第二話「時の勇者リン」
時の勇者「リン」
今代の六辺勇者最後の一人。
弱冠十五歳の若さで勇者の称号を発現し、わずか一ヶ月でFランクからAランクまで駆け上がった期待の超新星。
パーティーには所属せずにソロで活動しているにもかかわらず、紅炎蜥蜴や薄明豚鬼の討伐など、華々しい経歴を持つ。
更には飛龍をも討伐し、破竹の勢いは止まるところを知らない。
当然パーティーからのスカウトは鳴り止まないが、なぜか当人は全て断っている。
「…………なんでこんなすごい娘が、私なんかに告白を……?」
昨日調べた、リンさんに関する情報を書いた紙を読み返した私はそう独りごちる。
リンさんに告白されてから一晩が明けた。
あの後、王都から派遣された他の冒険者達も駆けつけ黒双翼龍の群れの襲撃は収束した。
軽く状況を聞かれた後はすぐ解放されたが、当然そのまま帰るというわけにはいかない。
私は黒双翼龍よりも大きな問題を抱えていたからだ。
その目下最重要である問題の、リンさんからの告白に、私は——
「す、少し、考えさせてください……」
と答えたのだった。
おじさんの方から「ヘタレめ……」という言葉が聞こえた気がしたが、無視だ。
こちとら二十二年間初恋すら未経験の、ドがつく恋愛初心者なんだぞ。
美少女からのいきなりの告白に言葉を返せただけでも褒めて欲しいくらいだ。
「……」
部屋の中に沈黙が響く。
脳内で虚しく開き直る自分から目を逸らすように、壁にかかった時計を確認する。
時刻は、出発予定時刻を示していた。
「やばっ」
私は慌てて鞄を肩にかけ、急いで宿を後にした。
◇ ◇ ◇
「ご、ごめん! お待たせ……」
息を整えながら、私は宿の近くにある時計塔の前で待ち合わせていた一人の少女に声をかける。
「大丈夫……わたし、も……今来たところ」
そう答えたのは、身軽そうな白い装備に身を包み、腰に一本の細剣を携えた銀髪蒼眼の美少女。
私がリンさんに(おじさん曰くヘタレな)返事をした後、会話の流れで一緒に冒険者ギルドの本部に行くことになっていたのだった。
ちなみに緊張していて会話の内容は覚えていない。
「ありがとうリンさん。それじゃあ行こうか」
そう声をかけ、肩に鞄をかけ直して歩き出そうとした、その時。
「……リン、って……呼んで欲しい」
ドキッと。
自分の心臓が高鳴った音が聞こえた。
「わ、わかった。じゃあ、私のこともユーフィリアで」
リンがこくりと頷く。
「それじゃあ今度こそ行こうか……リ、リン」
「うん……ユーフィリア」
そう答えたリンの顔には、嬉しそうな笑顔の花が咲いていた。
心臓の鼓動がうるさい。
……最近運動不足だったからかな。
◇ ◇ ◇
う〜〜〜ん……
今は冒険者ギルドに向かうため、リンと二人で王都の街道を歩いている。
王都の公園や広場は綺麗だし、いろんなお店もたくさんあって人々の往来も多い。
その賑やかさに懐かしさを感じていたのだが……
「すごい見られてる……」
あまりにたくさんの視線を受け、それどころではなくなっていた。
正確には見られているのはリンなのだが、私にもリンのついでに一割くらいの視線を投げられている気がする。
ちらりと横目でリンの様子を窺う。
相変わらず綺麗な顔……じゃなくて。
リンは視線に慣れっこなのか、全く気にも留めていない様子だった。
「ユーフィリア、は——」
その瞬間、ふと顔を上げたリンと目が合う。
「な、何かな」
「……ユーフィリア、は……何をしに、ギルドに行くの?」
少しの不安と期待が入り混じったような瞳で、リンが問いかけてくる。
「実は私、パーティーを追い出されてさ。だから、ギルド職員になれないか聞いてみるつもり」
「……そっか」
私がそう答えると、リンが少し悲しそうな顔をした。
……なんでだろう?
「私ね、昔ギルドで働いてたんだ」
「知って、る」
空気を変えるために声色を明るくして話しかけると、予想外の返事か返ってきた。
「そ、そうなんだ。……もしかして、どこかで会ったことあったり……?」
恐る恐る問いかけると、リンは首を横に振った。
「わたし、が……一方的に……見た、だけ」
「そ、そっか」
リンの答えにホッと胸を撫で下ろす。
だが、リンの言葉はそこで終わらなかった。
「そこで……初めて見た、時……好きになった」
〜〜〜っ!!
この娘は……! こんな恥ずかしいことをよく平気で——
……いや?
