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一九.特殊作戦群の活躍

福岡最終防衛線

 防衛線に入ってから一時間が経ったが、防衛線は静かなものであった。

 塹壕の中で桜井は照準スコープを調整していた。64式改狙撃銃の照準スコープは螺子1つで銃と接合しているのだが、その螺子を軸にしてスコープが動くので照準が狂い易いという欠点に繋がっている。その為、このような細かい整備が欠かせない。


「桜井。小隊長がお呼びだ」


 そんな桜井の背後から、小隊陸曹の砺波(となみ)陸曹長が声をかけた。


「古谷3尉が?」


 桜井は愛用の64式改狙撃銃を手に持って、古谷のもとへと向かった。砺波はその様子を見届けると、向き直って、高麗軍の襲来が予想される方向に向けて銃を向けている男に話し掛けた。その男、矢部(やべ)陸士長は戦場に居るにも関わらず、なぜか笑みを浮かべている。その目は獲物を狙う猟師そのものであった。


「矢部、調子はどうだ?」

「前の戦闘では一匹仕留めました。次もガンガンやりますよ」


 砺波は笑顔でそんなことを言う矢部の姿を見て不安を覚えた。




糸島半島

 山の中で先ほど防衛線を越えて高麗軍の勢力下に飛び込んでいった特殊作戦群の兵士たちは林の中に隠れて、なにやら装置の準備をしていた。

 あのサングラスは双眼鏡を片手に麓を調べている。田畑の上に一定の間隔を空けて並べられているコンテナや様々な物資、高麗海兵隊の物資弾薬の臨時集積所であった。


黒部(くろべ)1曹。通信準備、終わりました」


 サングラスの男、黒部幸正(くろべ ゆきまさ)はそれを聞いて、装置のもとへ駆け寄った。その装置は実は衛星通信装置で、指向性の強い電波で衛星と地上を結ぶので敵の通信傍受に対抗が可能であった。

 黒部は早速、受話器を取った。相手は西部方面特科隊の司令部であった。




佐賀県鳥栖市郊外

 方面特科隊には師団特科に無い強力な兵器が配備されているが、その花形は多連装ロケットシステム、通称MLRSである。かつて冷戦中にソ連軍の強力な砲兵部隊を一掃するために開発され、広範囲に散らばる敵を一度に攻撃するためにM26と呼ばれるロケット弾を主に使用する。これは所謂クラスター爆弾と呼ばれるもので、内部に子弾と呼ばれる小型の爆弾を600個以上も搭載し、それを敵の上からばら撒くという恐るべき兵器である。初めて実戦に投入された湾岸戦争では敵のイラク軍から「鋼鉄の雨」と呼ばれ大変恐れられたという。もちろん北海道でソ連軍と決戦をすべく整備された自衛隊も導入し、全国の方面特科部隊の主力となっている。

 しかし、そんなMLRSにも転機が訪れた。前述したようにM26ロケット弾は無数の小型爆弾をばら撒く兵器なのだが、その数が莫大なためにどうしても多くの不発弾が発生してしまう。不発弾により民間人の犠牲者がでたことから、M26をはじめとするクラスター兵器を規制する運動が世界的に起こり、遂に2008年に一部を除きクラスター兵器を全面規制する条約が締結され、日本もM26のようなクラスター兵器を廃棄せざるをえなかったのである。

 というわけで主力の武器を封じられたMLRSであったが、自衛隊は代替の新型ロケット弾を導入することで対応した。それがM31ロケット弾である。



 鳥栖市は佐賀県の東の端に位置し、北九州の東西南北を結ぶ交通の要衝である。その郊外にある公園に西部方面特科隊第132特科大隊のMLRSが配置についていた。大隊は特科隊本部経由で糸島半島の黒部ら特殊作戦群の報告を受け取り、それを基に照準を定めた。


