二一.国会開く
その別の追跡者は第4師団の師団防空部隊である第4高射特科大隊であった。高射特科大隊には築城基地にも配備されていた短SAMと91式携帯SAMを車載化した93式近距離地対空誘導弾が配備されている。追跡者は前者であった。
自衛隊の防空システムは航空自衛隊の府中航空総隊司令部から陸上自衛隊の師団防空隊の末端までデータリンクにより繋がっている。これはミサイル防衛構想(MD)がその本来の目的である弾道弾迎撃能力のほかに自衛隊にもたらした副産物で、これにより自衛隊の防空力は格段に向上した。方面隊の高射特科部隊の獲得した情報は師団高射特科大隊の司令部にも渡され、DADS(師団防空情報処理システム)を通じて末端のミサイルにまで伝達される。
敵編隊が侵入した、という情報を得た81式短SAMのオペレーターは師団を空からの攻撃から守るためにレーダーを起動した。そしてレーダーは低空を飛行する2機の敵機の姿を捉えたのである。捉えたのは短時間だったのでミサイル発射まではできなかったが、その情報は彼らが敵機侵入の情報を受けたのとまったく逆のルートを伝って、また各地の防空部隊に伝えられた。
2機の機体が地上レーダーの索敵範囲外から出たことにより、空中を飛ぶ4発の03式ミサイルは追うべき目標を見失ってしまった。従来の対空ミサイルならばこの時点で迎撃失敗となるが、最新鋭の03式中SAMはここで終わらなかった。
ここからが日本の最新鋭システムの本領発揮である。03式中SAMはデータリンクを通じて外部から情報を得たり、目標の針路を自ら予測したりして、その情報を基にミサイル搭載のレーダーで敵を捜索することができるのである。81式短SAMから情報を入手できたこともあり、1発のミサイルが先端に搭載されている小型レーダーでも捕捉・照準することが可能な位置まで達することができたのである。
「目標、再捕捉!」
オペレーターは歓喜した。
捕捉されたパイロットは驚愕し恐怖した。後席に座るWSO(兵装士官)が接近してくるミサイルを発見したのである。滅多に試し射ちできない自衛隊の事情もあって、ミサイル搭載のレーダー波の情報は警報装置に組み込まれていなかった。
<逃げろ!ミサイルだ!>
<回避しろ!>
難を逃れたシンとラクスンも僚機の危機をその目で確かめた。無線を通じて警告を発したが、相手のパイロットは返答するどころではなかった。
狙われたF-15Kのパイロットは咄嗟にチャフをばら撒きながら急旋回して回避を試みた。だが、03式中SAMは騙されない。直撃こそ避けられたものの、近距離で近接信管が作動してミサイルは爆発した。
「畜生!爆発した!」
ラクスンは光に包まれた僚機の姿を見て絶叫した。
「落ち着け。ほかにミサイルが来るかもしれん。見張りを続けるんだ」
シンは左右にミサイルが来ないか見渡した後、僚機が飛んでいた空に目を向けた。そこにはまだF-15Kが飛んでいた。ボロボロであったが。
「大丈夫か?」
シンは無線で呼びかけた。パイロットが返答した。
<大丈夫だ。破片が当って出血しているが、意識はあるし、手足も動く。だがWSOに呼びかけても返事が無い>
シンが僚機のコクピットを見ると、前席のパイロットの頭は被害状況を確かめているのかやたらと動いているが、後席のWSOの顔はうな垂れてピクリとも動かない。
「大丈夫さ。きっと日本のミサイルを見て気絶しちまったんだ。あいつは臆病だからな」
ラクスンはパイロットを励まそうと無線に向かってそう言ったが、正直なところ生きているとは思えなかった。そうしている間にシンは自機を僚機の下に潜り込ませた。
「胴体は穴だらけだが、分解する様子は無い。右水平尾翼が無くなっている。あと右垂直尾翼の方向舵と右主翼の補助翼が吹き飛んで無くなっている」
<畜生。右のフラップも動かない>
「帰還できそうか?」
シンは尋ねた。僚機のパイロットは少し考えてから答えた。
<分からないが、やってみる。俺は壱岐を目指す>
「分かった。上空までエスコートする」
幸いだったのは、F-15Kが極めて頑丈な造りをしていたことだ。原型である空戦型F-15も頑丈さで知られた機体で、飛行中に事故で片方の主翼を失いながら無事に帰還した事例さえある。爆撃任務も付与されたF-15Kは低空侵入、低空長距離任務に耐えられるようにさらに頑丈な造りになっている。それが僚機のパイロットを救ったのである。
北宇都宮駐屯地
宇都宮市には北宇都宮駐屯地と宇都宮駐屯地という2つの駐屯地が在って、前者は施設内に飛行場があり陸上自衛隊飛行部隊が配属されている。後者については、従来までは自衛隊の砲兵である特科部隊が駐屯する基地であったが、2007年になって新たな部隊が加わった。その名は中央即応連隊である。
