第二話 橘 虎次郎
橘三兄弟の次男、虎次郎の自己紹介を兼ねた話です。
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……寒い。
とにかく寒い。
何で俺はこんな薄着でこんな雪山に来てんだ?
今日の朝。
土曜日で学校は休みだってのに、じじい……俺の武術の師匠でもある「橘 十蔵」が俺を叩き起こして言ってきた。
「ちょっと出るぞ」
じじい! ちょっとって言ったよな!!
荷物もいらねえって言うから普段着に着替えてついていったら、なぜか空港に連れて行かれ、そのまま北海道まで飛行機で来ちまった。
空港に行った時点でおかしいとは思ってたんだ。
でも俺には文句を言うタイミングがなかった。
……空港に着いた途端にじじいに気絶させられて、起こされた時にはもう北海道に着いてたんだよ!
まあ、北海道に連れてこられた時点でわかったよ。
じじいは……俺を熊と戦わせるつもりなんだ。
俺は「橘 虎次郎」
今は15歳で、来月で中学を卒業する。
俺には血の繋がっていない兄と弟がいる。俺たち三兄弟はじじいに育ててもらっている。
兄貴は「橘 龍一郎」
22歳で高校を出てすぐに働き始めた。
努力家で何でもできるすげー人だ。
尊敬してるし、兄貴みたいになりたいって思ってたんだけど、兄貴は「俺とお前はタイプが全然違うからな」って言ってた。
ショックなのは「俺たちの中で一番お前がじいさんに似ているな」と言われたことだ。
いや、じじいが嫌いなわけじゃねーんだが……俺はあそこまで大雑把じゃない!
でも兄貴にそう言ったら「そうか?」と本気で疑問に思われてさらに凹んだぜ……
弟は「橘 凰太」
今は7歳で小学校2年生だ。
何ていうか、歳の割にはしっかりしているというか、じじいや兄貴には「お前よりしっかりしている」って言われたな。
まー素直で誰にでも好かれるヤツで、それでいて好奇心旺盛で頑固なところもあったりする。
俺がからかったらすぐ拗ねたりするんだが、割とすぐに機嫌を直す。
まー俺にとっては可愛い弟で、何かあれば守ってやろうってくらいは考えてるよ。
じじいは、80歳……らしいんだが、ガタイはいいし、冗談抜きでバカみたいに強い。
俺が何度やっても敵わない兄貴が何度やっても敵わない……と本当に化け物みたいな強さだ。
……だからあっさりと気絶させられたりするんだけどなー
俺も兄貴もじじいに拾われて、凰太は兄貴に拾われて、そしてじじいに育てられた。
まあ本当に世話になってんだけどな。
いろいろ振り回されてもいるけど。
兄貴も俺も凰太も、みんなじじいに武術を仕込まれてる。
家に道場があって、みんな毎日のように鍛えてる。
で、その一環で兄貴は15歳の時に熊と戦わされたって言ってた。
んで、今の俺も15歳。
そして今いるのは北海道。
……いくら俺でもピンとくるってもんだ。
まあここまで来たら逃げも隠れもしねーよってことで大人しくじじいについて雪山に入っていった。
……太平洋側のどちらかといえば温かい地域の格好のままで。
じじいに文句を言ったら、
「寒けりゃー気を全身にまとってりゃいいだろ」
と軽く言ってくれやがった。
じじいが俺たち三兄弟に教えている武術は「気」を扱う武術だ。
じじいはもちろん、兄貴も器用に気を扱う。
それに対して俺は細かい操作が苦手で、一気に大量に扱う方は得意なんだが、今じじいが言った「気を全身にまとう」みたいなのは苦手だ。
一応俺にもできるけど、薄くまとうことができないからすぐに気を使い過ぎちまう。
熊とやり合うための量は残しとかねーとやばいからなー
じじいは俺が気をまとわないつもりなのがわかったのか、「ふー」とため息をつきやがった。
それから立ち止まって目をつむる。
多分、熊の気配を探ってるんだろう。このじじいが何をやったって俺はいちいち驚いていられない。
すぐに、「こっちだ」と言って動き出す。もうみつけたんだろうな。
そういえば熊って冬眠するんじゃなかったっけ?
