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一七.最終防衛線

福岡市街地

 荻原と片平は市内を出ようと駆けずり回って、ようやく荻原の友人の車に入り込むことに成功した。2人以外にも3人の学生が乗り込むその車は、最初は上陸した高麗軍の反対方向、すなわち東に向けて進んでいた。


「進まないなぁ」


 運転席に座る青年、青野由紀夫は目の前に連なる車列を睨んでいた。朝の7時を過ぎると避難車両が増えて遂に渋滞が発生したのだ。高速道路が自衛隊の部隊移動の為に通行禁止となったのも拍車をかけた。


「しかたないよ。ラジオつけよ。なんか進展あったかも」


 助手席に座る少女、斉藤美緒はカーラジオに手を伸ばした。おそらく<自衛隊が高麗軍を撃破して戦争は終了>と言った類の報道を期待したのだろうが、そうはいかない。


<公共交通機関は、九州新幹線が博多、熊本間。山陽新幹線が博多、広島間で…>


 ラジオでは交通情報が流れていた。

 その時、後席で携帯電話を持って誰かと話していた荻原は突然大声を出した。


「大変!トモちゃんがまだ家に居るって!」




今宿駅前 防衛線

 警察から提供されたバリゲート器材が道路上に設置されていた。正規軍相手にはどんな意味があるのか分からないが、野次馬を止めて避難民を誘導するのには役立っている。陸上自衛隊の警務隊(かつての憲兵に相当する自衛隊内の警察)と地元警察が一丸となって避難誘導を続ける中で、桜井たち第2小隊は交差点に立って警戒活動を行なっていた。そこへ1台の高機動車がやってきて、桜井の目の前に停まった。


「おい。君」


 助手席に座るサングラスの男、階級は1等陸曹である、が桜井に声をかけた。


「高麗軍はどこらへんに居るか知ってるか?」

「それは分かりません。上に尋ねますか?」


 桜井がそう返して、無線に手を伸ばすと、サングラスは手でそれを制した。


「いや。わざわざいいよ。じゃあ、防御をよろしく」


 サングラスは運転席の男の肩を叩いて、高機動車を発進させた。


「3曹、見ましたか?」


 その様子を後ろで見ていた陸士長が言った。


「さっきのサングラスの1曹、M4ライフルを持っていましたよ」


 確かにサングラスの持っていたのはアメリカの特殊部隊などで使われているM4A1カービン銃であった。日本でそれを恒常的に使用する部隊はただ1つ。


「特殊作戦群!」




瑞梅寺川

 高麗海兵隊はようやく川に達したが、すでに橋は落とされていた。だが、それは予測されたことであるし、彼らには渡河の心得もあった。

 まず先遣隊として小隊規模の歩兵部隊が川を渡り、対岸の警戒に当った。それに続いて水陸両用の装甲車両AAV-7とK1A1戦車が川を渡る。もともと川の多い朝鮮半島の地形に対応するために、高麗軍(特に旧韓国軍)の戦闘装甲車両は渡河能力を持っているものが多い。最後に歩兵や物資を載せたトラックを渡らせるための架設橋の構築に取り掛かった。橋を造ると聞くと大層に大掛かりな作業だろうと感じると思うが、それはパネルと幾つかの大型ゴムボートを組み合わせた浮橋で、短時間で造ることが可能である。自走式の戦車橋(戦車に砲の替わりに可動式の橋を載せたもの)を使えば、もっと短時間で橋を架けることができるが、それを使うには川幅が広かった。

 一方、揚陸を終えた機甲部隊と歩兵部隊は警戒部隊を残して前進を始めた。県道85号線に沿って前進し、東へ向かった。道の北側には家屋が密集していて、視界が利かない。南は田んぼばかりだが、少し進むと南側にも家屋の群れがあり視界を奪う。このまま進むと北側に県立の高等学校が見える筈である。



 氷室は戦車の中で朝食を食べていた。おなじみの戦闘糧食ではなく、コンビニから“調達”した弁当であった。


「なるほど。敵も補給物資は最小限で済むわけだ」


 食料の現地調達と言えば、悪名高き旧日本軍の南方での失敗を思い浮かべ否定的な見解を持つ人間が多いと思うが、残念ながら現在の日本はジャングルと違ってそこら中にコンビニやスーパー、食料品店があり、大量の食料が備蓄されている。

 すると何者かが車長用のハッチを外側から叩いた。氷室がハッチを開けて顔を出すと、前線の監視にあたっている普通科隊員の顔があった。


「敵戦車が近づいてきます」

「よし。いまやっつけてやる」


 県道85号線脇の高校の前にあるコンビニの陰に隠れ、敵の前進を待っていた氷室の愛車の1200馬力のディーゼルエンジンが唸り声をあげた。

 第4戦車大隊第1中隊の10式戦車は小隊ごとに分かれ、防御線の直衛に2個小隊を配し、残りの1個小隊が待ち伏せを行なっていて、それが氷室の小隊であった。氷室は4輌で構成される小隊を2つに分けて、互いを援護できるように配置した。都合の良いことに敵にはまだ航空支援が無い。こちらにもないが、条件は対等というわけだ。一応、対馬海峡の制空権は確保しているものの、その維持で手一杯で、地上部隊の為に作戦機を割くのは無理ということか。

 4輌の10式が動き出した。氷室の指揮する2輌の10式戦車が道路上に踊り出た。砲塔を後ろに向けた状態で、車体の前方を敵の反対側に向けている。高麗軍に射撃しつつ後退できる態勢である。

