二四.対艦攻撃
戦域に近い海岸に面する山中にレーダーシステムを後部に搭載する73式小型トラックが停車していた。パジェロの愛称で知られる市販車を改良した軍用四輪駆動車に載せられているのは、JTPS-P15。これこそ日本が誇る対水上攻撃システム、88式地対艦誘導弾の捜索レーダーである。レーダーが捉えた情報はデータリンクを通じて鳥栖市に配置されている指揮統制装置に伝えられた。
指揮統制装置に向かうオペレーターはレーダーが大型の船舶の影を捉えているのに気が付いた。敵味方識別装置に反応が無いので味方ではない。だが、敵味方識別装置は味方かそれ以外かを識別する装置で、中立船や民間船と敵国船を見分ける機能は無い。
「洋上に未確認船舶。確認を請う」
その要請は再び福岡の海岸まで戻っていった。
レーダー車両に乗っていた隊員の1人が双眼鏡を持ち出して車を降りた。レーダーが影を捉えた辺りを覗くと、そこには軍艦の姿があった。2隻の軍艦、それは高麗軍の【コージュンボン】型揚陸艦と【クアワンゲト・デワン】型駆逐艦である。彼らは防衛線を脅かすために洋上機動により自衛隊の背後に海兵隊部隊を送り込むつもりなのだ。
「高麗艦隊だ。畜生。別働隊を上陸させるつもりだ」
レーダー員が無線でそう報告している間に、揚陸艦から小型揚陸艇が4隻ほど飛び出してきた。
高麗艦艇が洋上に現われたころ、連隊本部では新たな作戦が動き出していた。
連隊の作戦幕僚が状況を説明した上で、自分の案を説明していた。
「隘路でも山中でも我が連隊は敵の進撃を押し止めることに成功しています。そこでですが、海岸線に面した陣地に配備した中隊を前進させ敵をさらに圧迫するのはどうでしょうか?」
作戦幕僚は司令部の机の上に置かれた地図を指し示した。
「戦車の支援をつけた第4中隊を前進させて、今宿駅前を過ぎて国道202号線との合流点まで、そしてそのまま202号線に沿って西へ進む高麗郡の背後を脅かすのです」
野木連隊長は作戦幕僚の作戦をただちに実行することにした。
「よろしい。その案でいこう。ただちに第4中隊に前進を命じよう」
命令を受けた第4中隊は早速に前進を開始した。配属された1個小隊4輌の戦車のうち、2輌が先頭を進む。その後ろに軽装甲機動車に搭乗する1個小銃小隊が進む。その後に残りの戦車2輌が入り、そしてその後に中隊の主力、中隊本部に高機動車及び中型トラック搭乗の小銃小隊、対戦車小隊、軽迫撃砲小隊が進んだ。中隊本部には第4対舟艇戦車隊の観測班も乗り込んでいた。彼らは96式多目的誘導弾システムに攻撃に必要な情報を与えるのが任務であった。
第4中隊前進の命令が実行され、連隊本部の要員はその無事を祈っていた。そこへ対艦ミサイル連隊からの報告が入電した。その報告によれば博多湾の外に2隻の高麗艦が現われたという。
「1隻は駆逐艦で玄海島付近を遊弋しています。別の1隻は戦車揚陸艦で小型揚陸艇4隻を下ろした後に湾の入り口を横切り、どうやら海浜公園のあたりに部隊を上陸させるようです。小型揚陸艇は湾内に侵入して、現在は能古島の影に隠れてレーダーではロストしましたが、こちらに向かってきているようです」
玄海灘に面する博多湾はその広さに比して湾の入り口が狭い。糸島半島の先端と志賀島の間の6kmほど空間がそれである。そして間に玄海島という小さな島が浮かんでいる。志賀島は砂などが堆積して対岸まで至ってしまう砂州と呼ばれる地形によって本土と繋がった陸繋島である。志賀島と九州を結ぶ砂州は海ノ中道と呼ばれ、海ノ中道海浜公園として国営公園に指定されている。その砂浜に高麗軍のコージュンボン型揚陸艦が上陸しようとしているのだ。一方、湾内には能古島と呼ばれる小さな島がある。その背後に隠れることで高麗小型揚陸艇は第19普通科連隊の後方に直接上陸しようとしている。
「洋上機動による後方遮断か!」
野木は頭を抱えた。丁度、海岸沿いの第4中隊を前進させたばかりじゃないか。タイミングが悪い。
「対艦ミサイル連隊が揚陸艦と駆逐艦にミサイル攻撃を行なうそうです」
「となれば、揚陸艇と兵士はこちらの管轄だな。迎撃の準備だ」
野木は予備の第3中隊に海岸沿いの防備を命ずるとともに、バイパス隘路の防衛線から戦車2輌と96式多目的誘導弾を引き抜いて第3中隊に配属した。
洋上機動の別働部隊は高麗軍の切り札であった。
高麗海兵隊は福岡攻略部隊として歩兵1個大隊と戦車1個中隊より成る戦闘群を編制した。そして、まず戦車1個小隊と歩兵1個中隊をバイパスの隘路に、もう1個中隊をバイパス南の森の中へ突入させた。だが、自衛隊に阻止されている。今こそ別働隊を投入すべき時である。
