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第一話「わたしと……結婚してください」

 ——何がどうしてこうなった?!


 真っ二つになった双翼龍ワイバーンの死体が積み重なり、血生臭さが漂うその場所で、私は——


「好き、です。わたしと……結婚してください」


 朱に染まった頬でこちらを見上げる、長い銀髪の美少女に告白されていた。


 遡ること七時間前——



「ユーフィリア。君にはパーティーを抜けてもらう」


 ストレートの金髪をした美丈夫が翡翠色の瞳で私を見据え、微笑みながらそう告げた。

 普通の女性ならば虜になってしまうであろうその微笑は、だが、私にとっては見慣れてしまったただの顔だ。


 その顔から放たれた言葉を、私は寝不足の頭で理解しようとするが……正直言って、理解できなかった。


「……何を言ってるの、アデラン」

「言葉のままだよ」


 努めて冷静に返した私の言葉に、浮かべた微笑を崩さずにアデランが答える。


「……理由は?」

「僕ら『象牙の刃(アイボリー)』はAランクまで上り詰め、その強さと類稀なるルックスから、ここ東の都で随一の人気を博している」


 自分で言うか……

 私の呆れをよそにアデランは得意げに言葉を続ける。


「そして、そろそろ王都に拠点を移し更なる高みを目指すつもりだ。そんなパーティーに、君は自分が相応しいと思っているのかい? ボサボサの黒髪や目つきの悪い顔、そしてその貧相な身体が」

「……誰のせいだと思ってるのよ……」


 私は象牙の刃の雑務を一人で担当していた。

 これまではなんとかやっていたが、Aランクになった途端Bランクの頃とは比べ物にならないほど雑務の量が多くなった。

 それこそ、私一人では処理しきれなくなるほどに。

 そんな中で、身なりを気にする余裕など生まれるはずがない。

 私の小さな呟きを聞き取ったアデランは、やれやれと大袈裟に肩をすくめる。


「自分の能力の無さを僕らのせいにするのかい? 君の仕事が終わらないから、僕らにも迷惑がかかっているというのに」


 ……頭が痛くなってきた。

 前に新たに人を雇おうと提案した時も、他のメンバーにも雑務を振り分けてほしいと頼んだ時も、「お前の能力不足だ。もっと努力しろ」と言われ却下された。


 今までは、私を拾ってくれた義両親に恩を返すつもりで義弟であるアデランに従ってきた。

 だが……もう無理だ。


 全てに嫌気が差した私の心は、すでに追放を受け入れていた。


「……私が抜けた後、雑務は誰がやるの?」


 だから、せめて跡を濁さないよう離れるつもりでそう聞いたのに——


「それは心配無用さ。もう新しい娘を雇ってある。君なんかでは比べ物にならないくらい可愛い娘をね」


 いちいち癇に障る言い方をする……


「そういうことを聞いてるんじゃないよ。引き継ぎは必要でしょ?」


 諭すような言い方が癪に障ったのか、アデランがピクリと眉を動かす。


「そんなこと、言われなくてもわかってるよ。君からの引き継ぎなんか必要ないさ。彼女は君よりもとびきり優秀だからね」

「……わかった。もういい」


 私はそれだけ言い残し、象牙の刃の拠点を後にした。


 外で見上げた灰色の空が、私の心を映しているように思えた。


◇ ◇ ◇


 そういえば、王都に行くのも久しぶりだな……


 ガタガタと揺れる馬車の中、目の前に座る褐色肌で髭面のおじさんが読んでいる新聞を何の気なしに眺めながら物思いに耽る。


 私は今、パーティー脱退の手続きと今後の相談のために王都にある冒険者ギルドの本部に向かっていた。

 象牙の刃が拠点としている東の都からは、馬車で六時間ほどの距離だ。

 すでに四、五時間揺られているためお尻が痛い。


 相変わらずぼけーっと新聞を眺めていると、私の視線に気づいたおじさんが新聞を閉じて話しかけてきた。


「嬢ちゃんは王都に行くのは初めてか?」

「いえ。ですが、かなり久々ですね」

「そうかいそうかい」


 おじさんが微笑みながらうんうんと頷く。


「最近の王都では、何が流行ってるんですか?」


 そんな私の質問に、おじさんが「よく聞いてくれた」と言わんばかりにニヤリと笑う。


「最近は、時の勇者の話題で持ちきりさ」

「時の勇者、ですか?」

「ああ。『時』の称号を持つ、今代の六辺勇者ろっぺんゆうしゃ最後の一人。勇者の名に恥じない実力の持ち主さ。なんたって、一人であの飛龍ドラゴンを狩っちまったんだからな」

