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二三.第一次全面攻勢

最終防衛線

 攻撃は砲撃と共に始まった。高麗海兵隊のK55自走砲の砲撃は今宿バイパスの通る隘路の周辺に集中していた。高麗軍はそれに続き1個大隊の兵力を防衛線に突入させるつもりである

 近くの市立高校校庭に設置された第19普通科連隊本部では連隊長の野木(のぎ)1等陸佐が采配を振るっていた。普通科部隊の指揮官である野木には本来は戦車部隊や対戦車部隊、砲兵部隊を指揮する権限は無いのだが、第4師団師団長である内海から各部隊の調整をする許可を得ていた。


「敵の主攻はバイパスだな。問題は助攻だな。南から来るか、北から来るか」


 バイパスの北側から海岸にかけては施設部隊が埋めているが、南側は防備が薄い。第4偵察隊の残存と連隊本部付の情報小隊、そして各中隊から選抜したレンジャー遊撃隊を配属して一応の防備は整えたが十分とは言えなかった。


「増援部隊が来れば良いのですが」


 幕僚の1人が言った。今のところ増援として移動中なのは宇都宮からの中央即応連隊、それに南九州各地に配備されている陸上自衛隊第8師団の各部隊、そして西部方面隊直轄の西部方面普通科連隊(ワイアー)である。そのうち、宇都宮を出発したばかりの中央即応連隊は問題外である。第8師団も北上を続けているが間に合いそうにない。となると頼りは西部方面普通科連隊である。

 西部方面普通科連隊WAiR(ワイアー)は2002年に九州から沖縄に点在する無数の島々を守るために結成された部隊で、「東の空挺、西のワイアー」と第1空挺団と並び称せられる精鋭レンジャー部隊なのである。彼らは本来の任務の通りに対馬の増援の為に温存されていたが、対馬海峡の制空・制海権がすぐに取り戻せる状況にないので、今ごろになって第19普通科連隊の援護に派遣されることになったのだ。




 砲撃が止まった。それと同時に高麗軍がバイパスの通る隘路に突っ込んできた。先頭は戦車1個小隊で、1個中隊の歩兵を載せたAAV-7装甲車がそれに続く。


「来たぞ!」


 古谷は部下たちを射撃位置に配置した。


「無反動砲は装甲車を狙え。戦車は戦車隊の連中に任せるんだ」


 やがて自衛隊側も砲兵射撃による応戦が始まった。203ミリ自走榴弾砲、155ミリ榴弾砲、120ミリ迫撃砲、81ミリ迫撃砲。そういった様々な火器が一斉に放たれ、一帯が砂埃に覆われる。その中から最初に抜け出てきたのは2輌の縦隊が2列、計4輌のK1A1戦車であった。4輌の戦車は古谷らの小隊が隠れる塹壕を超越して先へ進んだ。そして数を減らしたAAV-7がそれに続く。


「今だ!無反動砲!」


 古谷の号令と同時に無反動砲手が飛び出し、AAV-7に対戦車榴弾を発射した。カールグスタフ無反動砲は旧式化しているとは言え、相手は装甲の薄い装甲車である。威力は十分だ。AAV-7はそのまま惰性で走りつづけたが、上部のハッチが開き黒焦げになった高麗兵が飛び出してきた。

 古谷小隊の攻撃が合図となり、道路を挟む八の字状の陣地に潜む幾つか部隊が一斉に姿を現し、高麗兵に一斉射撃を浴びせた。

 左右から挟撃を浴びた高麗兵は、また装甲車の中で対戦車火器によって焼き殺されては堪らない、と次々とAAV-7から飛び出して、装甲車を盾にして応戦を始めた。そうしている間にも自衛隊陣地から再びカールグスタフ無反動砲が発射され、また1輌のAAV-7が破壊された。

