第九話「再会」
リンと暮らし始めてから二週間が経った。
同じ部屋で眠りにつき、同じ部屋で目を覚ます。
初めこそ緊張でうまく眠れない日もあったが、今はもうリンの寝息を聞くと安心して、よく眠れるようにすらなった。
寝ぼけ眼を擦りながら朝の準備をするリンに、私は声をかける。
「リン。今日はウィズさんが私たちに用があるらしいから、一緒にギルドまで行こうか」
「……うん」
リンは少し朝に弱いらしい。
他にも、夜は異常に寝つきがよかったり、ご飯はよく噛んで食べるタイプだったり、長風呂を好んだり。
知らない一面をたくさん知った。
——それが、とても心地よかった。
メイクをし、服を着替え、朝の支度を済ませた私たちは二人でギルドへ向かう。
私がギルドへ、というか拠点から外へ出るのは久しぶりだ。
ここしばらくは、私は拠点にこもって拠点内の契約、名義、帳簿整理や、備蓄や消耗品の管理を行っていたからだ。
生活や先の備えは初めに整えておきたかったのだ。
リンが、安心して帰りたいと思えるような場所にするために。
「……ユフィ」
「なに?」
「……呼んでみた、だけ」
「……そっか」
リンは、たまにこうして私の名前を呼ぶ。
まるで、ちゃんといるかを確かめるように。
「ここにいるよ、リン」
「……うん」
リンは短く、けれど満足そうに頷く。
「それにしても、ウィズさんの用事ってなんだろうね」
「……あんまり……いい、予感……しない」
「……確かに」
ギルドマスター直々の呼び出しは、それだけで相当大きな案件であることを意味する。
一抹の不安を抱えながら歩いていると、突然、後ろから声をかけられた。
「あの」
振り返れば、そこには冒険者然とした格好の一人の青年がいた。
「……なにか?」
私は一歩前に出て、あえて警戒感を隠さずリンを背にかばう。
リンは目立つ。
どこにいても、何をしても。
けれど、声をかけられることは少ない。
それはひとえに、リンがあまりにも遠い存在に見えるからだ。
触れてはいけないものを見るような、そんな空気を纏っている。
だからこそ、こうして踏み込んでくる相手には注意が必要なのだ。
「今日この後、お時間ありませんか?」
……やっぱり。
「すみません。この子は今日予定があって——」
「あ、いえ、その……そちらの子ではなく——あなたが」
青年が指したのは——私だった
「……は?」
それはあまりに唐突で、開いた口から声が漏れた。
「わ、私?」
「はい」
一瞬、言葉を失った。
……私が? なぜ?
戸惑いに眉を寄せていると、不意に腕全体をぎゅっと掴まれる。
「……ユフィ、は……わたしと、一緒……!」
見ると、リンが私に強く抱きついていた。
そのままぐいぐいと背中を押され、私は青年から遠ざかる。
「リ、リン?」
珍しく強引なリンに、少し困惑しながら声をかける。
青年の姿が完全に見えなくなったところで、ようやくリンは足を止めた。
「……急に、引っ張って……ごめん、なさい」
リンは私の腕を掴んだまま、視線を落とす。
「……嫌、だった……?」
その声はとても小さくて、怯えているみたいだった。
「ううん」
私はすぐに首を振る。
「びっくりはしたけど……嫌じゃない」
「……ほんと?」
「ほんと」
リンの手の甲に、そっと自分の指を重ねる。
「守ってくれたんでしょ?」
「……うん」
「だったら、嬉しいよ」
リンは一瞬きょとんとした後、ゆっくり頬を赤く染めた。
「……うれしい、なら……よかった」
力の入っていた腕が、少しだけ緩む。
私はそのまま、半歩だけリンに近づいた。
「でもね」
柔らかく、言い聞かせるように続ける。
「次からは、引っ張る前に呼んでくれたら嬉しいかな」
「……うん」
リンは小さく、でもはっきり頷いた。
その仕草があまりにも可愛くて、私は思わず微笑んでしまう。
そのまま二人で並んで歩き、ギルドの建物が見えてくる。
朝の空気は澄んでいて、扉の前にはすでに人の出入りがあった。
「あ、先輩」
聞き慣れた声に顔を向ける。
受付側から、メイが小走りで近づいてきた。
「先輩が来たら伝えるように、ウィズさんに言われてます」
「うん。案内してくれる?」
「はい!」
メイの案内で、私たちはギルドマスター室へ向かう。
扉の前でメイが姿勢を正し、ノックした。
「ユーフィリアさんとリンさんがお見えです」
「……入ってくれ」
ウィズさんの声は、いつもより少し低かった。
扉の中は、いつもより空気が重く感じられた。
ウィズさんは机に肘をつき、複数の書類を前にしていた。
「座ってくれ」
私たちは指示に従う。
「まず、雷鳴峡谷の調査報告についてだ」
ウィズさんは、私が提出した記録に視線を落とす。
「君たちの報告は非常に詳細で正確だった。おかげで、はっきりしたことがある」
一拍置き、ウィズさんは言葉を続ける。
「やはり、今回の異常は——偶発ではない」
