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一八.北九州制圧

糸島半島

 高麗海兵隊は糸島半島にある小学校を接収して、その体育館に司令部を置いた。上陸した海兵隊は増強された歩兵連隊程度の戦力で、1個大隊を橋頭堡の防備と予備を兼ねて上陸地点や司令部周辺に配置し、1個大隊を半島の西側に配置してその方面から向かってくるだろう自衛隊への備えとした。そして残りの1個大隊で自衛隊1個連隊が防備する陣地に向かっている。大隊で連隊に挑むのは無謀のようにも見えるし、攻める側は守る側の3倍の兵力を必要とするという攻守3倍原則にも大きく反しているように感じるだろう。だが、自衛隊の連隊は大隊節が無く僅か歩兵4個中隊で編制される大隊規模の部隊でしかなく、またただの自動車化歩兵部隊に過ぎない自衛隊に対して高麗側は十分に機械化されているから戦力としては十分である。だが、上陸部隊指揮官のチェ・ミンギ少将は慎重に慎重を重ねるつもりだった。


「こちら側の増援が到着するまで丸一日か」


 2隻のドクト型強襲揚陸艦と3隻のコージュンボン型戦車揚陸艦は本国に向けての航海の途上にある。新たな海兵隊部隊を日本に運ぶためにだ。しかし、1隻のコージュンボン型は少数の部隊を乗せて半島の沿岸に残している。作戦のために。


「空軍の支援が受けられるようになるのはいつかな?」


 ミンギは彼の脇にいる参謀の1人に尋ねた。彼は空軍や陸軍との連絡を担当している。


「最新の情報によりますと、対馬空港の制圧を完了し、さらに壱岐に部隊を展開しています。壱岐にはまともな自衛隊部隊はいませんから1時間以内に制圧可能であるとしています。両島の空港が使えるようになれば、直ちに部隊を展開して支援を行なえると」


 高麗空軍の活動は陸軍や海兵隊に比べると低調であった。戦闘機の航続距離や陸上部隊の要請から実際に作戦機が目標上空までに到着するまでのタイムラグの問題から、行動がどうしても制限されてしまうのである。先の築城空港のような重要目標を除けば、空軍は専ら航空優勢の確保に力を注いでいた。


「となると、部隊の展開が終わるまで3時間はかかるな。攻撃は3時間後だ。それまで情報収集を継続しよう。これまでのところは?」

「隠密偵察の結果、どうやら日本はこのラインに防御線を敷いているようです」


 そう言って参謀は、地図上の長垂山と叶岳を結ぶラインを指差した。




北九州市内

 7時を過ぎると市内の道路は避難民で一杯になった。門司から市街へ向けて進んでいた第2中隊は足止めを喰らい、高麗軍に対しては第3中隊が単独で交戦することとなった。仮に2個中隊が集結しても止めるのは難しいことであるが。

 第3中隊は街中で放置された自動車を盾にして高麗軍の進撃に立ち向かっていた。だが、それは些か無謀なことであった。

 平坂(ひらさか)2等陸曹は第3中隊の中から選抜された狙撃手の1人である。狙撃手と言っても桜井のように専門教育を受けた狙撃レンジャーでは無く、射撃の腕が他の隊員より上という理由だけで選ばれた即席の狙撃手である。彼らは道路の両側に建つビルなどの建物から高麗軍を狙い撃つという任務を与えられた。彼らの相手は幸いにも市販車を使う装甲化されていない歩兵なので十分に効果はある筈であった。

 平坂はビルの非常階段の踊り場に陣取り、89式小銃で迫ってくる高麗軍に狙いをつけていた。スコープは装着されていたが、それは狙撃用では無く本来は近接戦闘時に使うドットサイトである。


 高麗軍がやってきた。戦車を先頭にして突っ込んでくる。その後ろに高麗歩兵を乗せた市販の四輪駆動車が続く。最後尾にも戦車がいて、戦車で歩兵を挟んだ配置である。後方に配置してある87式対戦車誘導弾が発射され、先頭の戦車に向かっていった。誘導のためのレーザーを感知してこれを察した高麗戦車兵はすぐさまスモークディスチャージャーを作動させて煙幕を張り誘導用のレーザーを遮断した。誘導を失ったミサイルは戦車を掠めて、ビルに当ってしまった。

 先頭のK1A1は自ら張った煙幕の為に視界を奪われていたが、ミサイルの発射機の位置はだいたいのところを把握していた。砲塔が僅かに旋回して、それが停止すると同時に発砲した。放たれた榴弾は命中はしなかったが、至近弾で発射機に十分な損傷を与えた。

 煙幕に紛れて高麗兵が車を降りて、自衛隊陣地に迫ってきた。平坂以下の狙撃手たちは煙幕の中から出てきた高麗兵目掛けて射撃を始める。如何せん即席の狙撃手であるのでなかなか当らない。2、3人の高麗兵が倒れたがそれだけだった。平坂は10発を撃ちおえると、移動しよう、と思い立った。何発も撃てば射撃している位置について相手も感づいてくるので狙撃手は常に射撃位置を変えながら戦うべきなのである。しかし、訓練を受けていない狙撃手たちでそれに気づく者は少数であった。平坂はその少数の1人であったのだ。

 高麗軍の最後尾を進むK1A1戦車が、その場で停車して主砲を仰角最大まで上へ向けた。正確とは決して言えない精度の狙撃でも高麗軍は邪魔だと判断したようで、戦車がその処理を引き受けたのだ。索敵を行なう車長は歩兵の目視情報と優秀な赤外線センサーを頼りに1人の狙撃手を見つけ出した。


