にし、第4師団が後退する大宰府防衛線に側面から攻め込むことができる。一方、自衛隊が確保していれば高麗軍は海沿いの道しか福岡と北九州の連絡に使えないし、福岡に対し側面から圧力をかけることができる。
「そうだな。第41普通科連隊戦闘団は飯塚市の北側に布陣。中央即応連隊で側面を固めよう。第16普通科連隊戦闘団は現在位置でも大丈夫だ。問題は第40普通科連隊をどう後退させるかだな」
最初に提案されたのは、国道202号線を通って、市街の南側を抜けて大宰府に向かう案だ。国道202号線は福岡外環状道路及び福岡都市高速道路の高架の下を通る大きな道路で、自衛隊が通るには十分広い。しかも後方連絡線確保のために師団の警務隊(かつての憲兵に相当する自衛隊内の警察)が交通規制を行なっているので、避難民の渋滞に妨げられることもない。
「だが、洋上機動した敵別働隊に襲撃される危険がある。側面から襲撃されたら大変だ。しかも高架を破壊されれば簡単に封鎖できる」
それが内海の懸念であった。高麗海兵隊は福岡防衛線のすぐ後方に上陸させた歩兵中隊の他に、戦車を含んだ別の中隊をさらに上陸させている。その部隊が移動中の自衛隊を襲えば悲惨なことになるだろう。
「となると、国道263号線を南に進み油山の南に大きく迂回して大宰府まで行くコースでしょうか」
「しかし、一般道は避難する市民で一杯になっているぞ。ここは襲撃の危険を承知の上で202号線を使うしかない」
糸島半島 高麗海兵隊司令部
地図が置かれた机を中心に、指揮官であるミンギと幕僚たちがそれを囲んで椅子に座り作戦会議を行なっていた。
高麗海兵隊の方も状況は決して良くは無かった。ここで高麗海兵隊の現状についてもまとめてみよう。
高麗海兵隊は3個大隊編制の第1海兵連隊を中心に砲兵1個大隊、戦車1個中隊、それにその他の支援部隊を上陸させている。海兵連隊のうち1個大隊に戦車1個小隊4輌をつけて雷山川沿いに防御線を敷き、西から迫る自衛隊第16普通科連隊を待ちうけている。別の1個大隊は上陸地点付近で司令部の警備も兼ねて予備として置かれている。だが、そのうち2個中隊を自衛隊の福岡防衛線の背後に別働隊として送り込んだので、高麗軍の予備兵力は実のところ1個中隊に過ぎなかった。そして最後の大隊は福岡防衛線を突破すべく攻撃を行なっているが、結局は阻止されてしまった。
「一番の問題は機甲戦力の喪失だ」
ミンギ少将が指摘した。高麗海兵隊は2個中隊28輌のK1A1戦車を揚陸した。だが自衛隊の福岡防衛線に達する前に6輌を失った。さらに防衛線突破を任された大隊には14輌を配属して突入を試みたが、そこで9輌を失った。突破部隊に残るのは僅かに5輌。西側で防衛している大隊に配属されている4輌と自衛隊防衛線背後に送り込んだ別働隊の4輌を合わせても13輌。最初に上陸した戦車の半数弱である。さらに歩兵輸送用のAAV7についてはほとんど失ってしまった。
「敵は隘路に頑固な陣地を築いています。残存戦力を集めても正面突破は難しいでしょう」
作戦幕僚が意見を述べた。
「となると、隘路の両側面の山中を突破するしかないな」
「しかし、戦力が不十分です。大隊はだいぶ損耗しています。予備も1個中隊しかありませんし。ここは陸軍が到着するのを待ったらいかがでしょうか?」
あくまで突破に固執するミンギに対して作戦幕僚が諭した。確かにそれはそれで魅力的な提案である。陸軍の機械化部隊が確実に迫っているのだ。そうなれば陸上自衛隊の部隊など一掃できる。
「だが、本国の連中が納得しないぞ?艦隊や陸軍の連中にばかり成果をあげられてはな」
海兵隊司令部はなんらかの戦果を求めている。
「それにだ。もしお前が自衛隊側の指揮官ならどうする?」
「もはや福岡を防衛するのは絶望的ですからね。後退して建て直しを図ります」
「だろ?」
ミンギがニヤリと笑った。
「私もそうする。敵はなかなか優秀な部隊だ。このまま後退させるわけにはいかない」
「なるほど。攻撃を仕掛けて防衛線に釘付けにするってわけですね?」
「撃たれている時に背中を見せるわけにはいかないからな。さて、問題はどの部隊に突撃させるかだ。賭けになるが、私の案を聞いてくれるかな」
そう言うと、ミンギは立ち上がって地図に指を指して説明を始めた。
「今、半島の西側ではオ・ギョンピョル少佐の第2大隊が自衛隊の1個連隊の前に防衛線を敷いている。私は第2大隊をそのまま東の正面に転用するつもりだ。予備の中隊も含めたな」
「しかし師団長。それでは西側の兵力がなくなります」
作戦幕僚が指摘した。そこへ自衛隊が突入してきたら、高麗海兵隊は一気に崩壊する。
「その点は大丈夫でしょう。通信部隊が日本の放送電波を傍受していますが、倭奴はまだ自衛隊出動を承認するかどうかで揉めています。このような状況下では攻勢には出られないでしょう」
情報参謀はそのように述べたが、作戦参謀はまだ納得できない様子であった。
「それは希望的観測に過ぎないでしょう。もしかしたら、情報工作かもしれません。それに現地指揮官が独断専行するかもしれない」
一歩も譲らない両者だが、ミンギが論争を止めた。
「なるほど。作戦参謀。君の意見ももっともだ。だが、ちゃんと手は打つよ」
そう言ってミンギは幕僚たちに自分の意見を説明した。
「分かりました。師団長がそれでいく、というのなら我々もそれについて行くのみです」
反対派の作戦参謀がそう言って論争は幕を降ろした。
「ありがとう。発動は別働隊の混成中隊が防衛線後方に到着すると同時だ」
防衛線 第19普通科連隊本部
野木連隊長とその幕僚たちは師団司令部の指示に基いて、撤退計画を練っていた。
「第一陣は隘路を守る第1中隊と第2中隊だな。防御線からは隘路の部隊から下げて、両側の山地の部隊に援護させる。第4中隊が殿だ。問題は第3中隊をどのタイミングで脱出させるかだな」
野木が地図上に置かれた第3中隊、それと戦闘中の高麗海兵隊中隊を示す二つの駒を見つめて言った。敵と交戦中の部隊を引き下げるのは難しい。
「それに隘路南側の稜線が敵に取られたのも問題です。これでは撤退の様子が丸見えだ」
「こちらから突撃を仕掛けて、撤退の間だけでも蹴散らす必要がありますね」
幕僚たちが口々に意見を述べる。
「分かった。ただちに取り掛かろう。後方から戦車を保有する新たな敵部隊が迫っている」
時間は無かった。
三話、五話、二一話、登場人物紹介を修正
防衛省、防衛大臣がなぜか防衛庁、防衛庁長官になってましたorz。連載開始の一年前にもう省に昇格していたのに…