幕間-1「象牙の刃に入るヒビ」
冒険者パーティー象牙の刃の拠点は、噂に違わず立派な建物だった。
二階建ての外壁は白く磨かれ、出入り口の扉も重厚で、Aランクパーティーに相応しい威厳がある。
(ここが……)
新人として採用された少女は、緊張で背筋を伸ばしながら拠点の前に立っていた。
深呼吸してから扉を叩くと、すぐに中から足音が聞こえてくる。
「はいはい、どうぞ」
軽い調子の声とともに扉が開き、中から背の高い金髪翠眼の青年が現れた。
武装はしていないが、纏う雰囲気から戦闘職だとわかる。
「クロエだね? ようこそ象牙の刃へ」
「はい、アデランさん。今日からお世話になります」
アデランはにこやかに笑い、クロエを奥へと招き入れた。
「まずは拠点の案内をしようか」
「よろしくお願いします」
アデランの後ろを歩きながら、クロエは周囲を見渡す。
拠点の中はとても広かった。
作戦室、簡易的な鍛錬スペース、共有の休憩室。
どれも整っていて、さすがだと思わされる。
だが——
歩けば歩くほど、ある違和感が胸に引っかかった。
(……人が少ない?)
時間帯の問題かと思ったが、それにしても静かすぎる。
それが相まって、拠点内に少し暗い雰囲気が漂っている気がする。
「君にはここで作業をしてもらう」
そう言ってアデランが示したのは、二階の奥まった場所にある小さい部屋だった。
扉を開けて中を見ても、「小さい」という印象は変わらなかった。
加え、溜まっている様子の書類たちを見てクロエは眉を寄せる。
「……ここ、ですか?」
「不満かい?」
「いえ、不満とかじゃなくて……」
クロエは大きく首を振り、言葉を探す。
「……二人で作業をするには、少々手狭じゃないかな、と」
「……二人?」
アデランの反応に、クロエが嫌な予感を覚える。
「あの……ところで、ユーフィリアさんはどちらに?」
クロエの問いに、アデランはキョトンとした表情を浮かべた。
「ユーフィリアならいないけど?」
「……どこかへ出かけてるだけですよね?」
「ははっ。違う違う。ユーフィリアはもうこのパーティーじゃないよ。追放したんだ」
「……は?」
アデランの気楽な様子に、クロエは戦慄する。
「で、では、他の事務担当の方は……」
アデランは眉間に皺を寄せ、口を開く。
「君、さっきから何を言ってるんだい?」
アデランのその言葉に、クロエは自分の嫌な予感が的中したことを知る。
「ま、まさか……一人でやれと言うんですか……?」
恐る恐る聞くクロエに、アデランはあっけらかんと言い放つ。
「何か問題があるのかい?」
その態度に度肝を抜かれ、クロエは思わず声を張り上げた。
「あ、あったりまえじゃないですか!!!」
突然の大声に、アデランはピクリと眉を動かす。
しかし、クロエはそんなことは意に介さず言葉を続ける。
「Aランクパーティーの雑務を一人で?! 何を考えてるんですか?! 依頼の管理、報酬の精算、物資の補充、ギルドとの連絡……! ぱっと思いつくだけの量でも、どう考えても無理があります!」
捲し立てられたクロエの言葉に、アデランは眉をひそめる。
「だが、君はできると言ったじゃないか」
「それはユーフィリアさんがいると思ってたからです!」
そう叫ぶと、クロエは大きく息を吐き、呼吸を整えた。
「……とにかく、私はユーフィリアさんと一緒に仕事ができると思ってここに来たんです! ユーフィリアさんがいないなら、今回の話は無かったことにさせてください」
「それは困る」
アデランの反応に、クロエがキュッと唇を結ぶ。
頑なな様子のクロエを見て、アデランはやれやれと肩をすくめる。
「では、代わりの人を紹介してくれ」
「……無理ですね。ここの条件で雇用するのは不可能です。誰も立候補なんかしません」
「そんなはずはない。だって、ユーフィリアは一人でやっていたじゃないか」
クロエは大きくため息をつき、頭痛を抑えるかのようにこめかみを押した。
「……あなたは、Aランクパーティーが抱える事務の量を知っていますか? ……いえ、知らないでしょうね。知っていたら、そんな言葉は出ない」
クロエは顔を上げ、アデランと目を合わせる。
「……断言します」
クロエは言葉を切り、一歩距離を取る。
「このパーティーは、もうすぐ崩壊する」
鋭い視線を投げながら、クロエは続ける。
「あなたは、一人が担っていた労力の価値を見誤った……ユーフィリアさんを『いらない』と思った時点で、このパーティーは終わっているんです」
クロエの低く、それでいて力強い口調に、アデランが大きく眉を歪める。
「それでは、失礼します」
それだけ言って、クロエは踵を返す。
クロエが拠点を出た後の扉を閉まる音が、やけに大きく響いた。
残されたのは広い拠点と、埋められない空白だけだった。