中央即応連隊は、日本を5つに区切る方面隊には属さず代わりに在日米軍のキャンプ座間に司令部を置く中央即応集団の指揮下にある。中央即応集団は方面隊のように特定の活動範囲を定められておらず、緊急事態に場所を問わず迅速に対応するための即応司令部や海外派遣部隊の司令部として機能する。そんな中央即応集団の下で第一空挺団とともに二大実働部隊となっている中央即応連隊が北九州有事における増援部隊第一陣となるのは当然の帰結である。しかも、高麗軍によるゲリラ攻撃に備えて全国の部隊が九州に移動できない状況で、彼らに対する期待はとにかく高かった。
中央即応連隊は装備を整えて北宇都宮駐屯地まで移動した。そこで彼らを待っていたのは航空自衛隊の最新鋭国産輸送機であるC-2であった。川崎重工が開発したこの機体は、前任のC-1に対して搭載量、航続距離において格段に勝り、しかも世界の輸送機の中でこのC-2だけが有する特徴を有していた。それは高速巡航能力である。
一般的に軍用輸送機は同クラスの民間旅客機に対してどうしても速度で劣る。巨大な軍用物資輸送のためにどうしても胴体が大型化し空気抵抗が大きくなってしまうのである。速度が異なる飛行機を同じ空域を飛ばすのは事故のもとなので、軍用輸送機は旅客機の空路を避けるのが常なのだが日本の空ではそれが問題となる。日本という国は狭い島に一億以上の人口が集中し、しかも経済が盛んなので国内の移動が激しいのである。その為、日本周辺の航空路線は大変過密になっており、必然的に自衛隊輸送隊の活動できる空域は大きく制限されてしまうのである。その事態を打開するために開発されたのが最新鋭輸送機C-2で、強力なエンジンを搭載して軍用輸送機ながら旅客機並の巡航速度を達成したのである。これは米空軍も次世代輸送機計画に必要なものと認めた能力で、世界の輸送機事情の先駆けとなったのである。
ともかく中央即応連隊の700名の隊員たちは次々と北宇都宮駐屯地に駆けつけるC-2に乗り込んでいき、一路九州を目指したのである。
名古屋市内 あるアパートの一室
真と辰巳はテレビの特別報道番組を見ていた。今日は平日なので2人とも仕事があるのだが、公共交通機関が麻痺しているので通勤どころではない。真の軍事系雑誌の仕事だが、この有様では目的の自衛隊施設の取材なでできるわけがないし、帰れもしなかった。政府が鉄道、バス、高速道路など公共交通機関にストップをかけたからだ。生活物資の輸送など公共目的を除けばその使用は大きく制限され、市民生活は停滞しているのである。なぜそんな制限が行なわれているかといえば、自衛隊部隊の移動を容易にするためであり、また高麗コマンド部隊によるゲリラ攻撃を警戒した措置である。政府の措置の結果かは分からないが、結果的にまだゲリラ攻撃は発生していなかった。国民の不満は高まる一方であるが。
テレビでは偉そうな軍事専門家を名乗る人物が意見を述べているが、真はまともに聞く気が無かった。日本では専門家と名乗りさえすれば専門家ということになっているので、肩書きはあまり信用できない。ふと腕時計を見ると10時になろうとしていた。真はリモコンを掴むとチャンネルを替えた。
「何をするんだよ」
辰巳が抗議したが真は無視した。チャンネルはNHKに合わされていた。
「兄貴。国会中継なんて見ていたの?」
「いや。今日が初めてだよ」
国会 衆議院本会議場
議長である自由民権党議員が宣言した。
「これより会議を開きます」
防衛出動の発動及び対処基本方針は衆議院並びに参議院に提出された。このような議案が提出された場合、まず各議院に組織されている委員会(この場合、衆院なら安全保障委員会、参院なら外交防衛委員会)に付託されて審議されるが、提出者である内閣の要請により緊急を要する事から今回は本会議で直接審議されることになった。
「日程第一、内閣総理大臣による自衛隊に対する防衛出動命令並びに北九州有事対処基本方針に対する可否を議題とします」
議長は中山防衛大臣に趣旨説明を求めた。中山はそれに応じて防衛出動と基本方針について説明をした。それが終わると議長が尋ねた。
「日程第一は緊急を要する議題ですので、提出者である内閣の要請により委員会の審議を省略するに、御異議は御座いませんか?」
烏丸総理をはじめとする閣僚は異議を出すものがいるとは思わなかった。野党が反対をすると言っても、最後の採決で形だけ反対して政府反対の建前だけ貫くと考えたのである。菅井を除いて。そして菅井の思う通りになった。
「異議あり!」
民生党党首の叫び声が本会議場に響いた。