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第八章 宇宙エネルギー

 ――化粧室。

「田町先輩、今日は災難でしたね」

「ほんと災難だわ、事故は私の責任ね」

「田町先輩の責任じゃないですよ。だって、事故の原因は高圧ケーブルの脱落ですからね」

「お嬢は、やさしいわね」

 相川が田町を慰めると、田町は化粧室の鏡で相川の顔を見て微笑えんだ。 

 二人は化粧室で髪型を整えると、ドアを開けて来客室に向かった。

 来客室に向かう途中、二人は通路で北堀と擦れ違った。

 彼女は分厚い資料ホルダーとウエハケースを両脇に抱えている。

「私が荷物を持ちますよ」

「私も手伝います」

 田町が北堀に両手を差し出すと、続いて相川も北堀に両手を差し出した。

「結構よ」

 北堀は二人の気遣いを無視して通り過ぎると、途中で立ち止まってゆっくりと振り向いた。

「やっぱり、手伝ってもらおうかしら? 念の為に……」

「…………?」

 彼女の意味不明な言動に戸惑って二人が顔を見合わせる。

 その時、二人の背中に何かが当たった。

 二人が振り返ると、生産技術作業員の男が拳銃を構えて立っていた。


 ――事務棟二階来客室。

 深淵と石川が疲れた顔で来客室に入る。

「あの二人は、やっぱり天才だな」

「ですよね、あの状態からの脱出は奇跡ですよ」

 二人が倒れ込む様に応接ソファーに座ると、来客室のドアが開いて神崎が部屋の中に入って来た。

「あれっ、田町と真理ちゃんは?」

「彼女達は化粧室に行きましたよ」

 石川が神崎に返答する。

 しばらくすると、来客室のドアがまた開いて真田が部屋に入って来た。

「あれっ、北堀がおらへんな、あいつ何しとるんや、お茶の用意もせんと」

「北堀さんは資料ホルダーとウエハーケースを両脇に抱えて、忙しそうにしてましたよ」

「そうか、何やろうな? ああ、それより、みんなお疲れ様やったね」

「いえ、真田さんこそ、お疲れ様でした」

 神崎は真田に労い言葉を返すと、窓の外の景色を眺めて大きく伸びをした。

 窓の外は日が傾いて、夕日が西の山に近づいている。

 ふと、視線を下げると、迷彩色の双発ヘリコプターが低空飛行で山の裾野に向かって飛んで行く姿が見えた。

「この近くに自衛隊の基地でもあるんですか?」

「自衛隊の基地? そんなもんあらへんで、それに工場周辺の上空は飛行禁止区域や」

「でもほら、ヘリコプターが山の裾野に着陸しそうですよ。あれはCMD社の敷地ですよね?」

 神崎が山の裾野にあるCMD社の大きな敷地を指差すと、真田は神崎の隣に立って窓の外を覗いた。

「神崎、今何時や?」

「えっと、午後四時四十五分です」

「あかん、無線発電の時間や! 何やねん、あのヘリ! 何であそこに着陸するねん!」

 神崎が腕時計で時間を確認すると、真田は焦って大声で叫んだ。

「あっ、北堀さんだ。あれっ、田町と真理ちゃんもいるな」

「えっ、何処や?」

「ほら、あそこです。彼女達は社用車に乗り込むみたいです。でも何か様子が変だな?」

 神崎が駐車場を指差して真田に彼女達の居場所を教える。

「あっ、後ろの男が拳銃で田町と真理ちゃんを脅してる!」

「何やて? あっ、ほんまや! あいつ何者や!」

 二人が窓際で騒ぐと、石川と深淵も応接ソファーから立ち上がって窓の外を覗き込んだ。

「あっ、あれは俺の資料じゃないか! 相川さんが手に持っている資料フォルダーはCVD装置の設計資料だ!」

 深淵がCVD装置の設計資料を見つけると、真田はユニフォームのポケットからPHSを取り出して、北堀のPHSに内線電話を掛けた。

 窓からPHSを耳にあてて真田の電話に応答する北堀の姿が見える。

「おい、こら、北堀、何処に行く気や!」

「あら、見つかっちゃったわね」

 北堀は振り向いて事務棟の来客室を眺めると、呑気に左手を上げてみんなに手を振った。

「フライトの時間なのよ、ちょっとドライブしてきます」

「何やと?」

「あそこに一発撃って!」

 北堀が事務棟の来客室を指差して、生産技術作業員の男に発砲を命じる。

 生産技術作業員の男が二階の来客室に向かって拳銃を発射すると、弾丸が窓ガラスを貫通して来客室の窓が割れた。

「うわっ、本物だ!」

 神崎が思わず仰け反って身を屈める。

 北堀は社用車に乗り込むと、裏口の非常門に向かって車を走らせた。

「神崎、北堀を追いかけるぞ!」

 真田と神崎は来客室を出て事務棟から飛び出すと、急いで別の社用車に乗り込んだ。そして、二人を乗せた社用車が非常門の前に辿り着くと、セキュリティキーロックが拳銃で破壊されて非常門の扉が開いていた。北堀の社用車は山間の社用道路に進入した様だ。社用道路は山の裾野にあるCMD社の敷地に繋がっている。

