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二七.タイムアップ

防衛線

 高麗軍の背後に回り込んだ対戦車ヘリ隊は一斉に攻撃を開始した。標的には狭い隘路を進むK1A1戦車とAAV7装甲車。まさに狩場であった。

 第一陣として、AH-1Sが4機、突入した。彼らはまず戦車を排除する。それぞれ1発ずつ計4発のTOWミサイルが発射される。目標は自衛隊の陣地を蹂躙している高麗軍の戦車小隊である。2発が戦車の後部に命中して破壊したが、2発は外れてしまった。それに続いて、別の4機のAH-1Sが突入してきた。彼らの目標は第一陣が撃ち漏らした戦車であった。やはりそれぞれが1発ずつ、TOWを発射する。1輌の戦車に2発ずつのミサイルが向かうのだから外すわけがない。突入してきた高麗軍の戦車小隊は全滅した。防衛線前に残る高麗軍の戦車は最初に突入した部隊の生き残りで、今は後ろに下がり突入部隊を援護している1輌だけであった。

 だが強力な対戦車兵器であるAH-1Sと雖も決して無敵の兵器ではない。高麗歩兵は携帯式のミストラル対空ミサイルや装甲車などに備え付けられている12.7ミリ機関銃K6―自衛隊でも使われる傑作機関銃M2の韓国バージョンで、独自に改良が施されている―を空に向けて果敢に挑んできたのである。AH-1Sは20ミリガトリングガンで掃射しつつ高速で戦闘地域を離脱して逃れようとした。だが、高麗歩兵の1人が発射しミストラルミサイルが最後尾を飛んでいたAH-1Sのエンジン部分に命中してしまった。ヘリはなんとか姿勢を維持しようとしたが、その努力も空しく隘路の南の丘、桜井たちが守る林の中に消えていった。また、K6機関銃の射撃により3機のAH-1Sが重大ではないものの損傷を負い、修理を必要としていた。

 だが、おっかない戦車がいなくなれば陸上自衛隊普通科隊員の本領発揮であった。戦車を失い援護を欠いた高麗歩兵が友軍から突出して路上に孤立しているのだ。彼らにはまだAAV-7装甲車があったが、その手の車両の装甲は炸裂した砲弾の破片から兵士を守る程度のもので歩兵が持つ対戦車火器でも簡単に破壊することができるのである。パンツァーファウストや84ミリ無反動砲カールグスタフが高麗歩兵の隠れる装甲車や戦車の残骸を破壊して、機関銃と小銃による掃射を浴びせる。それに厚い砲兵の支援も加わり高麗軍部隊は完全に突破力を失った。



 隘路を挟む丘を守る隊員たちにとって事態はそれほど楽観できるものではなかった。桜井たちは高麗軍の砲兵射撃に苦しんでいた。高麗軍は稜線上の陣地を確保したので自衛隊の反斜面陣地を見渡せるようになり、その誘導に従って正確な砲撃を行なってくるのである。しかも、それまで高麗砲兵は砲弾を出し惜しみしているようであったのに、ここにきてなんの遠慮もなく次々と撃ちこんできたのであった。高麗陸軍が動き出したのを知って、勝利を目前とした故のことであろう。おまけに自衛隊の陣地の前でAH-1Sが墜落してしまった為に、それを目撃した多くの隊員たちが状況を絶望視して士気が下がりつつあったのだ。友軍の特科部隊が稜線上の高麗兵や高麗砲兵に対して砲撃を行なって桜井たち守備隊を援護するが十分とは言えない。

 やがて高麗軍海兵隊の歩兵隊が突撃を仕掛けてきた。これまでの戦闘と砲撃でだいぶ損耗していた自衛隊が止められるものでは無かった。損耗していたのは高麗側も同じ筈なのだが、これが先の明るいものと暗いものの差ということなのだろう。耐え切れず後方へ逃げ出す者も現われ始めた。防衛線は崩壊し始めたのである。

 桜井はバディとともに応戦していたが、限界に達しようとしていた。そこへ後ろから別な集団が現われた。彼らは全員がジャングル戦などに使われる鍔の広いブッシュハットを被っている。そんな部隊を桜井は自衛隊の中で1つしか知らない。


「西部方面普通科連隊」


 彼らのブッシュハットは自衛隊の装備体型の中では変わった経緯で採用されたもので、もともとは西部方面普通科連隊のある曹が個人的に購入―予算的に冷遇されている陸上自衛隊ではよくある―したものが使い心地がいいというので陸上自衛隊に正式採用されたのだと言う。西普連共通の装備で、坊主頭―自衛隊でも任務に支障がない限り髪を伸ばすことを認めているので、最近では珍しい―とともに彼らのシンボルとなっている。精鋭部隊の象徴なのだ。

 彼らは先遣隊で僅かに1個中隊程度の兵力でしかなかったが、それまで少数のレンジャーと偵察隊で守っていたことを考えれば、この増援は防御力を倍増させることになる。

 西普連の隊員たちは防衛線の空いた穴に次々と入って塞いでいった。またある隊員は逃げ出した隊員を引き止めて、また防衛線に戻している。高麗軍の突破は寸前で止められたのである。