高麗軍は予備として上陸地点の防備に当っていた1個大隊から2個中隊を引き抜いた。特殊作戦群の攻撃により損害を受けたが、それは軽微であり十分な戦闘能力を有していた。まず1個中隊を小型揚陸艇に乗せて自衛隊陣地の後方に送り込み圧迫する。そして6輌の戦車の支援を受けた1個中隊を海ノ中道に上陸させて自衛隊の後方に回りこむ。これによって自衛隊は防備の薄い後方を脅威に晒され、足止めされた主力部隊の援護になる筈である。チェ・ミンギ少将は残った予備の1個歩兵中隊と戦車1個小隊に対して別働隊の上陸に合わせてバイパス隘路に突入し、足止めを喰らっている部隊を超越して自衛隊に攻撃を加えるように命じた。またもう1個の戦車小隊は北方向に向かい海岸線を前進してきた自衛隊の中隊―第4中隊のことである―を牽制するように命じた。
氷室は第3中隊を支援するように命じられ戦車壕を慌てて出た。生き残っている部下の10式戦車2輌に対しては、若手の2曹が車長を務める1輌に自分について来るように命じ、ベテラン1曹の指揮するもう1輌にはバイパス隘路を守るもう1個の戦車小隊の指揮下に入るように命じた。2輌の10式戦車は第3中隊を目指して防衛線を去っていった。
そして道を進んでいる時、砲撃がどこかに着弾した時の轟音が聞こえてきた。
「どこだ。誰が攻撃を受けているんだ?」
氷室の疑問は第3中隊からの情報で氷解した。
「高麗の駆逐艦が艦砲射撃をしているんだ!」
氷室は高麗駆逐艦が装備する127ミリ砲の威力を思い出そうとしたができなかった。戦車兵の氷室には、そもそも艦砲に関する知識など無かったのだ。
鳥栖の88式対艦誘導弾はいよいよ発射態勢になった。88式は発射機16基、ミサイル96発で1システムを構成する。オペレーターは駆逐艦に対してミサイル4発、揚陸艦に対して2発を発射することにした。
「発射!」
郊外の田園地帯で発射機の1つが発射態勢になっていた。大型トラックに載せられた6本の筒状のものがそれであり、筒の1つ1つにミサイルが装填されている。今、発射筒はせり上がり斜め上を向いている。
爆音とともに筒の1つからミサイルが発射された。それに続いて他のミサイルも次々と発射され、6発のミサイルが空中に上がった。
1輌の96式多目的誘導弾が防衛線の設けられている山のすぐ東側の林の中に来ていた。そこは九州大学の演習林で、自衛隊は開けた海水浴場との境目に陣地を設けた。
96式多目的誘導弾は高機動車に載せられた大型の対戦車ミサイルシステムである。この手の対戦車ミサイルはケーブルを使ってミサイルへ目標の情報を与えて誘導するのだが、次世代のケーブルとして光ファイバーが有望視されている。光ファイバーは従来のケーブルよりも多くの情報を送信できる上に細くできる―つまり同じ重さなら従来型ケーブルより光ファイバーの方が長くできるので、射程もその分だけ増す―からだ。そして世界で初めて光ファイバー有線誘導方式に成功したのが96式多目的誘導弾なのである。その射程は10kmを超えるとされ、弾頭も世界中のあらゆる戦車はもとより小型の船でさへ破壊できると言われる。それ故に“対戦車”誘導弾ではなく“多目的”誘導弾なのである。公式の愛称はマルチ。陸上自衛隊の装備品の中では珍しく現場でも頻繁に使われる。
96式多目的誘導弾の観測班は第3中隊に同伴していた。96式マルチは射程が長すぎるので、砲兵のように敵の情報を集める観測班を前線に派遣しなくてはならない。第3中隊は海岸沿いにさらに東へ進んだ。やがて車両縦隊は停車して普通科隊員と観測班が降車して配置についた。そこは新小戸公園と呼ばれる公園で、東にはマリーナや水処理センター、南には小戸大神宮がある。高麗軍の揚陸艇も丸見えであった。
「攻撃用意!」
96式マルチの観測班は情報を発射機に伝えた。
6発の88式地対艦誘導弾は山と山の間を這うように北へ進んでいた。このミサイルは内陸から発射され、敵に悟られないように地形に沿って超低空で飛ぶという巡航ミサイルのような能力が備わっていたのだ。やがてミサイルは山を越えて市街地上空に達した。弾頭に備えられたシーカーが洋上の高麗艦隊を見つけて、ミサイルは攻撃の最終段階へと突入した。
福岡市 南区
荻原らは避難民の列から抜け出し、なんとか南区まで来ていた。だが、アパートの自分の部屋に閉じこもり逃げられなくなっている友、水谷知世が居るのはさらに西の城南区である。
「洒落になってないなぁ」
運転手の青野は西の方向を眺めて言った。山の向こうから砲声が聞こえてくる。西に向かうということは、それに近づくということである。
「そんなこと言ったって、トモちゃんを置いていくわけにはいかないでしょ?」
斉藤が運転手に怒鳴った。
「そう言われてもなぁ」
すると何かが彼らの上空を飛び去った。轟音を残して。
「なに今の?」
「ミサイルっぽいなぁ」
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