変革の日 中編
電脳空間に設けられた籠城勢力の会議室。そこには可愛らしいマスコットのような動物のアバターが集まっていた。(何故、アバターが動物なのかというと凝ったデザインを運用する技術がないからである)
絵面の割に会議は困窮を極めており、空気は緊張していた。無理もない。何もできることがないのに状況を好転させようと言っているのだから……。
運営は新大陸進行の頓挫による時間稼ぎのために、提供された築城技術の試験運用として無軌道に築き上げられていた城砦群の解放を行った。
運営はユーザー達が適度に攻めたり攻められたりを繰り返すと予想していたが、予想に反して開幕早々膠着状態に突入。それが続いていた。
城が堅牢すぎたのだ。一般ユーザーに配布されている機体では到底飛び越えられない城壁。それはまた彼らの所有する兵装では傷一つ付けられない堅牢さも持っていた。これにより、攻城勢力は離れたところから城を見守る他なく、籠城勢力も離れた敵にどうすることもできなかった。
しかし、先日から攻城勢力に動きがあった。本丸を落とすことを諦め、大して重要でない曲輪を次々に落とし始めたのである。
こうなってくると、外を自由に走り回れる勢力とただじっと籠っているしかない勢力では不満の高まり方が違う。最近の籠城勢力に至っては、配信されているテレビや映画の視聴が主な活動になる体たらくであった。
「いつまでこんなことを続けているつもりだ!?」
猫のなりをしたアバターがその可愛らしい姿に似合わないがなり声をあげる。
「そうは言ってもねえ。あんなことされちゃこっちとしては打つ手がない。数は圧倒的に向こうが上なんだから。だいたい、我々としては腹立たしくはあるけれど、痛くもかゆくもないじゃないか」
籠城勢力の長であるネズミが諭した。
「そうは言うがな。長よ。このままでは我々の評価が下がる一方ではないか」
重鎮の牛が唸る。
「評価ってのは企業がゲーム攻略にかけている奴のことだろ?そんなの全員に関係がある訳じゃないだろ?」
同じく重鎮の虎がチクリと。
「では、このまま連中の好きにさせ続けるのか?」
牛が虎に向かう。
「精鋭部隊を組織して横合いから殴りつけてくるっていうのはどうだ?」
猫が一同の顔を見る。
「そもそも敵の狙いは門を開かせることなんだから、タイミングを決められる行きはいいけど、帰りは……まあ、要するに片道切符だよ」
ネズミが見返す。
「こんなことを続けるくらいなら、そっちのほうがよっぽどいい。待っていろ。すぐに有志を集めてやる」
ネズミは止める気がなかった。彼はそこまで評価というものに拘る気はなかったが、自分の指揮下で無様な姿を晒すのもごめんだった。このままイベント期間を終えるつもりの彼としては、城内で不満を煽られるよりも反対勢力をごっそり連れていって消えてもらえるほうがありがたかった。
「いっそ、全員でうってでませんか?」
会議への出入りとしては新参の犬が提案した。
「だから、数の差がねえ」
ネズミがトホホと続けた。
「数の優位を覆すために、まずは敵の頭を狙おうと思います」
犬がネズミに言う。
「頭って……どこにいるのか分からない上に、間違いなく大勢に守られているのよ?」
ウサギが耳をピョコンとさせる。
「ですから、確実にそこにいておまけに護衛も少ないそういう場所を狙おうと思います」
犬はそういうと作戦の説明を始めた。
攻城勢力の長たる亀は唸っていた。
自身の評価が下がることを嫌がり、とりあえずとはいえ活動実績をつくるべく、適当に攻撃の指示を出した。そこまでは良かった。意味があったかはともかく、成果を挙げることができたからだ。
しかし、先ほど問題が生じた。決して多くない手勢で本丸から外れた曲輪を責めていた部隊が……それも複数の部隊が敵の攻撃で全滅したのだ。加えてこちらに攻撃を加えた部隊は大した被害を受けることもなく城内に引き帰していったそうだ。
多少の例外はあれど、第一には城門を固く閉ざしていることを選ぶと予測していた亀はこれをどう捉えるべきか悩みながら、ある場所に足を進めた。
亀の愛機が山を登る。
これまでの作戦は通用しない。しかし、城内に突入する千載一遇のチャンスでもある。さて、どうしたものか……そう考えながら本丸を一望できる山の麓に到着した時だった。
「城門が開く……?それに……なんだ……あの数は?」
亀が思わず口に出して驚愕する。やがて、城砦から出てきた軍勢、その全てが自分に向かってきていることに気づいた亀は慌てて山を下りた。
作戦の練り直しをするなら、こちらを一望できる場所で、それも伴は極力少なくして行う。
犬はそう予測した。軍師を気取るならば当然そうなるだろう。外で襲われる可能性を低いと考えているなら尚更だ。
賭けだが悪くない。ネズミもたまには冒険も悪くないと思った。いいようにされっぱなしだったのが面白くないのはネズミも同様だった。
結果……。
攻城勢力は滅茶苦茶にされた。まさか出てくるとは思っておらず、好き勝手思い思いの場所にいた彼らは正面に控えるいつ敵が出てくるのか分からない城壁と背後から襲いかかる籠城勢力の前にまともに機能しなかった。
籠城勢力の目的が敵の全滅ではなく、効果的な打撃を与えることであったのも無関係ではないだろう。彼らは一個にまとまって予め決められたルートを走破するだけで、戦闘は進路上の敵にしぼった。これにより圧倒的な数の奇襲を行うことができ、敵がようやく組織的な機能を回復させるころには凱旋を果たしていた。
状況の推移を見守った社長がため息をついた。
「まだ、しばらくは時間が稼げそうで何よりだ」
「何かこちらから働きかけますか?」
秘書が横顔を伺う。
「必要ないし、そんなことに手間をかける余裕もない」
「社長が上の方たちにかけあっておられたのは存じていますが、そこまで芳しくなかったのですか?」
ぴしゃりと言い放つ社長に秘書が聞いた。
「下弦衆というのを知っているかね?」
「名前だけは。教団直属の精鋭部隊と伺っておりますが」
「精鋭……か。あれは狂信者の集団だよ。404での機体の適合率を上昇させるべくログインした後こちらに残した肉体を処分したような連中だ」
「処分……それはつまり……」
「まあ、そういうことだ。まあ、そんな連中の手を借りようとした私がああだこうだ言うのも筋違いだがね。全く……にべもなく断られたよ。観測以来の異常気象より、出奔以来音沙汰のない裏切者を探すので忙しいらしい。教団の性質上、成果を挙げられないことには慣れているから、連中、放っておけば、もう生きていないかもしれない奴らを永遠に探しかねないぞ。それにしてもあいつら、好き放題御託を並べた挙句、今回の異常気象は裏切者達の仕業ではないかと言ってくれた。初め、連中はあの嵐を消し去った力を神の意志ではないか?とのたまっていたんだぞ?神の御業も落ちたものだ」
「教団の助力が得られないのであれば、これからどうなさるのですか?」
「赫映姫の力を借りるしかないだろうね。まあ、打診しても、返事がもらえるかどうかも怪しいが……。せめて、彼女たちが独占的に保有する航空母艦さえ手に入れば、裏切者の捜索と言って下弦衆を使うこともできたんだが……。全く、この年でないものねだりとは我ながら嫌になる」