2-6.影の交錯
エナが姿を消した直後、入れ替わるように通路の奥から重い足音を響かせ、一人の男が現れた。
居住区へと戻る昇降機を待つリュウの背に、凍てつくような視線が突き刺さる。
「……随分と熱心なことだ、二等執行官。技術員にまで泣きついて、命を惜しんでいるのか?」
振り返るまでもない。その傲岸不遜な声の主は、一等執行官サカキだった。
彼はリュウの数歩手前で足を止め、隠し持ったデータケースの中身を見透かすような薄笑いを浮かべている。
「……貴様に関係のあることか」
リュウは感情を殺した声で応じ、カプセルを握り込んだ手をアーマード・スキンのポケットに深くねじ込んだ。
サカキの鋭い視線が、リュウの強張った左肩と、それを補うように不自然に力の入った右半身の動きを舐めるように走る。それは、左肋骨付近に広がる痣の鈍痛を、無意識に庇おうとする歪な動作だった。
「関係なくはない。バイブルの管理下にあるリソースが、バケモノの毒で使い物にならなくなっていくのを見るのは……実に見苦しいからな」
サカキの声から嘲笑が消え、冷徹な響きが混じる。
「かつての貴様であれば、その程度の痛み、表に出すことすらなかったはずだ。それが今や、隠すことすらままならん。……秩序を守る我らが、秩序を乱す存在に依存するなど、あってはならんのだ。それはもはや、排除対象の『バグ』に等しい」
サカキの目が、冷酷に細められる。
かつて肩を並べていた男が、内側からバケモノに侵食され、それを必死に隠しながら汚濁に身を任せている。その「堕落」と、隠しきれない身体の「綻び」こそが、サカキにとっての生理的な嫌悪の根源だった。
「……バイブルが沈黙している以上、俺は正常だ。貴様に裁く権利はない」
「今は、な。だが覚えておけ。システムが貴様を『不要』と判断する瞬間に、最初に引き金を引くのは俺だ。……それが、使い物にならなくなった貴様への、俺なりの『温情』だと思っておけ」
昇降機の重い扉が開き、サカキは肩をぶつけるようにしてリュウを追い抜き、先に乗り込んだ。
一人残されたホームで、リュウはポケットの中の薬を強く握りしめた。
エナから与えられた、微かな希望を繋ぐための「灯火」。
そしてサカキが突きつけた、かつての残像すら塗り潰すような、冷酷な「選別」の言葉。
その両極端な圧力に挟まれながら、リュウは自分に残された時間が、砂時計のように刻一刻と失われていることを実感せずにはいられなかった。




