2-5.深淵の灯火
収容区画を抜け、上層の居住区へと繋がるシャトルゲートへ向かう通路。
背後から、聞き慣れた端末の操作音が響いた。
「……また無理したでしょ。神経への負荷データ、かなり深刻だよ」
振り返ると、端末を手に歩み寄るエナの姿があった。彼女は、特殊個体であるジンと、その唯一の適合者であるリュウの「同調」を保守する専門の技術員だ。
「……データを見たのか」
リュウは、ジンとの高負荷接続によって黒く変色し、焼け焦げたような跡が残るアーマード・スキンの破れを隠すように腕を組んだ。
サカキら一般の戦闘執行官が纏う清廉な「白」とは対照的な、煤けた「黒」。それがこの「エリア・ゼロ」において、彼がいかに異質な役割を強制されているかを雄弁に物語っていた。
エナの鋭い眼差しは、彼が痛みを庇うように微かに前傾した腰のラインを、正確に捉えていた。
「仕事だもん。はい、これ。……ミッションデータの詳細、あとで確認しておいてね」
彼女は周囲の監視カメラを意識するように「業務連絡」の体裁をとり、小さなデータチップ状のケースをリュウの手のひらに滑り込ませた。
ケースの中には、青く透き通ったカプセルが数粒収められていた。
「……これは?」
「私の『特製』。神経のノイズを鎮めてくれる強壮剤だよ。……リュウくんが壊れちゃったら、私、悲しいから」
エナはいたずらっぽく微笑み、指先でリュウの胸元に触れた。その指先の温かさは、無機質なエリア・ゼロの中で唯一の救いのように感じられた。
「……ありがとう。助かる」
「いいの。私たちは、特別な『協力関係』でしょ?」
彼女はそう言い残し、軽やかな足取りでラボの方へと去っていった。
リュウは手の中のカプセルを静かに握りしめた。
バイブルの冷徹な管理下で、自分を「一人の人間」として案じてくれる者の存在。そのカプセルは、今のリュウにとって、明日も生き延びるための確かな希望に見えていた。