「耳が……」
思わず口から溢れた言葉を聞き逃さなかったリンが、真っ赤になった耳を隠してそっぽを向いてしまった。
ま、まずい、何か言わないと……
「ご、ごちそうさまです」
って何だそりゃ!?
リンがこちらを見上げ、困惑した表情で小首をかしげる。
そりゃあそんな反応にもなるよ……
な、何か別の話題を——
「と、ところで、リンはなんで冒険者をやってるの? 目標とかはある?」
微妙な空気を察したリンが、私の無理やりな話題転換に乗ってくれた。
「お母さん……に、会うため」
「……お母さん?」
リンが一つ頷く。
「六年前、に……どこかに行った、お母さん。Sランクになって、有名に、なれば……会いに……きてくれるかも、しれないから」
「……そっか……会えるといいね、お母さんに」
懐かしそうに、嬉しそうに目を細めたリンへ、私は微笑んでそう声をかけた。
◇ ◇ ◇
随分と久しぶりだな……
緑色を基調にした王都でも有数の大きさを誇る建物を見上げ、私は脳内で独りごちた。
冒険者ギルド本部。
国が運営する、冒険者ギルドの総本山。
その入口の前には、当然多くの冒険者が集まっている。
傷だらけの鎧を身につけた者。
視線だけで周囲を威圧する者。
そして、覚悟と不安を同時に浮かべた顔の者。
この建物の前では、誰もが何かを背負っている。
……七年前、十五歳で東の都から王都に出た私が、二年間だけ働いた場所。
当時の緊張感を思い出し、私は無意識に唾を飲んだ。
「……ユーフィリア?」
隣に立つリンが、心配そうな声音で私の名前を呼ぶ。
「大丈夫……?」
「……うん、大丈夫。行こっか」
微笑みを浮かべて、私とリンは扉をくぐる。
その瞬間、耳をつん裂くような喧騒が飛び込んできた。
「……相変わらず騒がしいね、ここは」
でも、時が経っても変わっていなかったそれが、私は少し嬉しかった。
「それじゃあ、私は受付に行ってくるね」
「……うん。わたし、は……掲示板、見てくる」
リンの名残惜しそうな表情を見て、後ろ髪を引かれるような気分になる。
その思いを強引に振り払い、私は受付へと向かおうとした——その時だった。
「……ユーフィリア先輩?」
突如、後ろから声をかけられた。
振り返れば、そこには栗色の長い髪をピンで止めた少女がいた。
「……メイ?」
「やっぱり! ユーフィリア先輩だ!」
メイがパッと明るい笑顔を浮かべる。
「お久しぶりです先輩!」
「……本当に久しぶり。なんか、大人っぽくなったね」
「え? へへ……そうですか?」
メイが照れ臭そうに髪をかき上げる。
その瞬間——
ぎゅっ、と。
軽く袖が引っ張られた。
見れば、ほんの少し頬を膨らませたリンが、私の袖を掴んでいた。
「リ、リン?」
リンは何も言わず、ただ私の袖を掴むだけだ。
……これは、まさか……?
「あれ、時の勇者様? もしかしてお知り合いですか?」
「……まあ、そんなとこ」
「へえ……」
メイは驚いたように目を見開く。
「誰かといるの初めて見た……」
小さく呟いた後、メイは一度かぶりを振ってから私を見る。
「それで、先輩はどうしてここに? 確か今は、東の都で冒険者をやってるんでしたよね?」
その言葉に、私は苦笑いを浮かべる。
「あー……実は、もう冒険者じゃないんだよね」
そう言って、私は象牙の刃での出来事をメイに伝えた。
「なんですかそれ! ふざけてるんですかその人!」
話を聞いたメイは、身を乗り出すほどの勢いで顔を真っ赤にして怒ってくれた。
「……それで、ウィズさんに再雇用してもらえないかお願いしに来たの」
「……なるほどわかりました。でしたら、私がウィズさんを呼んできます」
「いいの?」
「はい。最優先事項です」
まだ怒りが抜けきらない声音で言うメイに、私は思わず微笑んだ。
「じゃあ、よろしく」
「はい!」
元気のいい返事の後、メイが足早にギルドの奥へと姿を消した。
……さて。
未だ袖口にある感触に、私はちらりと横を見る。
リンがまだ、そっと私の袖を掴んだままだった。
「……リン?」
声をかけたものの、続く言葉が出てこない。
リンは何も言わず、ほんの少しだけ指先に力を込める。
引っ張るほどじゃない。でも、離したくはない——そんな力加減だった。
どうしていいかわからず、私はただ立ち尽くす。
リンは私を見上げ、何か言いたそうに口を開き——結局、何も言わずにそっと手を離した。
その様子は、少し、私の胸の中をざわつかせた。