 一方、戦闘を行く4輌から成るK1A1小隊も事態に気づき停止して、先の2輌が前方を警戒する中で後続の2輌が砲塔を後ろに向けて、歩兵の援護を始めた。主砲同軸の7.62ミリ機銃で牽制をしつつ120ミリ主砲が自衛隊の陣地に向けられ、対戦車榴弾が放たれる。装甲の貫通に重きを置く対戦車榴弾なので、通常の榴弾程の爆発では無かったが、十分な補強のされていない簡易な塹壕には凶悪なまでの威力を発揮し、数名の隊員を一度に吹き飛ばしてしまったのだ。

 だが、自衛隊も黙ってやられるわけにはいかない。今度は戦車隊のすぐ前方左側から擬装して道の脇、林の中に隠れていた2輌の10式戦車が飛び出して高麗軍のK1A1を襲った。狙われたのは10式側に面していた左側の縦隊の2輌で極至近距離、しかも自衛隊陣地を攻撃しているK1A1は砲塔を後ろに向けていたので、装甲の薄い側面と後方を10式に晒す状態であった。K1A1に逃れる術などあるわけもなく、2輌は一撃で粉砕されてしまったのである。

 しかし、残りの2輌のK1A1が10式戦車めがけて反撃を仕掛けてきた。後ろのK1A1は撃破された味方の戦車が邪魔で攻撃に移れなかったが、先頭で警戒活動をしていた車両はすぐに反撃することができた。10式戦車の正面装甲は90式戦車譲りの高い防御能力を持っていたが、この至近距離では120ミリ徹甲弾をはじき返す事ができず貫かれてしまい、砲塔内の乗員は即死した。10式を撃破したK1A1はもう1輌も撃破しようと動いたが、それは適わなかった。今度は道の右側から別に2輌の10式戦車が飛び出てきたからだ。2輌の10式はそのK1A1に対してほぼ同時に射撃をして見事に命中した。だが、そのK1A1の後ろでは照準に四苦八苦している最後のK1A1が居る。その戦車の乗員は同僚の仇を討つべく、前方に新たに現れた2輌のうち1輌に照準を合わせて、砲手が射撃ボタンを押した。すぐにスモークディスチャージャーを作動させ、撤退のために煙幕を張ったので乗員には戦果が分からなかったが、砲弾は見事に命中した。ただし、先ほどとは違い距離があったので貫通には至らなかった。

 ともかく高麗軍の進撃は停止した。




 バイパスの隘路の両側には木々に覆われた標高100メートル前後の小さな丘があり、道路を挟んでいる。北側の稜線には施設部隊が、南側の稜線にはレンジャー遊撃隊、偵察隊によって防衛線が築かれていた。桜井はレンジャー遊撃隊の一員として稜線の警戒陣地に配属されていた。

 下が見渡せる位置に精々2、3人の兵士が入れば一杯になるタコツボ。そこが桜井の警戒陣地だ。彼は即席の相棒(バティ)となったレンジャーの1曹とともにそこで近づいてくる敵が居ないか警戒していた。下で普通科連隊主力が高麗軍との戦闘に突入したこともあり、その緊張は高まっていた。そんな時に相棒となった1曹が尋ねてきた。


「桜井3曹はどのレンジャーなんだね?」


 自衛隊においてレンジャーは主に特別な訓練を修了した者に与えられる一種の資格であるが、それには様々な種類が存在する。有名なのは空挺教育隊で空挺隊員向けに行なわれる空挺レンジャーや富士学校で幹部(昔で言うところの士官)に対して行なわれる幹部レンジャーである。またそれらのレンジャー課程を卒業した者がそれぞれの部隊で独自にレンジャー訓練を実施している。それらは総称して部隊レンジャーと呼ばれ、各地の地象に合わせた訓練が行なわれているのだ。例えば北部方面隊の冬季戦技教育隊では厳しい冬季を想定したレンジャー教育を行う冬季遊撃レンジャー。また松本市の第13普通科連隊では日本アルプスなど日本有数の山岳に囲まれた地勢を行かして山岳レンジャーの育成を行なっている。そして最近加わったのが狙撃レンジャーだ。


