第十三話「巧の勇者ジュジュ」
北の都——グラス公爵領。
馬車の窓から見えるのは、高い城壁と整備された街路。
行き交う人々の身なりから、この土地が豊かであることが一目でわかる。
この地を治めるグラス公爵は、様々な政策を行っている。
街路工事の国営事業を行うことで貧困の格差を減らしたり、夜警制度を導入し治安を改善したりなど、非常に優秀な統治者として有名だ。
人の多い街を抜け山岳へと進むと、しばらくして馬車が止まる。
御者の合図に応じて外へ出ると、自然の香りが鼻腔をくすぐる。
すると、一人の男性が歩み寄ってきた。
年の頃は四十前後だろうか。
無駄のない立ち居振る舞いと、鋭すぎない視線。
「ご苦労さまです」
男性は落ち着いた声でそう告げる。
「冒険者ギルド北支部、支部長のレスです」
「初めまして。ユーフィリアと申します」
「リン、です」
リンも小さく頭を下げる。
レスさんはリンを見て、納得したように頷いた。
「ウィズ殿から聞いています。時の勇者殿と担当の方ですね」
柔らかい笑みを浮かべながらも、その声には確かな敬意がこもっていた。
「こちらへ。拠点へ案内します」
レスさんの後をついて行くと、程なくしていくつかの建物と天幕が見えた。
「ここが本拠点です」
レスさんが指したのは、その中でも最も大きい建物だった。
中に入ると、すでに木箱や麻袋が数多く積まれていた。
「物資は十分に揃えてあります。食料、医療品、調査用具など、基本的なものは一通り」
「ずいぶんと手厚いですね」
「すべてグラス公爵家からの提供です」
「なるほど」
私は一つ頷く。
「グラス公爵はいらっしゃるのですか?」
そう尋ねると、レスさんは小さく首を横に振った。
「いいえ。冒険者嫌いでしてね。おそらく調査が始まっても顔を出すことはないでしょう」
「……そうですか」
その言葉に、私はわずかに眉を寄せた。
その瞬間——
「おやおや〜? もしかして、時の勇者ちゃんでおられますか〜?」
背後から、軽い調子の声がかけられた。
振り返ると、そこには肩まである紫とピンクのツートンカラーの髪をした女性がいた。
「……久し、ぶり……ジュジュ」
リンがぽつりと名前を呼ぶ。
「そうですよ〜! ジュジュちゃんですよ〜!」
次の瞬間。
その女性——ジュジュさんは、迷いなくリンの元へ駆け寄り、勢いよく抱きついた。
「久しぶりだね〜リンリン!」
「……近い」
そのまま頬擦りまで始めている。
リンは少しだけ眉を寄せたが、すぐに諦めたような表情になった。
「あの」
私は気づけば、口を挟んでいた。
「ちょっと……近いんじゃないですか?」
ジュジュさんが、初めてこちらに視線を向ける。
すると、わずかに目を細めて口を開いた。
「……リンリン、この人だぁれ?」
「……ユーフィリア。わたし、の……パートナー」
「へえ……」
「……初めまして。ユーフィリアと申します。事務員派遣制度で、リンの担当をしています」
ジュジュさんは、まるで値踏みするかのような視線で私を見る。
そして——
「ま、いいね」
と、一言だけ呟いた。
「……ジュジュ、邪魔」
「あーはいはい。ごめんよリンリン」
ジュジュさんがリンからようやく離れ、今度は私の前に立つ。
「ねね、お姉さんいくつ?」
唐突な質問に、私はわずかに目を見開く。
「……二十二歳です」
「あたし二十。だからタメでいいよ」
畳みかけるように質問が続く。
「出身は?」
「……東の都」
「ずっとギルド職員?」
「いや、前は別のパーティーに」
「なんてとこ?」
「……象牙の刃」
「ん〜……ごめん、知らないや」
ジュジュさんが肩をすくめる。
「リンとはどう——うおっ?!」
突如、半眼になったリンに首根っこを掴まれ、ジュジュさんがのけぞった。
「ユフィ、困ってる……それと……自己紹介、まだ」
「おっと忘れてた、ごめんごめん。……だから離して、リンリン」
リンが半眼のまま手を離すと、ジュジュさんが「ごほん」とわざとらしく咳払いをする。
「巧の勇者こと、Aランクパーティー千紫万紅のリーダー、ジュジュ・ベリアル。どうぞよろしく」
ジュジュさんは優雅に一礼し、妖艶な笑みを浮かべる。
その仕草に、思わず目を奪われた。
「……家名があるってことは、貴族なの?」
「そうだよ〜。ま、貴族らしいことなんて、なぁんにもしてないけどね」
ジュジュさんは人懐っこい笑みを浮かべ、気兼ねない様子で答えた。
「おっと、そうだそうだ」
思い出したように眉を上げると、ジュジュさんが振り返って敬礼する。
「ということで、レスさん! 千紫万紅、無事に到着しました!」
「はい、ご苦労さまです。君たちの拠点は、西側のものを使ってください」
「りょうかーい!」
くるりと身を翻し、ジュジュさんがここを後にする。
そして、顔だけ振り向いて私にウィンクした。
「じゃ、またね」
あっという間に去っていった背中を見送りながら、私は小さく息を吐く。
「……面白い人だったね」
「……変な、だけ」
リンの遠慮のない言い方に、私は思わず笑ってしまった。
ふと気づくと、リンの表情がさっきよりも晴れていた。
そのことに、私は心の中でひそかにジュジュさんへ感謝していた。
次回は明日17時頃投稿予定です