福岡駐屯地 第4師団司令部

 時刻は11時半を過ぎた頃であった。師団飛行隊の絶望的な報告が師団司令部の面々を青ざめさせていた。


「高麗陸軍が揚陸を完了したか」


 内海が情報担当の幕僚である第二部長に尋ねた。


「敵兵力は1個旅団と見積もられます。戦車1個大隊と完全に機械化された2個の歩兵大隊、砲兵大隊及びその他支援部隊から成るもので、砲兵を除けば我が師団と対等に渡り合えますよ」

「増援可能な友軍部隊は?」


 その内海の質問には、作戦運用担当の第三部長が答えた。


「大宰府に防御陣地が築かれ、第9施設群と第8戦車大隊が陣地を占領しております。即時に動かせる兵力となると第8戦車大隊となりますが、戦車部隊のみで言えばほぼ対等、しかも相手には機械化歩兵の援護がありますからね」


 つまり無謀ということか。

 第8戦車大隊は九州南部に駐屯する陸上自衛隊の第8師団に所属する戦車部隊で、第8師団の第一陣である。重い戦車を保有する部隊がなぜ増援第一陣になったかと言えば、実は第8師団の部隊でありながら第4師団の担当範囲内にあり第4師団第4戦車大隊と同じである玖珠駐屯地に駐留しているからだ。だから第4戦車大隊とともに福岡防衛線に加わることはできたのだが、内海は第8師団にそれを求めなかったし、西部方面隊もそのような指示は出さなかった。

 陸上自衛隊は高麗の侵略をかなり深刻に受け止めており、第4師団だけで対処し切れない可能性は決して低くないと考えていた。であるから、第8師団から機甲戦力を奪うわけにはいかないし、福岡放棄後に第4師団が入る収容陣地の保持のことも考えて、予備として残置したのである。


「福岡市民の避難状況は?」


 内海のその問いはその内容以上に大きな意味を持っていた。なぜなら、この問いが福岡放棄への第一歩になるからである。


「福岡市や警察に派遣している連絡員の定期報告によれば、最大限の努力を尽くしているが、混乱しており状況把握が困難とのことです」


 第二部長の報告は内海にとって最悪のものであった。市民の避難が完了していたなら、時間稼ぎはできたと慰められたものだが。せめて完了していなくても避難完了の見込みがあるなら、それまで粘る術もある。だが返答は状況不明である。


「また市民を置いて逃げ出したと後ろ指を指されるのかな」


 一回深呼吸をしてから、司令部に詰める隊員たちを見渡してから内海ははっきりした声で言った。


「諸君。ありがとう。深夜からこれまで休みなく働いてくれたことに私はいくら感謝しても感謝し切れない。だが、もはや現防衛線を死守することは絶望的だ。確かに敵海兵隊の攻勢は阻止した。だが背後には敵別働隊がその爪を食い込ませており、さらにその後ろに高麗陸軍の有力な機械化部隊が迫っている。こうなれば、現在に師団が保有する戦力を集結しても、あらゆる行動の自由が許されたとしても福岡の防衛は難しい。また市民の避難がいつ完了するかも分からない。すでに第40普通科連隊が失われ、後退の時期を逸すればさらに多くの戦力を失うことになる。

 私は師団長として師団の戦力を守り、全国からの増援を待って高麗軍を粉砕するのが最善と考える。よって、我々は作戦目標を福岡及び北九州防衛から大宰府の二次防衛線への後退へと変更する。それに沿って運用計画を立ててほしい。第4中隊を防衛線に戻し、態勢を立て直させろ。第二部長は先遣隊を組織して大宰府防衛線に向かい現地部隊との調整を頼む。私は西部方面隊総監部に福岡放棄を進言し、正式な命令を貰う。

 敵に国土の一部を明け渡すという選択は諸君らにとって耐えがたきことであろう。国民を置いたまま後退するのはたいへんに辛いことであろう。だが私は我が自衛隊が必ず盛り返し、奪われた国土を奪還できる時が必ず来ると信じる。だから、一時の恥辱に耐えてほしい」


 司令部の面々は押し黙って頷くばかりであった。

 内海は考えた。もし待機している第41普通科連隊戦闘団に直方に到着すると同時に北九州市への突入を命じていたら、第40普通科連隊を壊滅する前に脱出させていれば、前原で待機中の第16普通科連隊戦闘団を高麗海兵隊の背後に突入させていれば、この事変は早期に最低限の犠牲で終わらせることができたのではないだろうか?だが実際にはできなかった。政府は、議会は、未だに決断を下さずにいて、現場の部隊は現状維持しかできない。そして全てが終わったのである。




福岡市 城南区

 古いが家賃の安いあるボロアパート。学生が主な利用者で、水谷知世もその1人だ。荻原らは到着すると、青野だけが車に残って―エンジンをかけたままの車をそのままにするわけにはいかないし、この状況下でエンジンを切るのはもっといけない、知世の部屋の戸を叩いたのだが返事が無い。しかし鍵が開いていたので中に入ると、一番奥の押し入れの中で知世は丸くなって震えていた。

 荻原らが無理やり引っ張り出そうとすると知世はなにも言わずに顔を横に振って拒絶した。


「大丈夫だって。まだ外は安全だよ?」


 荻原はそうやって知世を宥めて外に出ることを納得させると、車に駆け戻ってすぐに出発した。だが、もう手遅れだった。

・登場人物を更新しました

・25話の描写に誤りがあったので訂正しました

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