「装填、榴弾!」

「装填よし」


 装填手の力強い返事を聞くと、車長は目一杯声を張り上げて、砲手に命じた。


「撃て!」


 踊り場を登って、屋上まで駆け上がった平坂は、向かいのビルの屋上に置かれている給水タンクが吹き飛ぶのを目撃した。あそこには同僚の1人が隠れて、狙撃をしている筈であった。同じ中隊とは言え話す機会はあまり無かったのでよく知らない男であったが、その姿はよく知っていた。


「なんてことだ」


 平坂はその場にへたり込んでしまった。

 そうしている間にも、地上では自衛隊が高麗軍に圧倒されようとしていた。そもそも十分な支援も無い状態で歩兵が戦車部隊に立ち向かおうというのが無謀なのである。先頭の戦車が歩兵の支援射撃の下でバリゲート代わりの放置自動車を乗り越え、踏み潰した。車の後ろに隠れていた2人の自衛隊員を巻き込んで。蹂躙が始まったのである。

 逃げ惑う自衛隊員に向けて高麗歩兵や戦車の機銃の斉射が襲う。さらに戦車が主砲から榴弾を放ち、止めを刺す。前線で指揮を執っていた中隊長が榴弾に巻き込まれ戦死して指揮官が居なくなった。第3中隊は統制を失い各個の判断でバラバラに逃亡している有様で、もはや組織的な戦闘は不可能であり、北九州最後の防衛線は崩壊した。




小倉駐屯地

 高麗軍は遂に小倉駐屯地に突入しようとしていた。


「連隊長。もはや一刻の猶予もありません。ただちに脱出して、いまだに建制を失っていない第2中隊と合流して連隊を立て直さないと」


 幕僚達が必死に説得しているが、金井は動こうとしない。


「部下を置いて、一人だけ逃げるなんてマネできるか…」


 そのように言う金井であるが、それは確固たる決意によるものではなく敗北のショックによるものであることを、周りの幕僚達は見透かしていた。


「だからこそです。連隊を立て直さないと、死んだ者たちは犬死になってしまう!」

「まだ無事な中隊もあるのです。それを率いるのがあなたの職務でしょう?」


 だが、金井は押し黙ったままであった。そして、砲声が聞こえてきた。



 ようやく高麗軍第11師団の砲兵部隊が揚陸を終えた。それは海兵隊と同様のK55自走砲であった。8門のK55自走砲が道路に並び、一斉に砲撃を開始する。目標は小倉駐屯地である。無線傍受により本部はいまだに小倉駐屯地内にあることを高麗軍は知っていた。

 数十発の155ミリ砲弾が僅かな時間の間に小倉駐屯地に降り注ぎ、施設群を粉砕した。金井連隊長以下の首脳たちはそこで命を落すこととなった。




門司駅前

 門司の街を通る2つの国道、3号線と199号線は避難民の車で一杯となり、第40普通科連隊第2中隊は前進できなくなっていた。


「こちら2-0。指示を請う。オクレ。こちら2-0。指示を請う。オクレ」


 中隊本部付の通信士が無線車両の中で連隊本部との交信を試みていたが、徒労だった。


「ダメです。応答がありません」

「そうか」


 無線士の傍らで、本部との通信回復を待っていた中田中隊長は溜息をついた。


「それくらいにしておけ。これ以上は傍受される可能性がある」


 中田は通信士に言うと、通信車を降りて外で待っている小隊長たちのところへ歩いた。


「連隊本部との通信が途絶えた。連隊通信を傍受している限り、第3中隊の状況は絶望的だ。もはや任務の続行は不可能だと思う。こうなったら部隊を後退させて友軍と合流するのが最善の道だろう。築城に第41普通科連隊の中隊が居るはずだから、築城へ向かおうと思う」


 中田は小隊長たちの顔を見つめた。


「私は中隊長の判断が正しいと思います」

「自分も同じです」

「それしか道はないでしょう」


 4個ある小隊の長4人のうち3人が中田に賛同したが、1人は口篭もっていた。


「君はどう思うんだ?」


 中田の言葉に、最後の1人がようやく口を開いた。


「中隊長。私に仲間を棄てて逃げろ、と命じるのですか?私にはできません」


 その言葉に、その場にいた全員が押し黙ってしまった。




北九州市外

 ビルの屋上で1人うな垂れていた平坂は、自分が登ってきた非常階段を誰かが登ってくる足音で正気を取り戻した。誰かがこちらへ向かってきている。平坂は咄嗟に物陰に姿を隠した。

 現われたのは高麗軍の戦闘服を身につけた二人の男だった。二人とも韓国軍の主力歩兵銃であるK2小銃を持っている。敵である。

 1人が平坂のところへ近づいてきた。平坂は銃剣を取り出し握り締めた。高麗兵の足音が1歩1歩近づいてくる。

 相手がすぐそこまでやって来ているのに平坂は気づいていた。もう1歩、こっちに進んできたら飛び掛ろう。隠れている状態で発見されたら、まともに応戦できるとは思えない。こうなったら賭けてみるしかない。そう考えて、平坂は銃剣を握る掌に力を込めた。

 すると、階段のところで立っているもう1人の高麗兵がなにかを喋りはじめた。平坂は韓国語を理解することができないが、近づいてきている男もそれに対してなにかを話始めたので、二人が会話をしているということに気が付いた。やがて、近づいてきていた男の足音が遠ざかっていった。2人の高麗兵が階段を降りていったのを確かめると、平坂は立ち上がった。彼はそこで2つのことに気づいた。第一に自分が助かったこと。そして第二に1人取り残されてしまったこと。

・こちらの方も登場人物が増えてきたので、登場人物表を準備中

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