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勇者が負けたので、大盗賊団が魔王城を攻略します

作者: ヤク男
掲載日:2026/09/03

『勇者が負けたので、大盗賊団が魔王城を攻略します』


・敗北

魔族領に、魔王が誕生した。

それだけで世界の空気が変わった。

魔王は強かった。

あまりにも強かった。

魔族領から押し寄せる魔王軍を止めるため、王国は最初に精鋭軍を送り込んだ。

結果――敗北。

次に、勇者一行が向かった。

結果――敗北。

それでも諦めず、各地から冒険者を集め、連合軍を結成した。

結果――やはり敗北。

王国は追い詰められていた。

残された正規軍も少ない。

国王は執務室で頭を抱えていた。

「……どうすればいい」

誰も答えられない。

魔王軍は強大。

勇者も敗北。

精鋭も敗北。

冒険者たちも敗北。

もはや打つ手がない。

その夜。

国王は疲れ果て、自室へ戻った。

そして眠りにつく。

しばらくして、

「……ん?」

国王は目を覚ました。

枕元に何かある。

一枚の紙。

「……いつの間に?」

国王はそれを手に取った。

封蝋には、黒い猫の印。

そして、その中には短い文章が書かれていた。

魔王を倒す方法があります。

話をする気があるなら、明日の夜。

誰にも知られず、指定した場所へ。

大盗賊団《黒猫》

頭目・ゼノ

国王はしばらく紙を見つめていた。

「……盗賊だと?」

しかし、

他に手段はない。

国王は指定された場所へ向かった。

そこで待っていたのは、数人の盗賊だった。

その中央にいる男が一歩前へ出る。

「初めまして、国王陛下」

「お前がゼノか」

「はい」

「盗賊が……魔王を倒すというのか?」

ゼノは笑った。

「はい」

「では、どうする?」

「勇者みたいに魔王と正面から戦いません」

ゼノはそう言った。

「俺たちは盗賊ですから」

そして、条件を突きつけた。


・盗賊団からの条件

第一。

盗賊団全員の罪を免ずること。

第二。

作戦に必要な物資を王国が援助すること。

第三。

残された王国正規軍は、作戦に全面協力すること。

第四。

魔族領内で手に入れた宝物、物資は、すべて盗賊団のものとすること。

国王は眉をひそめた。

「……随分と欲張りだな」

「盗賊ですから」

ゼノは平然と答えた。

「それに、魔王を倒せるなら安いものでしょう?」

国王は長く考えた。

そして、

「分かった」

契約は成立した。


・協力要請

ゼノが最初に王国へ要求したことは、意外なものだった。

「王国軍は、とにかく守りに徹してください」

「攻めないのか?」

「攻めません」

「魔王軍を倒せという命令ではないのか?」

「違います」

ゼノは地図を広げた。

「王国軍の仕事は、時間を稼ぐことです」

魔王軍が攻めてきたら守る。

危なくなったら後退する。

無理な追撃はしない。

「時間が経てば経つほど、俺たちが有利になります」

そして、さらに要求を出した。

「聖水」

「回復薬」

「短剣」

「水鉄砲」

「大量に用意してください」

国王は水鉄砲という聞き慣れない言葉に首を傾げた。

「……水鉄砲?」

「はい」

「何に使う?」

「それは秘密です」

さらに、

「精鋭部隊の報告書」

「勇者一行の報告書」

「冒険者連合軍の報告書」

「全部、写しを用意してください」

そう要求した。

国王はそれを承諾した。

そして数日後。

大量の物資が《黒猫》へ届けられた。

聖水。

回復薬。

水鉄砲。

短剣。

「……すごい量ですね」

団員が木箱を開けながら言った。

ゼノも覗き込んだ。

「王国、奮発したな」


・徹底調査

