十.火花散る
宮崎県 新田原基地
新田原基地の第5航空団第301飛行隊は、日本に唯一残ったF-4EJ改の飛行隊である。F-4ファントム2戦闘機はアメリカ海軍の艦載迎撃戦闘機として開発され、1958年の初飛行から世界各国の空軍で使用されてきた傑作戦闘機である。ベトナム戦争ではアメリカ空・海軍に使用され、多数のミグ戦闘機を撃墜した実績を持つ。
航空自衛隊のF-4は独自の改良が施されており、オリジナルの機体に比べ幾分優れているが、それでも製造終了から30年以上経ち、完全に旧式化してしまっている。後継機としてF-15FX戦闘機の配備が開始され、後はここ新田原で僅か20機強が運用されているに過ぎない。
アラートハンガーからF-4EJ改が引き出された。彼らには重大な任務が与えられている。
「築城の状況は?」
その様子を管制塔から眺めていた基地司令がオペレーターの1人に尋ねた。
「滑走路の応急措置は完了した、との報告です」
「よし。いいぞ。ただちに出撃だ」
2機のF-4EJが滑走路に踊り出た。その翼には、AIM-7スパローと90式空対空誘導弾AAM−3を搭載している。前者はセミアクティブ誘導方式による中距離空対空ミサイルで旧式ながら多くの実績を持つ、後者はAIM‐9Lサイドワインダーを上回る性能を示す国産の赤外線ホーミング式のミサイルである。
「エポック1。離陸準備よし」
「離陸を許可する。以後、AWACSの管制を受けよ」
「ラジャー」
F-4EJ改、エポック1が宙に浮いた。そのまま高度を上げてゆく。他のF-4EJ改もそれに続く。計8機のF-4EJ改が離陸した。
空中に舞い上がったF-4EJ改、エポック1は空中に浮かぶAWACSを見つけた。日本海上で高麗軍の攻撃を受けたアスター1である。
「こちらエポック1。アスター1、応答せよ」
『こちらアスター。目標を指示する。』
「ラジャー。エポック、アスターの統制下に入る」
山口県 岩国基地
野々宮と彼の援護の2機は岩国基地に着陸していた。
岩国は海上自衛隊、それにアメリカ海兵隊とアメリカ海軍の航空隊が使用する基地で、アメリカ軍との交戦を避けるためか高麗軍の攻撃は行われていなかった。
その基地の滑走路の脇に野々宮は立っていた。
「野々宮3佐、あなたのイーグルですが点検を完了しました。損傷は無いそうです。燃料も補充しましたから何時でも飛ばせます」
野々宮の救援に駆けつけたパイロットの1尉、TACネーム<トレロ>が海兵隊の整備員の言葉を野々宮に伝えた。
「まぁ、ここで運用しているのはF/A-18戦闘攻撃機ですから、最低限のことしかできませんが」
野々宮はずっと西の方を眺めていた。九州の方角だ。泣いているのか?
「野々宮3佐、僚機の件については、その、何とお悔やみを申し上げたら…」
「最初の国になっちまったな」
「はっ?」
野々宮の突然の言葉に1尉は困惑した。
「日本はイーグルを空中戦で最初に撃墜された国になった、ということだ」
F-15イーグルは初飛行から40年以上経つが、それまで幾多の戦闘を経験しながら空中戦でただ1機も撃墜されたことが無く、伝説的な存在となっていた。しかし、遂に空中戦で敗れてしまったのである。
「1尉。高麗空軍もイーグルを持っていた筈だな?」
「はい。F-15E戦闘爆撃機を40機ほど保有しています。稼働状況は不明ですが」
「なら、そいつを撃墜して汚名返上といこうじゃないか。最初にイーグルを撃墜したのは奴らだが、最後に撃墜するのは俺たちだ。それがあいつへの最高の供養さ。だろ」
そう言って振りむりた野々宮の表情は穏やかなものであったが、目の周りには涙の跡が見えた。1尉はなにも言えなかった。
そこへ格納庫から1尉のウイングマンが現われた。
「3佐!1尉!任務でーす!」
彼のTACネームは<アイスマン>であった。多分、<マーベリック>争奪戦に負けたのだろう、と野々宮は思った。
築城基地
