恭弥様の春1
「おい、聞けよ瀞。恭弥に彼女ができたぜ」
私の名前は保月瀞。
恭弥様付きの私は相澤本邸でお二人に紅茶を淹れ、同席のお許しーー麻人様の命令といったほうが近いーーを得てお茶の時間をご一緒させていただいております。
こういうときは基本的に、学校であったことを話しされたり、スポーツの話をされたり。
こういう場は、恭弥様の女性のタイプを知る絶好の場。
今日も今日とて……ってなんですと?
「麻人、早いね」
あれ?肯定しちゃうんですね。
「もう女子どもは知ってるぜ、明智言いふらしてるんじゃね?」
「ま、想定内だけどね」
ふふふふ、と恭弥様が笑ってらっしゃる。
明智詠美様、恭弥様のお隣のクラスの方でしたか。しかし、おかしい。
原作では、明智様は恭弥様の親衛隊隊長だったはず。高等部上がる前に別れるのか?別れても親衛隊になるのか?
中等部二年の初夏。恭弥様に春がやってきました。
※※※※
「お早う、相澤くん、保月さん。ご一緒させてもらってもいいかしら」
衝撃の発言の次の日、明智様が門の前で恭弥様を待っていらした。私が車を降りて、恭弥様が降りられて、車が去ってたっぷり時間をあけて声をかけてこられた。合格。
「お早うございます、明智様」
「おはよう、明智さん。ほら言ったじゃない、僕が迎えにいったほうがいいって」
「あら、そんなことしたらうちの両親が舞い上がってしまうわ」
二人が並んで歩くのを見て、少し距離を置いて歩き出す。
せっかくの二人のお時間なのだ。周りがこちらを注目しているので邪魔が入らないように気をつけて大分後ろから続く。
「保月、今日は……保月?」
恭弥様は後ろを振り返ってキョトンとする表情をみせた。可愛い……
明智様も一緒に振り返って頬に手をあてている。なにをそんなに……と思いながら五歩ほど間合いをつめた。
「どうなさいました?恭弥様」
「今日はやけに言葉が丁寧だね。どうしたの?そんなに離れて歩いて」
「いえ、せっかくお二人でいらっしゃいますので私はお邪魔だと思いまして。後ろにおりますのでお気になされないでください」
「どうして?保月さんはいていいのよ?」
明智様まで訳がわからないと言った風に私をみる。私、使用人だしね!
でも、恭弥様もそうだよ、とか言ってらっしゃるのにどこか悲しい気分になるのはなぜだろう。
主人に必要とされる、傍にいていいと言われることは嬉しいはずなのに。
「ありがとうございます。……恭弥様先ほど何かをいいかけられていましたがなんでしょう」
「ん?ああ、今日遊びに行くって話ししてただろう?って聞いてないか。遊びに行くんだけど、今日はなにも予定入ってないよね?」
「はい。恭弥様のご予定はあいてございます。ご自宅に戻られてからでしたらいってらっしゃいませ」
「……僕の予定は自分でわかってるよ。聞いてるのはお前の予定だ。なんで『いってらっしゃい』なんだよ」
なんでデートに使用人連れていくんだよ、この坊っちゃん。
「私を連れていくのは、明智様に失礼でございます。お二人で行ってらっしゃいませ」
「え?」
「どうしてかしら。保月さんもいらしていいのよ?というか、なぜ私に失礼なの?」
明智様……
「明智様、私も二人きりの時間を割くほど野暮ではございません、護衛はおりますがこっそりつけさせて頂きますのでご安心を。恭弥様、彼女と一緒に遊びにでますのに使用人……しかも、女性の使用人をつれていくことは失礼ですよ。お二人で楽しんでいらっしゃいませ」
恭弥様はそこまで思い至ってなかったらしい。本当に三人で遊びに行こうとおもっていたようだ。あーとかうーんとか唸っている。
明智様にいたっては、目をうるうるさせだした。ええええ。泣くのお?
「いやよ、保月さん。保月さんもいらしてくれなきゃ嫌よ」
え?とうとう、明智様の頬が濡れだした。
「男の子と二人とかお父様が許してくれるわけないじゃない。しかも、二人だなんてなにを話したらいいのよー」
この私、保月瀞。
焦りすぎたようです。まだ中学生になにを期待したのでしょう。
「明智様、女性を泣かせてしまい申し訳ございません。この保月、責任もって明智様をエスコート「しなくていいんだよ!」
明智様の手を握って宣言しようとすると恭弥様にファイルで叩かれた。
明智様と恭弥様が顔を寄せて笑い出す。それにつられて私もおもわず笑ってしまう。
ほら、あるでしょう?前世の記憶を持って産まれたためにストーリーが変わってしまうことって。
どうか恭弥様の運命のお相手が明智様でありますよう。
いやいやいや。
いやいやいやいや。
先生は?櫻井様は?
あっれー?
「で、行くんだよね」
「ええ、はい。……え?」
「よかったね、行くって、明智さん」
「ええ!ありがとうございます!」
気のせいですよね?はめられたとかないですよね?
いやいや、あの可愛らしい恭弥様がそんなことなさるわけがない。
……ですよね?