《黒猫》は集めた資料を徹底的に調べた。

精鋭部隊の報告。

勇者一行の戦闘記録。

冒険者連合軍の報告。

魔王軍の兵種。

指揮系統。

補給。

巡回。

武器。

魔王城。

何もかも。

しかし、ゼノは一つのルールを徹底させた。

「敵の資料は盗むな」

団員が聞き返す。

「盗まないんですか?」

「内容だけ写せ」

「それで?」

「元に戻せ」

証拠を残さない。

敵に資料が盗まれたと気づかせない。

一冊一冊、内容を書き写す。

そして元の場所へ戻す。

それを繰り返した。

やがて、バラバラだった情報が繋がっていく。

「勇者一行はここで遭遇した」

「精鋭軍はここから侵入した」

「冒険者連合はここで待ち伏せされた」

「魔王軍はここを重要拠点としている」

ゼノはそれらを地図へ書き込んでいった。

「なるほど……」

そして、魔王城の内部まで調べることになった。


・武器への細工

最初に狙ったのは武器だった。

魔王軍の武器へ、こっそり細工する。

普段使っている分には気づかない。

だが、

渾身の力を込めたときに壊れる。

「やりすぎるな」

ゼノは団員たちに言った。

「普通に使って壊れたら怪しまれる」

強敵との戦い。

必殺の一撃。

盾を叩き割ろうとするとき。

敵が最も力を込める瞬間に、

武器が壊れるように細工する。

さらにゼノは武器の柄に聖水を塗らせた。

ごく少量。

気づかれない程度。

武器を握る手。

その手から徐々に影響が出る。

そして敵の水や食料にも、気づかれない程度に聖水を混ぜた。

一度で倒すためではない。

少しずつ。

少しずつ。

毎日の積み重ねだった。

魔王城の調査

盗賊団は魔王城へ潜入した。

宝物庫を見つけても、宝は取らない。

「取らないんですか?」

団員が残念そうに尋ねる。

ゼノは首を振った。

「まだだ」

「罠も解除しない」

「解除しない?」

「しない」

「じゃあ、どうする?」

「避けろ」

罠の位置を記録する。

巡回兵の位置を記録する。

隠し通路を記録する。

隠し部屋を記録する。

誰がどこを使うのか。

いつ兵士が交代するのか。

すべてを調べ尽くした。

「ここに通路がある」

「壁の向こうに空間があります」

「この階段は使われていない」

「この部屋は今の魔王軍も把握していない可能性があります」

ゼノは地図を見つめた。


・地上班

地上班にも命令が出された。

「魔王軍と戦うな」

「では、何を?」

「少人数の斥候と伝令だけ狙え」

できれば生け捕り。

情報を吐かせる。

そして、

必要がなくなれば始末する。

死体は隠す。

魔王軍からすれば、斥候や伝令が戻ってこない。

報告が遅れる。

命令が届かない。

各部隊の連携が少しずつ崩れていく。

《黒猫》は戦場の中で、大きな戦いをしなかった。

ただ、小さな穴を一つずつ増やしていった。


・魔王軍の異変

雨の日。

ゼノは水鉄砲を持っていた。

「今日もやるぞ」

「雨だから?」

「雨だから。」

雨音が周囲を包む。

視界も悪い。

その中で、

シュッ。

水鉄砲が上空に発射される。

中身は聖水。

雨と混ざり魔族兵に振りかかる。

別の場所から。

シュッ。

また別の場所から。

シュッ。

聖水。

同じ場所からは撃たない。

気づかれない。

そして雨の日になるたびに繰り返した。

やがて、

魔王軍に体調不良者が続出した。

「身体が重い……」

「魔力が戻らない」

「何だこれは……」

前線を離れる兵士も増えた。

そして、その途中を《黒猫》が襲う。

必要な情報は、もう十分だった。

ゼノは言った。

「もう吐かせる必要はない」

「では?」

「殺れ」

死体は隠す。

また一つ、魔王軍の兵士が消える。


・魔王城の隠し部屋