「……一人で、ですか?」


 とても信じられない言葉に、私は訝しげに返す。


 「六辺勇者」

 それは、世界に六人しか現れない特別な称号を持つ者の呼び名だ。


 でも、飛龍といえばAランクのパーティーがやっと勝てるかどうかくらいの最強格のモンスターだ。

 それを一人で討伐するなんて、それだけで英雄譚になり得る偉業だ。

 いくら六辺勇者の一人だとしても、にわかには信じられない。


「信じてねえな嬢ちゃん。まあ俺も、真っ二つにされた飛龍の死体を見るまでは信じられなかったけどな」

「ま、真っ二つ……?」


 龍種の硬い鱗を両断するなんて、どんなパワーの持ち主だ……


 両目を見開いた私の反応が面白かったのか、おじさんがくつくつと笑った。


 ……時の勇者はきっと、筋骨隆々の大男なのだろう。

 と、まだ見ぬ勇者にマッチョなイメージを固めたタイミングで、馬車がガタンと一際大きく揺れて止まった。


「うおっ?! なんだなんだ、どうした?!」

「ぶ、黒双翼龍ブラックワイバーンの群れだ!」

「なんだと?!」


 御者の切羽詰まった叫びを聞き、おじさんと共に馬車から降りて茜色の空を見上げる。

 そこに見えたのは、黒い鱗を身に纏った、真っ赤な眼を光らせる双翼龍ワイバーンの群れ。


「なぜだ……? あいつらは他の双翼龍と違って群れたりしねえはずなのに……」


 おじさんが眉を顰めて呟く。


 黒双翼龍ブラックワイバーン——

 肉食・獰猛・凶暴の三拍子揃った凶悪なモンスターであり、討伐難易度はBランク上位。

 ……ただそれは、単体だったらの話だ。


「……なあ嬢ちゃん。あんた、実はすげえ強ぇ冒険者だったりしねえか?」

「……しませんね。そう言うあなたこそ、実は伝説の傭兵だったりしないんですか?」

「しねえな。俺はただの、Aランク上がりたての冒険者だよ」


 ということは、この場には対処できる人が誰もいないということだ。

 絶望的な事実を確認したら、なんだか逆に冷静になってきた。


「おい、あんたら冒険者なんだろ?! なんとかしてくれよ!」

「無茶言うな……一匹二匹ならまだしも、少なく見積もっても二十はいやがる。俺じゃあ太刀打ちできねえよ」


 悲鳴にも似た御者の言葉に、おじさんが苦笑しながら答える。

 おそらくおじさんも、私と同じように逆に冷静になっているのだろう。


「よりにもよって、こんなにツイてない日が人生最後になるなんて……」


 天を仰ぎながら独りごちる。

 パーティーを追放された挙句、黒双翼龍の群れに出くわすとか……

 「はあ……」と深いため息をつき、私が目の前の死を受け入れた、次の瞬間。


 ——全ての黒双翼龍の頭が、胴体から切り離された。


 あまりに突然の出来事に驚愕し、私の脳が働きを停止する。

 だが——たった一つの思考だけは、私の脳内に浮かんでいた。


 天使だ……


 腰まである美しい銀色の髪と、透き通るような白い肌。

 どこからともなく現れ、静かに地面へと降り立った少女の横顔を見た私は——天から使いが舞い降りたと、そう思った。


「時の勇者……?!」

「えっ?!」


 この女の子が?!

 驚愕した声音の呟きを耳にし、現実に意識が戻った私は反射的におじさんの顔を確認する。

 おじさんの視線は少女に注がれており、その言葉が間違いなく彼女に向けられたものであることを物語っていた。


 私はおじさんの視線を追うように、再び少女に視線を戻す。

 すると、こちらを真っ直ぐに見つめてくる瑠璃色の視線と交わった。


「……見つけた」


 少女が、そう呟いた。

 そのまま私を見つめ、駆けるように近づいてくる。


 「何か言わないと」と、謎の焦燥感に駆られ慌てて私が口を開く——よりも先に、少女が私に向けて口を開いた。


「好き、です。わたしと……結婚してください」


 こうして私は、なんともおかしな状況で、人生初の告白をされたのだった。


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