「撃ち方用意!」


 1台のMLRS発射機が上を向いた。その発射機は北に向けられている。


「撃ち方始め!」


 12連装の発射機からカバーを破って2発のロケット弾が放たれた。M31ロケット弾である。このロケット弾は単弾頭でM26弾のように広範囲の敵を攻撃することはできないが、GPSによる精密な誘導で特定の目標を狙い撃ちできた。驚くべきはその射程で、前述のM26が射程32km、最新の大砲でも射程は40km程度なのに対してM31の射程はなんと85kmに達する。敵砲兵の射程圏の外から一方的に攻撃をすることが可能なのである。無論、高麗も保有しMLRSから発射する弾道ミサイルであるATACMSに比べれば見劣りするが、精密さについてはATACMSを大きく上回っている。




糸島半島

 2発のM31ロケット弾は黒部が指示した座標に正確に向かっていった。その場所には高麗軍のコンテナが置かれていて、M31弾が命中した途端に大爆発を起こして吹き飛んだ。黒部たちは周りで警備をしていた高麗軍の歩哨が慌てふためいて逃げ回っている様子を眺めていた。


「よし。命中だ。次の目標は…」


 座標を報告すると数分後、再びロケット弾が飛んできた。



 高麗海兵部隊司令部は突然の攻撃に最初は驚いたものの、すぐに冷静になり対処に乗り出した。


「敵は我々の砲兵の射程圏外から撃ちこんできています。応射は不可能です」


 チェ・ミンギは部下の報告を聞くと、MLRSのM31ロケット弾の事をすぐに思い出した。


「自衛隊め。早速、投入してきたか。空軍の近接航空支援は?」

「対馬空港を作戦基地として確保したので、ある程度は可能ですが、十分な支援を行なうにはやはり壱岐空港の確保を待っていただけませんと」


 空軍との連絡担当の参謀が答えた。


「壱岐の様子は?」

「壱岐の占領は予定通り終了したので、これから部隊の展開を行なうところだと。ただ、現在でも対馬から限定的な支援なら可能です。しかし効果的な攻撃は期待できませんよ?」


 ミンギは数秒ほど考えて結論を下した。


「やはり飛んでもらう。効果が薄くとも、敵砲兵にプレッシャーを与えることができる。

 それと、これほどの長距離砲撃だ。しかも前線からは離れている。おそらく着弾観測が必要な筈だ。無人機か斥候か。予備の大隊と防空部隊を総動員しろ。防空部隊はレーダーで自衛隊の無人機を探せ。大隊は山中を捜索して、敵の偵察部隊を探すんだ!」

「忠誠!」


 部下たちはミンギにそう応じると、与えられた任務を実行するために散らばっていった。




首相官邸

 その頃、首相官邸では一時間後に迫った国会に向けて準備を着々と進めていた。懸念事項となっている高麗大使の要求への対処については、自由民権党内部では基本的には断固拒否、必要に応じて譲歩という線で話がまとまりかけていた。ただし自衛隊による勝利が前提となるが。しかし連立する社会民生党への配慮やマスコミ報道の世論への影響も考慮して、とりあえず当り障りのない対処方針を提出して防衛出動の承認を取り付けるつもりであった。とは言え、自由民権党の関係者や閣僚がマスコミに対して漏らした様々な発言から基本方針は自衛隊の武力によっての対処である雰囲気が霞ヶ関を包もうとしていた。


「おい。テレビを見てみてくれ」


 中山の一言で総理の執務室に集まった閣僚や官僚たち全員の視線がテレビに向かった。テレビには最大野党である民生党の党首である小宮次郎(こみや じろう)の姿が映っていた。


<とにかくね。国民に不要な流血を強いる政府の方針には反対だよ?我々は国民目線からこの問題を解決したのだよ>


 リポーターに向かってそう言ってのける小宮の姿を目にして菅原が珍しく汚い言葉を吐いた。


「あの野郎。戦争まで政局にするつもりか?」



 しかし、小宮ら民生党が与党に反対の姿勢を貫くにはそれなりの理由があった。一応、自由民権党とともに二大政党の一翼を担っている、ということになっているが、実際のところは反与党の議員の集合体でしかない民生党は常に分裂の危機に晒されている。特に支持母体には日教組や自治労などのいわゆる左派組織が多く党内でも左派の力が強いこともあって強硬策は主張できず、とりあえず与党に反対という姿勢でなければ党を一致団結させることはできないのだ。無論、分裂を辞さない態度で臨むこともできるだろうが、小宮にとっては国益よりも党益が重要なのである。