集まったすべての情報。

資料。

斥候。

伝令。

魔王城の調査。

それらを組み合わせた結果、

《黒猫》は、今の魔王軍も把握していない魔王城内の隠し部屋を発見した。

「先々代の魔王の時代につくられた隠し部屋です。」

「よし、ここを使う」

ゼノが言った。

そこを拠点にした。

「ここなら、最後まで潜める」


・地上では

その頃、地上の戦線では変化が起きていた。

王国軍が、だんだん有利になっていた。

王国軍は積極的に攻めているわけではない。

それでも魔王軍の攻撃が弱くなっている。

武器の細工。

斥候や伝令の喪失。

食料や水への細工。

雨の日の水鉄砲。

それらが、じわじわと効いていた。

魔王軍は原因を特定できない。

そして、魔王城から補充のために、兵が前線へ回されていった。

結果、

魔王城が手薄になる。


・魔王の弱体化

さらに時間が経つ。

魔王自身にも異変が起きていた。

「……なぜだ」

魔力が弱まっている。

力が戻らない。

食料。

水。

長期間にわたる聖水の影響。

それが、少しずつ効いていた。

魔王は知らない。

自分が戦う前から、すでに戦いは始まっていたことを。


・王国への手紙

そしてゼノは国王へ手紙を送った。

残された王国兵で精鋭部隊を組んでください。

任務は一つ。

手薄になった魔王城の謁見の間までたどり着くこと。

それだけでいい。

魔王は我々が倒します。

王国は精鋭部隊を編成した。

そして、

出発。


・謁見の間へ

魔王城内を知り尽くした《黒猫》が精鋭部隊を案内する。

「右です」

精鋭部隊が進む。

「止まって」

盗賊団が罠を避ける。

「ここから先は巡回が来る」

待つ。

「今」

進む。

隠し通路。

使われていない階段。

調査済みの通路。

盗賊団の案内によって、精鋭部隊は一度も戦うことなく進んだ。

そして、

謁見の間。

到着。

「無傷だ……」

精鋭部隊の兵士が呟く。

その場にはもう一つの部隊がいた。

《黒猫》の別働隊。

いや。

正確には、

すでに謁見の間へ潜んでいる盗賊たち。

誰にも気づかれず、最終決戦の場所に事前に潜伏していた。

最終決戦

魔王が現れた。

「人間どもが……」

魔王は精鋭部隊を見る。

意識がそちらへ向いた。

その瞬間。

ゼノが叫ぶ。

「今だ!」

聖水トラップ発動。

玉座。

そして天井。

事前に用意した仕掛けで大量の聖水が魔王に降りそそぐ。

「ぐおおおおっ!」

魔王が苦しむ。

そこへ、

「投げろ!」

盗賊団が一斉に動いた。

大量の短剣。

王国が用意した短剣。

聖水を塗った短剣。

一斉に飛ぶ。

十本。

二十本。

それ以上。

魔王は防ぐ。

武器を振る。

しかし、

「なっ!?」

武器が折れた。

細工されていた武器だった。

魔王が別の武器を取る。

それにも異常がある。

「なぜだ!」

魔王が叫ぶ。

ゼノは答えない。

精鋭部隊が攻撃する。

盗賊団も短剣を投げ続ける。

魔王はすでに弱っている。

長期間にわたって蓄積された聖水の影響。

武器の細工。

そして、魔王城そのものを知り尽くしている盗賊団。

それらすべてが一つになった。

それでも魔王は立ち上がった。

「まだだ……!」

魔力を振り絞る。

ゼノが叫ぶ。

「トラップ第二弾発動!」

魔王が反射的に天井を見る。

そして床を見る。

だが、

何も起きない。

「……?」

一瞬。

ほんの一瞬。

魔王の注意が逸れた。

ゼノが笑った。

「ブラフだ」

「なっ…」

その隙を逃さない。

「今だ!」

一斉攻撃。

大量の短剣の投てき。

精鋭部隊。

全員が一気に攻める。

魔王は耐えようとする。

しかし、

もう限界だった。

