第七話「隣に立つのなら」
商業区画は今日も人で溢れている。
呼び声と足音、布が揺れる音が混ざり合い、王都らしい雑踏を作っている。
その中で、リンはやっぱり目立っていた。
銀色の髪に、透き通るような瑠璃色の瞳。
特別に着飾っているわけでもないのに、自然と視線を集めてしまう。
……本人は、まるで気にしていないけど。
「……ユフィ、ここ……」
リンが私の袖を控えめに引いた。
指差した先は、布製品を扱う店だった。
「カーテン、とか……寝具、とか……生活用品、いっぱい」
「うん。最初に見るにはちょうどいいね」
店の中は、落ち着いた色合いの布で満ちていた。
壁一面に並ぶ布を前に、リンはゆっくりと視線を巡らせる。
「……リンは、何色が好き?」
何気なく尋ねると、リンは少し考えるように間を置いた。
「……紺色」
少し意外な答えに、私はわずかに目を見開く。
「そうなんだ?」
「……うん。ユフィ、の……瞳の色」
——胸の奥が、きゅっと縮む。
リンはそっと一枚の布を手に取った。
「だから……これにする」
手にしたのは、深い紺色。
……恥ずかしい。
でも、それ以上に胸が温かくなる。
「……じゃあ、それにしよっか」
声が少しだけ揺れたけれど、リンはそれに気づかないふりをしてくれた。
◇ ◇ ◇
次に入ったのは、食器や小物を扱う店だった。
棚に並ぶ品々を前に、リンは少し困ったように立ち尽くす。
「……いっぱい、ある……」
「全部一気に揃えなくていいよ。少しずつで」
「……うん」
リンは一つのマグカップを手に取る。
装飾のない、実用一点張りのもの。
「……割れ、にくい?」
「うん。冒険者向けだね」
納得したように、リンはそれを籠に入れた。
——相変わらず、リンらしい選び方だ。
◇ ◇ ◇
通りへ戻ると、また視線を感じる。
リンに投げられる視線。
それでも、ほんの少しだけ私の方にも向けられる視線。
……遠巻きに話す声が、耳に入ってくる。
「あの子可愛いね」
「知らないの? 時の勇者様だよ」
「え?! そうなの?」
「そうだよ。隣の子は……なんか地味だね」
「勇者様の引き立て役とか?」
冗談めかした口調。
「あー、あり得る。でも引き立てる必要もないくらいだけどね」
笑い声を上げて、彼女たちは去っていった。
……悪意はない。
ただの噂話だ。わかってる。
それでも、胸の奥に微かな引っかかりが残った。
私は歩調を少しだけ緩め、リンを見る。
リンは、いつも通り前を向いて歩いていた。
「……リン」
「……?」
「疲れてない?」
「……大丈夫」
短く答え、リンは私を見上げる。
「……ユフィ、こそ……疲れてない?」
私は少し笑って、首を振った。
「うん。大丈夫だよ」
……笑えている、と思う。
「次、行こっか」
「……うん」
そう言って、二人で歩き出す。
けれど、少し歩いたところで、不意にリンの足が止まった。
「リン?」
リンは少しだけ俯いて、そして——私の手を取った。
「……ユフィ。こっち」
控えめだけど、確かな力で引かれる。
人混みを抜け、商業区画の喧騒が少しずつ遠のいていく。
「ど、どこ行くの?」
「……少し、だけ……上……」
手を引かれるがまま石造の階段を上り、細い坂を進む。
肩越しに振り返ると、王都の屋根が少しずつ視界に広がっていった。
やがてたどり着いたのは、街を見下ろす小高い場所だった。
建物の間を抜ける風が心地よく、視界を遮るものは何もない。
——そこから見えた景色に、私は思わず息を呑んだ。
夕焼けに染まる王都が眼下に広がっていた。
屋根の連なりも、城壁も、遠くの塔も、すべてが橙と紫に溶け合っている。
昼の喧騒を包み込むように、街全体が静かに沈んでいく。
「綺麗……」
気づけば、そんな言葉が溢れていた。
リンは頷いて、夕焼けを見つめたまま口を開く。
「ここ、昔……お母さん、に……連れてきて、もらった……」
「……お母さん?」
聞き返した声は、思ったよりも小さかった。
「……王都、に……来たとき……」
「そうなんだ……」
それ以上、言葉が続かなかった。
理由はわかってる。
景色があまりにも綺麗だったから——じゃない。
夕焼けを背に立つリンが、あまりにも眩しかったから。
銀色の髪が、夕陽を受けて淡く光っている。
瑠璃色の瞳には、沈みゆく空の色が映り込んでいた。
ただそこに立っているだけなのに、目が離せない。
——さっきまで見ていたはずの王都が、急に遠のいた気がした。
頭の中が、うまくまとまらない。
何か……聞きたいことや、言いたいことはたくさんあるはずなのに。
なのに……言葉が浮かばない。
景色と、リンと——その両方が眩しくて、考えがばらばらに散っていく。
「……ユフィ?」
リンに呼ばれて、私はようやく瞬きをした。
「……なに、考えてた……?」
私は一度息を整えて、首を横に振る。
「ううん。……ちょっと、見惚れてただけ」
「……綺麗、だもんね」
リンはそう言って視線を戻した。
沈みきる直前の太陽が、街を最後に照らす。
その光の中で、リンは静かに立っていた。
私は、その横に並ぶ。
輝きに満ちたこの景色を、私は胸に刻んでいた。
◇ ◇ ◇
一日を終え、リンの拠点へ戻る。
部屋に並べられた新しい布や食器を、リンは静かに眺めていた。
「少し……賑やかに、なった」
「そうだね」
私は頷きながら、ふと昼間の声を思い出す。
——隣の子は、なんか地味だね。
——引き立て役じゃない?
否定するほどの悪意はない。
でも、胸に残る。
リンは変わらず、強くて眩しい。
……だったら。
リンの隣に立つのなら。
私も——変わらないといけない。
私は、静かに息を吐いた。




