表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

山 村

作者: mf
掲載日:2026/04/01

 僕がI県のN村に着いたのは、もう日が半分昇った時だった。僕の理想は夜明け前の到着だったのだが、何せこの9月という月はまだまだ夜が短い。真っ暗な山道を自転車で夜通し走り続けたにもかかわらず、結局はその努力は無駄だった。


「あーあ」


 僕は自転車に乗ったまま、太陽を前にして、体をいっぱいに伸ばし、大きな欠伸をした。


「ううん……」

 後ろの席で僕の背中を枕に寝ていた妹が目を覚ました。


「お兄様、もう着いたの?」


「おう。でも、残念なことに夜明け前には着かなかった。せっかく、美代に日の出を見してやろうと思ったのにな」

 僕はがっかりして言った。僕は日の出を見て感動する妹の笑顔が見たかったのだ。


「明日、見ようよ」

 妹は別にがっかりした様子はなかった。


 N村の村人に声をかけ、宿を紹介してもらうことにした。


「この村には宿はねえよ」

 と村人は言った。


「なぜぇ?」

 僕は詰め寄った。


「ねえもんはねえんだ。いやなら、帰れ」


「来てしまって、すぐ、帰るのは何とも寂しいじゃないですか」


「おまえさんはどうしてこの村に来たの?なんにもねえのに。この村は人口100人しかいねんだよ。毎日の生活だって、大変なんだ。おまえさんがたのようなリッチ者とは違うんだ」


「では、あなたのところへ泊めてもらいましょう」


「そうしましょう」

 妹も僕に賛成した。


 村人に有無を言わせず、僕と妹はその村人の家にやっかいになることになった。


 村人の名前は彦六さんといって、一人で傘を作って、生活していた。傘と言っても紙の傘で、傘を作れるのはこの村で彦六さんだけだから、雨が降るたびに他の村人が食べ物を持って、傘を買いにきたのだった。


 だから、彦六さんは僕のビニールの傘を見ると、すぐにばらしてまった。まあ、これはこれで彦六さんには彦六さんなりの生活があるのだから、仕方がないなと僕は思った。


 今夜の宿も決まった僕は妹を連れて、村を見物することにした。なるほど、彦六さんのいう通り、面白いものは何にもなかった。古い民家と田畑だけ。温泉でもあればと期待したのだけれど、ぼちゃん湖と呼ばれる池に近いような湖があるだけ。このぼちゃん湖の名前の由来は昔、坊さんが穴の開いた船で湖へ釣りに行き、溺れて死んだため、坊さんと船から水に落ちるぼちゃんという音をかけて、ぼちゃん湖と呼ばれたということである。ところで、この村の人は風呂はどうしているのかと聞いてみると、井戸水を汲み上げ、それをドラムカンに入れて、カンの下から薪をくべて、火を炊く。そして、あったまったところで、下駄を履いてカンの湯につかるというものだった。要するに五衛門風呂のようなものだった。


 僕も妹も経験がないので、そのドラムカン風呂は楽しみだった。


 それから、僕は眠いのも忘れて、村人たちと話をした。人口が100人という事なので、村人に会うたびに妹と数を数えていった。


 そうして、その夜、僕たちは彦六さんの家で食事を御馳走になった。食事といっても、山芋と林檎だけという貧しいものだったけれど、それぞれ6個ずつあったので、腹だけはいっぱいになった。


 その後、僕たちは風呂に入れてもらった。


 僕が先に裸になって、ドラムカンに入った。今まで立ったまま、風呂に入った経験がなかったので、妙な感じだったが、全身に一度に伝わってくる温かさは中々良かった。


「おまえさん、なにしに来たのかね」

 彦六さんが薪をくべながら聞いた。


「遊びにです」

 僕はしごく当然のように答えた。


「やっぱりおまえさんはリッチだね」


「でも、僕には両親がいないのです。帰る家もないし、お金も三桁しかないのです」


「およ?」

 彦六さんはちょっと意外といった顔をした。


「では、おまえさんは放浪の旅をしているのだね」


「そうなんです」


「そいつは不遇だね」


「はい、不遇です」


「だったら、この村で暮らすかい?」


「そんなことをしたら、彦六さんはベリィプアーになってしまいます。それに妹は世間知らずで働けないのです」


「そうか」


「でも、僕は妹と励まし合って生きてるので、大丈夫です」


「大丈夫です」

 妹も賛同して言った。


「仲のいい兄妹だな。せいぜい、しっかりやれよ」

 彦六さんは涙ぐんで、言った。案外、情にもろいのかもしれない。


「彦六さん?」

 妹が尋ねた。


「何だ?」


「お兄様と一緒に入っていいですか」


「そんなことしたら、湯がなくなっちまうよ」


「いいんです。ね、お兄様」


「そだね」

 僕は否定しなかった。


「あんたら、やっぱり変わってるな」

 彦六さんは呆れた様子で言った。


 彦六さんの家で一晩泊まり、翌朝、僕たちは出発した。彦六さんは林檎をお土産にくれ、来年もまた来いよ、といってくれた。冬になると道が雪で断たれてしまうのである。僕はまた来るという約束をして村を出た。


 しかし、その後、僕も妹もあの村へ訪れることはなかった。翌年、N村はダムになってしまったのである。




 終わり


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