高機動車が数両、築城基地内に入った。その荷台から完全武装の自衛隊員が飛び降り、築城の基地警備隊の誘導に従って、基地のあちこちに散らばってゆく。別府より進出してきた第4師団第41普通科連隊の1個中隊、築城の航空機を新田原まで退避される作戦の支援の為に派遣された部隊である。
ある小隊は基地の最北端を担当した。し尿処理施設を正面にするその場所は好ましいとは言えなかったが、それを気にするものはいなかった。
「第2班、右!」
小隊長の3等陸尉が部下に指示を出している。
「第3班、左!第1班、正面!射撃用意!」
小銃を構えた隊員が、その場に伏せ、いつ襲ってくるか分からない高麗兵に備えていた。
北九州市
北九州市周辺にはいくつかのゴルフ場があり、その1つは港のすぐ近くにあり、高麗陸軍の空中襲撃旅団を乗せたヘリの降下地点に選ばれた。高麗軍は航空自衛隊から制空権を奪うと、20機ほどの大型ヘリが往復して兵士を北九州へ運んだのである。
最後の部隊を乗せたMi-8輸送ヘリから最後の1人が飛び降り、1個旅団の北九州への展開を完了した。ヘリはそのまますぐに飛び立ち、祖国へと一目散に帰っていった。ヘリの航続距離では北九州までの往復はギリギリの範囲であった。
また、埠頭では入港したカーフェリーや貨物船から次々と部隊が降ろされてゆく。旧韓国陸軍の精鋭部隊として知られる第11機械化歩兵師団を中心に編制された部隊で、多数の戦車や装甲車、自走砲を有していた。
このように順調に部隊を日本に降ろしている高麗軍に対して、自衛隊の動きは鈍かった。自衛隊は二見ヶ浦に上陸した高麗海兵隊部隊に注目し、北九州にあるのは陽動の為に上陸した小規模なゲリラ・コマンドであると考えていたのだ。さらに二見ヶ浦に上陸した部隊があくまで助攻に過ぎない可能性まで考えられ、今後あるかもしれない高麗軍の攻撃に備え、全国各地の自衛隊部隊を動かすことができなかった。特に防備の薄い山陰方面(わずか3個中隊強の部隊が配置されているに過ぎない)への強襲上陸は現実的なシナリオとして受け止められていたのである。さらに慢性的な兵員不足から、戦線の後退・縮小が検討され、最悪の場合には九州を放棄することを既に決定している。冷戦末期にすら日本防衛に最低限必要な兵力を有していたに過ぎないにも関わらず、その後に極端な陸上兵力の削減を続けてきたツケを日本は今になって払わされたのである。
ともかくとして第4師団の主力は福岡西部へと指向し、北九州の防備を任された第40普通科連隊は厳しい戦いを強いられた。高麗コマンドと遭遇戦になった情報小隊はなんとか後退した。敵をゲリラ・コマンドだと考えていた金井1佐は、敵部隊殲滅よりも情報の収集を優先し、さらなる情報を収集するために連隊を構成する各中隊を偵察部隊として市内各地に派遣することを決定した。
第1中隊は北九州市の中枢が集まる小倉地区を、第2中隊は本州との連絡道である門司方面を、第3中隊は工業地帯である八幡方面をそれぞれ担当し、第4中隊は予備として駐屯地に残ることになった。
第1中隊から1個班が北九州港へと進出した。彼らは高機動車に乗り朝の街を疾走していた。高機動車は、大型の四輪駆動車でトラックの代わりとなる輸送車として開発され、イラク派遣でも使われたことで知られる。民間型がメガクルーザーとして市販されてもいた。
「班長!」
運転手を務める士長が指揮官の陸曹長に訪ねた。
「ヘリコプターですかな?だんだん遠ざかっていくみたいですが」
確かにヘリコプターらしき爆音が聞こえる。
「降車しろ!」
高機動車が停まり、隊員たちは地面に飛び降りた。場所は高見台の住宅地の裏、高校と小学校に挟まれた道の上だった。
彼らは鹿児島本線に架かる橋を渡り、北九州都市高速道路の高架の下に出た。国道199号線に沿って東に向かい川を越える時に、道路を塞ぐように数台車が停めてあるのが見えた。例によってヒュンダイ製のピックアップトラックであった。荷台に急造の機関銃陣地が設けられて武装トラックに改造されていた。