その言葉に、私は背筋を伸ばした。
「雷鳴峡谷だけじゃない。他地域でも異常気象やモンスターの行動変化が確認されている。関連性はまだ不明だが、無関係とは言い切れない」
「……全貌は、まだ?」
「ああ。何者かが裏で糸を引いている可能性が高いと考えているが、その正体についてはまだ何も掴めていない」
ウィズさんは首を横に振った。
そして、私たち二人を見据え続ける。
「近いうちに、大規模な調査隊を編成する。その際、君たちにも参加してもらうつもりだ」
「わかりました。その際は全力を尽くします」
頷いた私に、ウィズさんは頷きを返した。
「それと、別件だ」
そう言って、ウィズさんは別の書類を取り出した。
「リン君宛に、依頼が届いている」
「……依頼?」
「ティエリ伯爵からだ。内容は、モンスターの群れの掃討」
私は、差し出された依頼書に目を通す。
討伐対象は「黒刃白狼」
討伐難易度は単体でBランク中位。群れとなれば、Aランク下位相当。
内容自体は、リンの実力を考えれば妥当だ。
だが——
「一点、確認してもいいですか」
ウィズさんが顔を上げる。
「この群れの出現頻度、直近で増えていませんか?」
「……ああ。通常なら散発的なはずだが、今回は移動ルートが妙に統一されている」
「縄張り争い、ではなさそうですね」
「その通りだ」
私は依頼書を指で軽く叩く。
「被害地域が街道寄りなのも気になります。狩場を変えたというより……誘導されているように見える」
「鋭いな」
ウィズさんは小さく息を吐いた。
「今のところ、偶然とも作為とも断定する材料がない。だからこそ、迅速に、確実に排除したい」
「……わかりました」
私はリンを見る。
「多分、日帰りになる。でも無理はしないで、異変があれば即撤退して」
「……うん」
リンは静かに頷いた。
「依頼、受けます」
「了解した」
そうして話はまとまり、私はギルドに残ることを選んだ。
「今日はギルドにいるから」
「……待ってる?」
「うん。終わったら合流しよう」
リンは一瞬だけ間を置いてから、こくりと頷いた。
「……行ってきます」
その背中を見送り、私は改めて仕事に向かう。
書類の確認。備品の申請。次の依頼に備えた仮スケジュールの作成。
慣れた作業だ。
だが今は、不思議と心が落ち着いていた。
◆ ◆ ◆
ティエリ伯爵の依頼は、問題なく終わった。
群れの数はそこまで多くなく、連携は取れていたが、統率者はいないと感じた。
リンは王都へ戻り、報告のためギルド本部へと向かっていた。
その途中——
「……おや」
聞き覚えのない声が、横からかかる。
「君、一人かい?」
振り向くと、金髪翠眼の青年が立っていた。
「……なに」
「失礼。あまりに目を引いたものでね」
その物言いに、リンは眉を寄せる。
「……用、ないなら……行く」
一歩進もうとすると、青年が歩調を合わせてくる。
「君もギルド本部に向かうのかい? 僕もそうなんだ。なあ、君ほどの逸材はそうそういない。ぜひ我がパーティーに——」
「興味、ない」
リンが即答する。
「はは、即断だね。でも話を聞くだけでも」
「……いや」
リンは視線を遠くに逸らす。
「顔立ち、立ち姿、雰囲気……どれを取っても一級品だ。冒険者としても、看板としても」
「……うるさい」
自然と、リンの歩調が速くなる。
「うちはAランクパーティーだ。待遇も、名声も——」
「……いらない」
とうとう、ギルドの建物が見えてくる。
「君ほどの見た目なら、依頼も引く手あまただろう?」
「……だから、やめて」
ギルドの入り口を越えても、青年は付いてきた。
当然、周囲の視点が集まり始める。
リンは立ち止まり、はっきりと言った。
「……わたし……帰る場所、決まってる」
「ほう?」
青年は愉快そうに笑う。
「それでも、選択肢は多い方がいい。君ほどなら——」
その時。
受付側から様子を見ていたユウが眉を寄せた。
「……これは」
一瞬迷ってから、奥へ駆けていく。
◆ ◆ ◆
ギルドマスター室の近くの部屋で作業をしていた私の元に、コンコンという控えめなノックの音が響く。
「ユーフィリアさん」
扉の隙間から、ユウが顔を出す。
「どうしたの?」
「入り口で、少し……騒ぎになってまして」
「騒ぎ?」
「金髪の冒険者が、リンさんにしつこく声をかけてるんです」
私の胸の奥に、嫌な予感が走る。
「……すぐ行く」
言うが早いか、私は立ち上がり足早にロビーへと向かう。
そこでは、ユウの言っていた通りリンが一人の青年に絡まれていた。
そして、その青年の姿を見た瞬間——私の口から、思わず名前が零れた。
「……アデラン?」
青年が、驚いたように振り向く。
「……まさか」
その目が、大きく見開かれる。
「ユーフィリア?」
リンは私の姿を見つけた瞬間、ほっとしたように小さく息を吐いた。
その表情を見て、私の中で何かが静かに冷えたのを感じた。