 真田は社用車のアクセルを踏み込んで非常門を通り抜けると、社用車のドライブモードをオートからマニュアルに切り替えて、ブレーキを踏まずに山林道をアクセル全開で走った。社用車がタイヤから悲鳴の様なスキール音を鳴らして、山林道のコーナーをドリフト走行で駆け抜ける。社用車がCMD社の敷地に近づくと、前方に北堀の社用車が見えた。北堀は敷地の前で車から降りると、入り口のセキュリティキーロックを拳銃で破壊して敷地の中に入って行った。

「あかん、あの中に入りやがった!」

 真田はハンドルを握り締めて、社用車のアクセルを目一杯まで踏み込んだ。そして、社用車が敷地の入り口に到着すると、二人は北堀の後を追って敷地の中に駆け込んだ。


 ――CMD社の敷地。

 敷地の中に入ると、前方を歩く北堀の姿が見えた。

 相川と田町は資料フォルダーとウエハケースを運ばされている様だ。敷地の奥には迷彩色の双発ヘリコプターが着陸していて、ヘリコプターの周辺にはライフル銃を背負った軍服姿の男達がずらりと並んでいる。

「こらっ、待て、北堀!」

「あらっ? もう来たの、真田君はせっかちね!」

 真田が大声で北堀に叫ぶと、彼女は振り返って真田に愚痴をこぼした。


 ――ヘリコプターのドアが開いて中から一人の男が姿を現す。

 男はスーツ姿でサングラスを掛けている。

「北堀、御苦労!」

 北堀が相川から資料フォルダーを奪ってスーツ姿の男に渡すと、スーツ姿の男は資料フォルダーの表紙をチラリと確認して、彼の背後にいる軍服姿の男に資料フォルダーを預けた。

「お前は何者や?」

 真田がスーツ姿の男に尋ねると、スーツ姿の男はサングラスを外して二人に素顔を見せた。

「あっ、お前は金田じゃないか!」

 神崎が男を指差して声を上げる。

「そうとも、俺は金田だ」

「お前、どうして生きているんだ?」

「俺は不死身だからな」

「冗談だろう、まさか、そんな事は有り得ない」

「ははは、もちろん冗談だよ、確かに、そんな事は有り得ない」

「じゃあ、お前は誰なんだ?」

「俺は金田隼刀、お前に殺された金田雅刀の弟だ、貴様、俺の兄貴をよくも殺してくれたな!」

「殺したんじゃない、あれは事故だ!」

「ふん、事故だろうが何だろうが、兄貴はお前に殺されたんだ!」

 神崎が金田の言葉に一瞬戸惑う。

「金田、CVD装置の設計資料なんてくれてやる! その代わり二人を返せ!」

「お前に言われなくてもCVD装置の設計資料は遠慮無く頂くさ、随分と待たされたからな! これで欲しい情報は全て揃った。お前達にもう用は無い!」

 金田が右手を上げて合図を出すと、軍服姿の男達はライフル銃を構えて、真田と神崎に狙いを定めた。

 その時、金田の足元から妙な音が聞こえた。

「んっ、何だ?」

 金田が足元を見つめて首を傾げる。

 大きな地鳴りが発生して辺りが揺れ始めると、突然、金田の目の前で地面が左右に大きく割れた。そして、銀色に光る巨大なパラボラアンテナが地面から迫り出すと、金田と軍服姿の男達はその衝撃で全員地面に倒れ込んだ。

「間も無く無線発電が始まります! みんな急いで敷地の外へ非難して下さい!」

 村上が敷地の入り口から大声で叫ぶと、アンテナの先が発光放電して稲妻があちらこちらに飛び始めた。村上は石川と深淵を車に乗せて後から追いかけて来た様だ。

 軍服姿の男達のライフル銃が青白く光って、大きな破裂音を伴いながら次々と暴発する。

「田町! 真理ちゃん! 今だ! 逃げろ!」

 神崎と真田が二人の元へ駆け寄ると、二人は急いでこちらへ逃げて来た。

「ひぇー! あっ、しまったっす!」

 神崎の手前で田町が慌てて転倒すると、ウエハーケースの蓋が外れて中からブラックウエハが飛び出した。刹那に凄まじい稲妻がブラックウエハを直撃し、青白い閃光が発生して四人は強力な電磁バリアで包み込まれた。

「田町、大丈夫か!」

「神崎さん、大丈夫っすよ!」

 田町が地面を這いながら神崎に答える。

「村上、石川君と深淵さんを連れて、敷地の外に避難しろ!」

 真田が振り返って村上に大声で叫ぶと、村上はみんなを心配して敷地の入り口で立ち竦んだ。

「心配するな! 俺達は電磁バリアの中にいるさかい、大丈夫や!」

「分かりました!」

 村上が石川と深淵を連れて電磁シールド壁の外へ避難すると、アンテナの発光放電は轟音と共に強くなった。


 ――高度二万キロメートルの宇宙空間では、人口衛星の巨大なマイクロ波送電アンテナが開き始めている。


 金田が北堀を連れてヘリコプターに乗り込むと、ヘリコプターは火花を散らして離陸を始めた。すると、地面からヘリコプターの機体に向かって強烈な稲妻放電が飛んだ。そして、凄まじい爆発音と共にヘリコプターの機体は空中分解して破片を撒き散らしながら地面に落下した。

「みんな目を閉じて地面に伏せろ!」

 神崎の指示に従ってみんなが目を閉じて地面にひれ伏すと、アンテナの放電は更に威力を増して、無数の稲妻放電が敷地全体に飛び始めた。そして、アンテナの放電が臨界状態に達すると、青白い炎とオゾン臭が辺りに充満して敷地は火の玉に包まれた。

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