魔王の身体が揺れる。

「……こんな……はずが……」

そして、

魔王は倒れた。


・撤収

魔王が倒れた。

しばらく謁見の間に静寂が流れる。

やがて、

「終わったぞ!」

「魔王を倒した!」

「勝った!」

《黒猫》の団員たちが互いを確認する。

「負傷者!」

「なし!」

「死者!」

「ゼロ!」

ゼノは頷いた。

「よし」

そのとき、一人の団員が小走りでやってきた。

「頭目!」

「どうした?」

「別働隊から連絡です!」

ゼノが振り返る。

「宝物庫の回収、完了しました!」

「……もう終わったのか?」

「はい!」

「いつの間に?」

団員がニヤリと笑う。

「魔王と戦ってる間に」

ゼノは一瞬黙った。

そして、

「さすがだな」

謁見の間の外では、別働隊がすでに大量の宝をまとめていた。

魔王との戦闘が始まった直後。

別働隊は戦闘に参加せず、あらかじめ調べ尽くしていた魔王城の内部を駆け抜け、宝物庫へ向かっていたのだ。

罠の位置も分かっている。

通路も分かっている。

巡回の時間も分かっている。

だからこそ、魔王が戦っている間に、誰にも気づかれることなく宝を回収できた。

「全部持ち出せるか?」

「もちろんです!」

「よし」

ゼノは満足そうに頷いた。

「じゃあ、撤収するぞ」

そして、

ゼノは倒れた魔王を見る。

「……待て」

「はい?」

「それも持っていく」

団員たちが魔王を見る。

「……魔王?」

「装備だ。」

ゼノは当然のように言った。

「了解!」

団員たちはすぐさま魔王の装備を回収し始めた。

武器。

防具。

身につけていた装飾品。

使えそうなものは、ちゃっかり全部回収する。

「頭目、これも持っていきます?」

「持っていけ」

「こっちは?」

「それも」

「これは?」

「当然」

「……全部ですか?」

ゼノは笑いながら言った。

「衣だけは残してやれよ。」

盗賊たちは手際よく魔王の装備まで回収していく。

こうして、

魔王は倒され。

《黒猫》には死者ゼロ。

王国精鋭部隊も無傷。

そして魔族領の宝物に加え、魔王本人の装備まで盗賊団の戦利品となった。

「今度こそ撤収だ」

「了解!」

大盗賊団《黒猫》は、魔王城から堂々と…いや、最後までこっそりと撤収していった。


・フィナーレ

魔王が倒された。

王国中にその知らせが広がった。

人々は歓喜した。

「魔王が倒れた!」

「王国が救われた!」

王国軍の兵士たちも喜んだ。

勇者も。

冒険者も。

精鋭軍も。

多くの者が魔王に挑み、敗れた。

しかし最後に魔王を倒したのは、

正面から戦うことを選ばなかった者たちだった。

調べた。

潜った。

隠れた。

待った。

武器を細工した。

水と食料に細工した。

雨の日に水鉄砲を撃った。

斥候と伝令を狙った。

敵の情報を集めた。

魔王城を調べ尽くした。

そして最後に、

大量の短剣を投げた。

王国軍が時間を稼ぎ。

《黒猫》が戦場を裏から動かし。

魔王が弱ったところで。

最後の一撃を加えた。

そして戦闘の最中には、別働隊がちゃっかり宝物庫を空にしていた。

戦闘が終われば、魔王の装備まで回収。

王国では、やがてこの戦いを「魔王討伐」と呼ぶようになった。

だが、その詳細を知る者は少ない。

そして、

魔王を倒した大盗賊団《黒猫》はというと。

大量の宝。

魔王の装備。

そして大量の回復薬を積んだ荷馬車の上で、のんびりしていた。

ゼノは遠くを眺めながら呟く。

「回復薬、必要なかったな」

団員たちが笑う。

そして大盗賊団《黒猫》は、今日も軽やかに旅を続けるのだった。


――完――


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