冬眠しねー熊もいんのかな?
じじいと10分ほど歩いたところで……本当にいやがった。
それにしてもなんかすげー気が立ってるっていうか、最初からテンションマックスなんだけど、なんで?
「冬眠から途中で覚めちまった熊は気が立ってんだよ。ちょうどいいだろ?」
とじじいは気軽に言ってくれやがる。
ゲシッとじじいが俺の腰のあたりを足で押してその熊の前に俺を追いやる。
熊はしっかり俺を敵と認識したみたいで、四足の状態からバッと立ち上がる。
でけえ! 高さは俺の倍近くあるんじゃねーか?
横に広げた腕を右から振ってくる。
「おわっ」
と何とかしゃがんで避ける。
左腕も振ってくる。
今度は下がって避ける。
そして右腕に一気に気を集めて、熊の懐に入ってアゴを下から殴る。
ゴスッ!
おっしゃ!完璧に入ったぜ!
だけど熊は構わず右腕を振ってくる。
タイミング的に避けられないと分かったので、両手を中心に気を一気にまとって両手でガードする。
バキッ!
あっさり5mくらい吹っ飛ばされた。
完全に防ぎ切ることはできなかったようで、当たったところが少し削れて血が流れている。
ちょっと痺れたが、骨が折れたりはしていない。
じじいは俺が吹っ飛ばされても何も反応しない。
……これくらいは大丈夫だと信用されてるってことだよな? そう思っておこう。
とりあえず、今の俺が体内に気を巡らせても、こいつと力比べをすればあっさり負けるってことは今のでわかった。
じじいならあっさり押し切れるだろうし、兄貴でもやれるんだろうが、俺にはまだ無理だ。
とにかく速度を上げて、こいつの攻撃をかわしてこっちの攻撃を入れまくる!
足、腹、腕、胸、いろんなところにこっちの攻撃を入れてもほとんど効いてねえ。
頭にも入れたいが、そのままじゃ届かねえし、飛び上がったらいい的だし、難しいな。
一度下がって様子を見ようとしたら、熊は四足になって突っ込んできた!
頭が下がりやがった!
こっちも熊に向かって走りながら、熊が噛みついてこようとしたところをかわし、カウンターで右ストレートを額に決める。
お? ちょっとふらつきやがったか?
そこなら効くんだな!
それから5発ほどこっちの気を込めまくった攻撃を額に当てたところで、ズーンとでかい音を響かせて熊が前のめりに倒れた。
勝ったぜ!!
「ふーむ。龍一郎の時より時間がかかったな」
とじじいが軽く言ってくる。俺の勝利の余韻をあっさり醒ますんじゃねーよ!
そして、じじいは熊に近づいて右手で手刀を作って気を込めると、すっと腕を振り下ろす。
熊の首がポロッと落ちた。
……何をやったって驚かないってさっき考えたばかりだが、やっぱこのじじいは化け物過ぎる!
じじいは素手で熊を解体し、じじいが持ってきた袋に100kg分ほど詰めていく。
「よし、帰るぞー とりあえずこいつを売って、今夜の分だけ持ち帰って龍一郎に熊鍋にしてもらおう」
じじいにとっては3m級の熊もただの食材かー
じじいの知り合いの肉屋に熊肉を渡し、自宅用に処理してもらった肉を2kgほど受け取って、そのまま飛行機で家にとんぼ帰り。
家に着いたら「お、帰ってきたか」と兄貴が出迎えてくれた。
食卓にはすで鍋の用意が完璧にされていて、後は肉を待つのみという状態だった。
兄貴は知ってたんだなー
ちなみに熊肉はめちゃくちゃうまかったぜ……
アクションばかりで勢いだけの話になってしまいました(^^;
その勢いだけってのが虎次郎ということで(笑)