対馬空港

 対馬にはF-15KとKF-16の飛行隊が配置され、待機状態にある。周辺には各種対空ミサイルや対空機関砲が配置され厳戒状態にある。

 2機のF-15Kが滑走路上に出た。対馬空港には滑走路が一本しかないので、1機ずつの離陸となる。翼の下には対装甲兵器用のクラスター爆弾Mk20が吊り下げられていた。




糸島半島

 対空機関砲がそのレーダーで上空に日本の観測機がいるかどうか捜索する一方で、予備となっていた1個大隊の海兵隊員たちが回りの山々に次々と突入していった。その様子は観測をしていた特殊作戦群の隊員たちも捉えていた。


「よし。潮時だ。散開するぞ」


 黒部がそう叫ぶと、隊員たちは2、3名の小グループに分かれ、それぞれ別の方向に走っていった。そして黒部とその同僚(バディ)は、あろうことか高麗軍の補給物資集積所を目指して駆け下りていったのである。



 高麗軍の捜索をやり過ごして、黒部たちは集積所に接近していった。2人は茂みの中を進み、やがて集積所の本部と思われるテントの前にたどり着いた。回りには警備の兵士がいるが山中の捜索に人員を割かれているためか、それほど多くはなかった。

 黒部はその様を確かめると、手信号で同僚に51ミリ軽迫撃砲L9A1を準備するように指示した。L9A1は旧軍の八九式重擲弾筒の現代版と言える兵器で必要なら水平発射も可能な個人携帯型の大砲であった。

 黒部が発射を指示すると、L9A1の砲口から1発の榴弾が飛び出した。それは警備の兵士の足元に落下、爆発して瞬時に2人の兵士を吹き飛ばした。

 黒部と同僚は爆発を合図に茂みから飛び出て、突然の砲撃に慌てふためく高麗の兵士たちにM4A1カービン銃の銃口を向けた。2人は1人1人確実に、そして迅速に仕留めていき、あらかた片付けると本部テントに突入した。そこにも兵士が1人居て、その男はこちらに銃を構えていたが、引き金を引くのは特殊作戦群の2人の方が速かった。胸に銃撃を受けた高麗の兵士は仰け反って倒れ、そのまま生き絶えてしまった。

 テントの中には2人のお目当ての指揮官はいなかった。おそらくM31ロケット弾による被害状況の確認に向かっているのだろう。だが収穫はあった。テントの中には折りたたみ式の机が設置されていて、その上にはハングルで書かれた書類らしきものが何枚も無造作に置かれていた。黒部はその書類を取り、懐にしまうと脱出を決心した。その間に同僚は死んだ高麗兵士の体の下に安全ピンを抜いた手榴弾を仕掛けていた。死体を動かすと安全レバーが外れ爆発する仕組みである。黒部は同僚が手榴弾の仕込みを終えると手で脱出を指示した。



 数分後、本部が襲われたと連絡を受けた指揮官が戻ってきた。襲った敵はすでに姿を消していて、味方の死体と負傷者だけが残されていた。鮮やかな手並み、おそらく特殊部隊の仕業であろう。

 指揮官は上官に報告するためにテント内の無線機を手に持った。その横で兵士たちが死体を片付けようとしていた。ガチャンと音がして、死体の下から手榴弾が姿を現した。


「逃げろ!」


 死体の片付けを指揮していた下士官が咄嗟に叫んだが、もう遅かった。破砕型手榴弾は数秒後に爆発し、鋭い破片を撒き散らしたのである。吹き飛ばされた破片は周りにいた人間の身体に次々と突き刺さっていった。結局、その下士官と数名が戦死し、指揮官と数名が重傷という結果になった。

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