「狙撃レンジャー課程。一期生です」


 自衛隊における従来の狙撃手とは、部隊の中で射撃の上手い者を狙撃手に任命して指揮官等の特定の目標を狙って射撃するように指示する程度で、特別な訓練は行なわれていなかった。そういった状況を改善すべく導入されたのが狙撃レンジャー課程で、幹部と曹を対象にして通常のレンジャー教育を実施し体力を練成した後に留学してアメリカ陸軍の狙撃手養成課程を受けるというものである。肝心の狙撃術の学習は今のところアメリカに丸投げしている状況であるが、将来的には課程を全て日本国内で行なう構想である。


「凄いな。将来の自衛隊を支える人材というわけだ」

「そんなものじゃありませんよ。1曹殿は?」

「俺か?聞いて驚け。冬季遊撃レンジャーだ」

「えっ!じゃあなんで九州に居るんですか?」


 九州は冬季遊撃レンジャーが必要なほど冬は厳しくない。


「不思議だろ?」


 1曹がそう答えると2人はクスクスと笑い始めた。周囲には聞こえない程度の声で。タコツボの中の空気が和やかになっていたが、それはつかの間のことであった。下を見張っている桜井の顔が真剣そのものに戻った。その変化を1曹も感じ取れた。


「どうして?」

「林の中に何かが動いています。座標は165768の辺り」


 1曹は目を凝らしたが何も見えなかった。だが、彼は桜井の目を信じることにした。


「さすが狙撃レンジャーだ。隊長に砲撃を要請してくる」


 1曹はタコツボを抜け出すと草の陰に隠れながら隊長のところへ向かい事情を説明した後、また戻ってきた。隊長は手信号で稜線の陣地に隠れた隊員たちに射撃準備を指示する。

 しばらくすると、隘路の戦闘の爆音に混じってヒュルヒュルヒュルと砲弾が向かってくる音が聞こえてきた。砲弾が次々と斜面に突き刺さり木々を吹き飛ばす。その中に逃げ惑う兵士の姿が見えた。砲撃が高麗兵を炙り出したのだ。斜面には1個中隊の高麗兵が侵入していた。


「撃て!」


 レンジャー隊指揮官が命じた。一斉射撃が始まる。しかし、そこは特別な訓練を受けたレンジャーである。1発1発をちゃんと狙いをつけて無駄弾を極限にまで減らしている。特に正確な射撃を行なうのは狙撃手として教育を受けた桜井で、引き金を引くごとに高麗兵が次々と倒れる。

 やがて高麗兵が砲撃の中で突撃を仕掛けてきた。砲撃に対抗するためには乱戦に持ち込むしかない。そうすれば自衛隊の砲兵部隊は友軍誤射を恐れて砲撃を控える筈である。高麗軍の迫撃砲部隊もレンジャー部隊の射撃を牽制すべく砲撃をしてくる。これには精鋭レンジャーたちも溜まらず、塹壕の中に身を隠してしまった。その隙をついて高麗兵が進んでくる。先頭を進む高麗兵は防御線まで十数メートルというところまで達し、手榴弾を投げてくる。それは自衛隊の塹壕の中に入り込んで、中に居た2人の隊員を殺した。その塹壕は防衛線としての機能を失い、線に穴が開いたのである。高麗兵はそこへ突っ込んだ。

 だが、高麗歩兵隊がそこまで近接してしまうと迫撃砲部隊も友軍を巻き込まないために砲撃を止めてしまう。止むと同時に自衛隊側の応戦も始まった。防衛線に穴が開き、そこに高麗兵が殺到している状況だが、レンジャー遊撃隊はそれを逆に利用して突進してくる高麗兵に左右から銃撃と手榴弾を浴びせた。高麗兵たちが切り開いた道がそのままキルゾーンと化したのである。桜井も側面から指揮官を狙う撃ちして高麗兵を混乱させる。山の上でも自衛隊側有利に事が運びつつあった。

 だが、それを打ち破るものが別の方向から迫っていた。それも海と空の二方向から。

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