そのタイミングで、喧騒の中から一つの荒い声が響いた。
「だからあ〜! もう少しさあ、ほら。わかるだろ?」
声の方を見れば、少し離れた場所にある受付で、受付嬢の少女に対し威圧的に接する二人の冒険者が目に入る。
「ですが、規則で——」
「ああ? お前らがここでのうのうと生きてられんのは、俺らがいるおかげだろうが」
「そうそう。ちょ〜っと高く買い取ってくれるだけでいいんだぜ」
「で、ですから……」
そんな会話が耳に入る。
……これ、めんどくさいことになるやつだ。
周りにいる冒険者は静観を決めている。
でもそれは、薄情なわけでも事なかれ主義なわけでもない。
「……不快」
小さく呟いたリンが、腰にある細剣に手をかける。
私は、肩にそっと手を置いてそれを止めた。
「……ユーフィリア?」
「ダメだよ、リン」
少し目を大きくしたリンへ一言伝え、私は騒ぎの場へと歩き出す。
冒険者としてのキャリアは、対外への立ち振る舞いも含まれて評価される。
今ここでリンが剣を抜いたら、国の記録に「冒険者同士の私闘」と記される可能性がある。
実際に起きたことは違う。
だがそれは、上位冒険者に依頼を出す貴族には関係がないのだ。
いくら私やギルド職員、他の冒険者たちの証言があっても、体裁を気にする貴族は「なんでも力で解決する乱暴者」を雇用したりはしない。
それだけは……ダメだ。
「ねえ、あなたたち」
未だ高圧的な交渉を続けている冒険者達に対し、私は後ろから声をかける。
あくまで堂々と。そう、自分に言い聞かせながら。
「あ?」
「今すぐやめた方がいいよ。ここで活動を続けたいなら」
「はあ? てか誰だよお前」
冒険者達が完全にこちらへ体を向ける。
「それとも、お前が金出してくれんのか?」
その内の一人が、乱暴に腕を掴んできた。
掴まれた場所に鋭い痛みが走る。
だが、私はそれをおくびにも出さずにこう告げた。
「……あんたら、王都は初めてのようね」
「は?」
——瞬間。
私は掴んできた腕を捻り相手の背中に回して足をかけ、「ダン!」という派手な音と共に床へ倒す。
一瞬、静寂がこの場を満たした。
「てめえ!」
そう怒鳴り、もう一人の冒険者が拳を振り上げた瞬間——冒険者は、動きを止めた。
「……やめて」
低く、静かな声。
冒険者の喉元に、鞘に収まったままの細剣の先端を押し当てたリンがそう告げた。
リンは剣を抜いていない。
ただ、「これ以上は許さない」と告げるためだけのものだった。
勇者の放つ威圧に、冒険者の喉がごくりと鳴る。
「……リン」
私が名前を呼ぶと、リンはすぐに剣先を引き何事もなかったかのように一歩下がった。
その直後、怒号にも似た声が大きく響いた。
「静粛に!」
声の主は、筋骨隆々な大男——ウィズさんだった。
「……ユーフィリア君。何があった」
「冒険者規約第五条、ギルド職員への威圧行為に関する違反です」
「そうか」
私の言葉に短く答えたウィズさんは、次に私に組み敷かれていない方の冒険者へ視線を向ける。
「事実か?」
「そ、それは……」
その男は、ウィズさんの眼光に視線を泳がし言葉を濁す。
それからのウィズさんの判断は早かった。
「重要参考人の拘束を依頼する。協力者は前に出てくれ」
周りにいる大勢の冒険者に向けそう告げた。
数人の冒険者が即座に動く。
「暴れてくれるなよ? さもなくば身の保証はしかねる」
ウィズさんの低く重い言葉に、暴れていた二人は「ヒュッ」と喉を鳴らしていた。
協力要請に応えた冒険者が素早く役割を分担し、二人を奥へと連れて行く。
……あれはもう、王都じゃ活動できないかな。
王都の、しかもギルド本部で粗相をするなんて……命知らずなやつ。
彼らの背中を見送っていると、不意にそっと腕を触られた。
「ユーフィリア、腕……」
「ん?」
リンに言われ腕を確認すると、先ほど強く握られたところに赤い手形があるのを見つける。
「あ、本当だ。まあでもこのくらい——」
「やだ」
短いその言葉に、私は続きの言葉を飲み込んだ。
「ユーフィリア、には……危ないこと……してほしく、ない」
「……わ、わかった」
赤くなった箇所をさすりながら悲しそうな顔を浮かべるリンに、私はそう答えるので精一杯だった。
「ユーフィリア君。それにリン君も」
ウィズさんに呼ばれ、私はそちらへ向き直る。
「話を聞きたい。時間いいだろうか」
「……はい。それと、私からもお話が」
ウィズさんは一つ頷き、私とリンをギルドの奥へと案内した。




