交錯する思いーー後編
恭弥様の沈黙が身に染みます。
あのあと、皆様と別れて恭弥様に引き連れられてマンションへの帰路についているところです。そして、一言も口をきいてくださらない恭弥様。
うーん、使用人から声をかけるのは……
「瀞……」
立ち止まって私の名前を呼んでそのまま黙りこむ恭弥様。なにかを考え込んでるご様子。
たっぷり三秒待ってから恭弥様の名を呼ぶ。恭弥様はゆっくりと振り返られました。
「恭弥様、今日は本当に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げると、恭弥様はすこしだけ身動ぎされる。頭をあげて、と声がかかったので言葉通りにすると、こちらを向いてるのに顔と視線が別のところを向いてらっしゃる。
いつも機嫌が悪かろうが、悲しかろうが、恥ずかしがろうが目だけはちゃんと合わしてくださるのにこれはいけない。
「恭弥様、あの……」
「うん、今日のことはさすがに肝が冷えたよ。麻人だけじゃなくてボクの危機意識も試したの?」
「いえ、そんなことは……」
「なら、もうやらないでね。今日のようなのはもうゴメンだからね」
「はい。もう二度といたしません」
「よかった」
漸く目を合わせて微笑んでくださったー!やはりこの笑顔は癒される。
と、おもったのにまたすぐに視線がそれるし。とか思ったら後ろを。
ああ、なんだ帰るんですねと思うのに歩き出されない。
「恭弥様?」
「瀞……お前があの二人別れさせたいとおもったらそうしてもいいよ」
「は……はい?」
間の抜けた声が出てしまった。なんですと?
あれだけあのお二人をくっつけさせようとなされてた恭弥様が引き裂いてもいいと?え?なんで?お二人が一緒に歩いてるのを見てニコニコ和んでいた恭弥様が?
「恭弥様、水戸様になにか落ち度でもございましたか?」
いや、落ち度っていったら落ち度だらけなんだけど!
「いや、そういうわけではないんだけど」
うぉぉぉぉ!え?もしかしてもしかしてもしかして?
「恭弥様!恭弥様!もしかして水戸様のことを……」
「違うよ!」
おお……よかった。よかったー!
思わずという感じで振り返った恭弥様がこちらをにらんでらっしゃる。
「お前、ことあるごとにそっちに結びつけてくるけど僕をどうしたいんだよ」
「幸せな恋を育んでいただきたいと……」
「もういい!」
珍しい……あの穏やかな恭弥様が癇癪とか。あー、もしかして地雷だったか。ご自分が結ばれることはないと思い込んでちょっと妬いてらっしゃるのか。
ご安心ください恭弥様!この保月瀞、必ずや……
「瀞、何を考えているの」
「恭弥様が何を思われて、麻人様と水戸様の間を引き裂こうとおもわれたのかを」
「僕がじゃないよ、瀞がだよ」
私が?なぜ?
「私がでございますか?なぜでしょう」
「瀞が二人が一緒にいるのを見るのが嫌だったら、別れさせてもいいかなって思ったんだ」
「恭弥様。わたしがなぜ恭弥様がお結びになったこの縁を切りたくなるのでしょうか。恭弥様が成したお二人を?」
なぜに?恭弥様の考えてることがわからなくて思考が回らない。なんでだ!中庭で笑いながらご飯食べてる姿……を見ている恭弥様は本当に可愛いらしいんだぞ、おい。
作者ナイス!って何度思ったことか。
「いや、だから僕抜きにして、瀞が麻人を見るのが辛いんだったらって意味なんだけど……」
……
……ん?
やー、ここまで言われてわからない私ではありません。というか、それでわからないなら恭弥様並みの鈍さですね。
というか、さっき、水戸様にも言われましたね。
「つまり恭弥様。この保月、麻人様に不相応な思いをもっているんじゃないかってことでしょうか」
「……ふそ……まあ、そういうことかな」
「あははは。恭弥様。ちょ……失礼あはははははは」
私笑い上戸なんです。ちょ、笑わせないで。腹筋痛い。
「瀞?僕、結構真面目に話してるんだけど」
恭弥様の機嫌が降下していく。やばいやばいやばい。
「恭弥様、あはははははは」
「瀞、もういいよ。僕の勘違いだって言いたいんだろ」
どこまで言っていいかなー。あ、でもこの人鈍いからなー。
「失礼しました。恭弥様」
「もういいよ、帰るよ」
恭弥様は振り返って歩き出した。それを見つつ私は直立して右手を胸に当てた。ちょうど心臓の上。息を大きくすって胸を張る。届いてくれ。
「元より、この保月の心は恭弥様の元にございます」
恭弥様が振り返る。
「私の心は恭弥様の元にあるんです。恭弥様が渡さない限り麻人様に心を持っていかれることはありません」
渡しましたか?と微笑んで聞くと、恭弥様は首を横にふります。
「それならばずっと恭弥様のお傍にあります」
「うん。うん、ありがとう。……瀞は、本当にあの二人の子だなあー。もっと自分のことを大切にしてあげて」
「私は結構自分のことしか考えてませんよ?自分の目的のためには手段は選びません」
「ふふふふ。目的ってなに?」
「ふふふふ」
それは恭弥様の恋する相手を探すことです。
ここまで鈍いと先が思いやられますけれど。
恭弥様は一歩二歩私に近づく。
「瀞。それならずっと僕の傍にいて。君だけはずっと傍に」
「命が果てるそのときまで」
ただし。
運命のその日は数ヵ月後。