荷台に据え付けられたK3機関銃(自衛隊でも使用している5.56ミリ機関銃MINIMIの韓国版である)が唸り、2人の自衛隊隊員が倒れた。残った隊員は2人を引きずって銃撃から逃れるために駐車車両などの物陰に隠れた。
「応射!応射!」
陸曹長がそう叫ぶと、隊員たちは89式小銃やMINIMIを高麗兵に向けて乱射した。フルオートで当てずっぽうに撃っているので、敵に当る気配は無い。
「撃たれた奴は?」
「小向1士が重傷です。すぐに後送しないと!柏3曹は、もう…」
その瞬間、隊員たちの射撃が瞬間的に止まった。全員の視線が倒れたままの柏に向けられた。頭部に2つの銃創が出来ていて、すでに動かなくなっていた。
「こちら2-0!敵の攻撃を受けた。場所は北九州高速、西港インター付近。応援求む。現状は死者1名、負傷者1名!後送が必要だ!繰り返す…」
陸曹長は小隊無線にそう怒鳴ると、無反動砲手の隊員に目を向けた。
「テクニカルを破壊するんだ!」
無反動砲手は頷いた。陸上自衛隊の小銃班には1門ずつ、スウェーデン製の84ミリ無反動砲を配備している。弾薬手の小向は負傷をしているので、別の隊員が小向の持つ弾薬を取って多目的榴弾を砲身に押し込んだ。
「援護射撃!」
陸曹長の号令のもと、残りの隊員が一斉に射撃をした。敵の注意が小銃や機関銃に向けられた時に無反動砲手は道路に飛び出た。中央のテクニカルに照準を合わせ、引き金を引き、一筋の閃光が砲身から飛び出し、次の瞬間、多目的榴弾が1台のテクニカルとその周りに居た高麗兵を吹き飛ばした。
そこへ小隊主力を乗せた高機動車が現われた。隊員たちが次々と飛び降りて、地面に伏せ、小銃や機関銃の銃口を高麗兵に向ける。また別の隊員はすぐさま無反動を撃って、別のテクニカルを破壊した。その間に重傷の小向1士と柏3曹の遺体が高機動車に乗せられ、そのまますぐに発進してしまった。
九州上空
F-4EJ改の編隊は北を目指し亜音速で飛行していた。あと数分で築城上空に達する筈である。
「アスターからエポックへ。高麗空軍機―KF‐16と思われる―を捕捉した」
<エポック・リーダー、了解。攻撃するか?>
E-767AWACSの捉えたのはKF-16の12機編隊である。高麗の早期警戒機は確認されなかった。自衛隊は知らなかったが、対馬海峡上空で警戒活動を行っていた。
「敵にAEW(早期警戒機)の支援がないとすれば・・・」
KF-16に比べ旧式であるF-4EJ改であるが、AWACSの支援のあれば対等に戦える。
<エポック。こちらアスター。高麗機を撃墜せよ>
「了解。高麗機を撃墜する」
エポック隊は散開した。
対馬
対馬では本土からの援護を受けられない警備隊が孤独な戦いが続いていた。
警備隊は高麗兵と遭遇戦となり上対馬高校まで後退したが、その後は睨み合いが続いていた。
対馬駐屯地から指示を出している小津3佐は、作戦室の机の上に広げられた対馬の地図を睨んでいた。
「なぜ奴らは南下してこない?」
空自のレーダーサイトと海自の基地をいとも簡単に制圧した以上、それなりの兵力を上陸させている筈である。遭遇した1個小隊弱の兵力など蹴散らせる筈だ。
上対馬に居座っているのは陽動で、他に本命がいるのか?それともこちらの様子を窺って南進のタイミングを待っているのか?
小津は決断を迫られていた。上対馬に兵力を集中すべきか?それとも?
対馬警備隊の佐久間二曹は上対馬への増援として、1個小銃班を率いて高機動車に乗り、国道382号線を北上していた。
佐久間は助手席に座り、手にした地図を見つめていた。
「二曹!」
突然、声をかけられた佐久間。振り返ると後部に座る隊員の1人が佐久間のすぐ後ろに来ていた。
「どうした?」
「警備隊本部より命令変更が。目標を変更すると」
「どこへだ」
小説評価/感想での返答では「F-15は後半で活躍する」と言いつつ、次話でいきなり活躍させることになってしまいました。テキトーだな、私って。