あるところのお人形さんのお話
意味がある何かだと思ったら負け
これは、昔々の物語。
昔々、あるところで一個の人形が作られました。
それはとても出来が良くて、美しさと儚さと・・・様々な魅力を併せ持つ、とてもとても素晴らしいお人形でした。
けれどもただ一つ、問題があったのです。
あまりにも、出来が良すぎたのです。
その人形はそのままであればきっと、様々な人に愛されたことでしょう。様々な欲望に巻き込まれた事でしょう。様々な混沌を巻き起こしたことでしょう。様々な事態を平和へと導いたことでしょう。
・・・けれど作った人は、この人形の事を最高傑作だと認めると共に唾棄すべきものだと考えました。
その完成度ゆえの、人形在らざる魅力を。
「コノヨウナ カイブツ ガ コノヨニ アッテハナラナイ」
そうしてずたずたに傷付けて、または人形の一部を奪い取りました。
そうして、人形は「見た目」を失いました。
その後 製作者はその人形の事をを忘れてしまい、とある日に客がその人形を見つけて欲しがったので売りました。
☆ ☆ ☆
買った客が元々欲しかったのは、強度のある、見た目も気に障らないような人形でした。
ただ、ストレスの刷毛口が欲しかったでしょう。その日も人型で、なおかつ大きすぎず小さすぎず気にせず当たれる人形を探していました。
その点でいえばその人形は実に条件に当てはまっていました。
何せずたずたにされたにも関わらず人型は崩しておらず、見た目も「見た目」が奪われた後ではなんともいえない。重すぎず、大きさも客にとっては丁度いい大きさでした。
日々イラつくたびに拳が人形へと飛びました。
何かうまくいかなければ踏みしだかれ、蹴り飛ばされました。
ある時は投げられ、ある時は斬られ、ある時は絞められ。
かろうじて人型は保っていても、次第に人形の中は飛び散っていきました。
そうして、人形は「中身」を失いました。
その後 客は人形に当たっても憂さ晴らしにもならなくなったので捨てました。
☆ ☆ ☆
捨てられた人形は、獣の悪霊に拾われました。
獣の悪霊は非常にボロボロのぐちゃぐちゃになった人形のことをとても気に入り、憑りつきました。
そして、憑りついた人形で様々なことを仕出かしました。
ある時は、街を大火事にして人々を殺しました。
ある時は、力で人を惑わし混沌の渦を巻き起こしました。
ある時は、同じ悪霊を屠っては喰い屠っては喰ってさらなる力を付けました。
気づけば、獣の悪霊は他の悪霊よりもとても強い存在でした。
というのも獣の悪霊の場合、憑りついたモノが持つ「中身」がどれだけ大きいか、「中身」へとどれだけ入り込めるかで使える力が変わりました。
そして人形の中身はほとんど、空っぽ。獣の悪霊はそれはもう大きな力を使うことが出来たのです。
獣の悪霊が完全に入り込んでしまったそれはもはや、獣の悪霊そのものです。
そうして、人形は「存在」を失いました。
けれど『栄枯盛衰』という通り、そんな獣の悪霊の悪行にも終わりが来ました。
とある日、とある国の聖者たちが大きな機械を作ってしまったのです。
その機械は世界中の悪霊の力を吸い取ってしまいました。それは獣の悪霊も例外ではありません。
とても大きかった獣の悪霊の力はいっぱいいっぱい吸われてしまい、動けなくなってしまいました。
動けなくなった獣の悪霊は「仕方ない」、と動けるようになるまでの眠りにつきました。
その後 人形は動かなくなりました。
☆ ☆ ☆
人形は人形売りに拾われました。
人形売りは、売れる人形ならなんでも売ります。
売れそうな人形があったら仕入れて売ります。一から人形を作ることはできませんでしたが、素体があれば人形にして売ります。意地汚いので捨てられた人形があれば拾って売ります。それが傷ついていてもある程度は直して売ります。
その人形も拾われて、当然売りに出されました。
しかし「見た目」も「中身」も無い人形。
買う人どころか見る人もそぶりを見せる人もいません。
雨にさらされ、風に吹かれ。
闇に呑まれ、日に焼かれ。
人形売りだけは人形のことを見ていましたが、さりとてどうともしません。
ただ買う人が来るのを待つだけです。
☆ ☆ ☆
あくる日。いつものように、人形を買いに来たのであろう誰かが来ました。
「で、これで買えるのか」
「あぁそうですねぇ、1人分くらいでしょうか?」
その客は嘘と偽りに塗れていました。それ以上に、絶望に埋もれつつもそれが日常で当たり前というようなわけがわからない雰囲気を漂わせていました。
「いいだろう。自分で一人ひとり選びたいのだがよいか」
「はぁ、そりゃ構いませんが…ちなみに、どうお使いになられるご予定で?」
「これ自体がお使いなのでな、あっしは知らん」
不思議な不思議なその客は、今まで誰も目もくれなかったその人形に、初めて眼差しを向けました。
それからその人形の目を覗きこむと、どこか面白いといいたげな笑みを浮かべます。
「こいつは?」
「はいはい、いいでございますよ。支払い額をちょっと超えていますが…多めにみましょぉ」
人形売りは渋っているふりをしていましたがその実、売れることすら諦めていたその人形を買うような存在がいたことに驚いていました。なにせ、人形はボロボロのグチャグチャのスカスカで人形といっていいかも怪しいナニカでしたから。
人形を買ったその客は、様々な魔法を使いました。
客の暮らす家へと戻る途中で、「見た目」を失い見るに堪えない姿だった人形にある程度の「見た目」をとり戻しました。
しかし完全には戻しません。あるいは戻せなかったのかもしれませんが、それでも戻ったのです。
客の家へと戻った後、「中身」を失いすかすかだった人形に新たに「中身」を与えました。ただし悪霊が眠っていたところは起こしても何か不都合があるのでしょうか、そのままにされました。そのため完全に元の中身に戻ったわけではありませんが、それでも、戻ったのです。
そして、「見た目」と「中身」を戻すとともに「存在」を新しく人形に与えました。
これによって、人形はそこに実在する「物」となりました。
このように、人形を買った客は様々な魔法を使いました。しかし、魔法使いは杖を持っているものですがその客は杖の代わりに大きな鎌を持っていました。そして黒い黒いコートを羽織っていました。
魔法を使い、鎌を持つ黒いコート姿はどちらかといえば死神です。
死神は人形に様々なことを求めました。
ある時は話し相手。
ある時はお茶仲間。
ある時は寂しい時の人の代わり。
そして死神はやがて物足りなくなったのか、人形に新たに様々なものを与えます。
自分の心を分け与えました。
人形は心を持つことで物事を憂い、喜ぶことができるようになりました。
世界と時間を与えました。
人形は繋がることができるようになりました。
目的と役割を与えました。
人形は生きることが出来るようになりました。
そして、死神は、
「自分」の欠片を与えました。
人形は なりました。
☆ ☆ ☆
今でも人形はふと思い出そうとします。
「自分はなんだったのか」
そして、いつものように思い出して、いつもは微動だにしない顔を動かして、笑うのです。
「そうだ、私は人形だった。今も、これからも」
これは、昔々の物語。
不幸も幸福も無い記録。
あるところのお人形さんのお話。
意味がない何かだと思ったら負け