 敵は戦車を先頭に一列になって進んできている。狭い二車線道路だからそうなるのは仕方が無い。敵との距離400ほどのところで2輌の10式がほぼ同時に射撃した。2発の徹甲弾が先頭のK1A1戦車に集中して、瞬時に破壊してしまった。2輌の10式戦車は再びコンビニの陰に消えた。2輌の戦車は高校の脇を抜けて、次の射撃地点に向かった。

 高麗軍は選択を迫られた。敵を避けるか、直進するか。そして避けるなら南に曲がるか、北に曲がるか。無理な交戦は避けよう。問題はどちらに曲がるかである。幸い、南にも北にも敵から自らを隠してくれる目隠し代わりの家屋群がある地点まで前進している。自衛隊の戦車は道の北側にある高校の陰に消えたから、敵を避けて右に回り、一般家屋を盾にしつつ南下することにした。

 高麗海兵隊は自分達の慢心を先ほどの氷室の一撃で思い知らされていた。敵はとっくに逃げ出してしまったと思ったら、待ち構えて奇襲攻撃をかけてきたのだ。同じ間違いは繰り返さない。家屋の壁が切れる前に車列を止めて斥候を出すことにした。



 海兵隊員の朴南(パク・ナム)上等兵は自ら斥候に志願した。家屋の陰から顔を出してみると、そこには敵は見えなかった。周りには田んぼが広がり、すこし先に十字路がある。それを左に曲がり東に進むと、中学校の前にでる。周りには家屋があり、戦車も隠れられる、そしてそこには日本の戦車があった。家の陰から戦車の砲身がはみ出ている。やはり彼らは巧妙に待ち伏せをしていたのだ!

 朴南は先頭の戦車兵にそれを伝えた。戦車が前進し、自衛隊の戦車が隠れる家屋を射界に収めると、砲塔を旋回させて発砲した。



「畜生。奴ら気づいてやがる!」


 壁として使っていた家屋が榴弾で吹き飛ばされ、10式戦車の車体が丸見えとなった。


「撃て!撃て!」


 10式戦車の砲塔が回り、家の残骸を押しのけて主砲を敵に向けた。1発。命中を期さない牽制射撃はK1A1の横に建っている家屋に命中した。それを確認する暇もなく2輌の10式は後退しようと動き出した。しかし、そこへK1A1の方もさらに1発撃ってきた。その弾はまだ残っている家の壁を貫通して、10式の砲塔正面に命中した。壁のお陰で威力が削られ、装甲を貫通することはなかったが、損害は大きかった。


「01、こちら03。被弾した。砲手が重傷。衝撃でシステムがダウンしている。砲塔が歪んで、旋回できない。後退する」


 03車は01車、すなわち氷室に状況を報告すると、僚車の援護の下で戦域から離れた。



 戦車大隊の本部より氷室小隊に後退の命令が出た。周辺住民(と言っても、実際のところは防衛線正面の狭い地域のだが)の避難が完了し、自衛隊部隊は福岡市街防衛の最終線に入ることになった。




福岡最終防衛線

 前原方面から福岡中心部に入るには小さな山と林を抜けねばならず、ルートも限られる。海沿いか、それとも今宿バイパスか。第19普通科連隊は第4中隊を海沿いのルートに配置し、桜井らの所属する第1中隊、第2中隊はそれぞれバイパスの北と南に配置された。第3中隊は予備として防御線の東側に待機する。そして、防衛線に配置された中隊には1個小隊ずつ戦車隊が援護として配備され、さらに援護の部隊が続々と防衛線の陣地に入っていった。師団直轄の対戦車部隊である96式多目的誘導弾装備の第4対舟艇対戦車隊が分散して各中隊の援護に当る。また第4施設大隊の一部や第2施設群の自衛隊員たちもバイパスと海沿いの道路の間を埋めて、高麗コマンドの浸透攻撃を阻止するために林の中の塹壕に入った。自衛隊の施設科部隊は実は普通科部隊の予備としての側面もあり、特に近接戦闘や陣地戦闘では普通科以上の戦闘能力を持つとも言われているのだ。

 砲兵も増強された。師団砲兵である第4特科連隊に加え、西部方面隊直轄の砲兵部隊である西部方面特科隊の203ミリ自走榴弾砲M110A2も駆けつけた。



 一方、高麗上陸地点の西側にも長崎の大村から駆けつけた第16普通科連隊が配置についた。この連隊はまだ無傷で、第4戦車大隊第2中隊と第4特科大隊の1個大隊、第4施設大隊の1個中隊が援護について戦闘団を編成した。この戦闘団は高麗海兵隊を西から圧迫するために唐津を過ぎて国道202号線を東進しているところであった。



 西九州自動車道福岡前原道路の高架を爆破し、国道202号線今宿バイパスを進む必要を強いられた高麗軍はおそらくここへ来るはずである。桜井は自分の小隊が当てられた塹壕の中に入り、その高麗軍を待ち受けていた。最終防衛線<丙>線に掘られた塹壕は、瑞梅寺川の防衛線のただ穴を掘っただけの壕に比べればしっかりしたもので、杭と板で補強されていた。しかし、時間が不十分だったようで、砲兵射撃から身を守るための掩蓋や壕の中で立った状態でも身を隠せる深さまで掘られた立射壕などはなく、擬装も不十分だった。

 防衛線は道の北側の第1中隊と南側の第2中隊が八の字に展開していて、大きく開いた口の方を高麗軍に向けていた。時刻は8時になろうとしていた。

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