2-7.静寂の呪縛
無機質な自室のドアが閉まり、ロックの駆動音が響く。ようやく訪れた、自分一人だけの静寂。
リュウは深く息を吐き出し、重い足取りで部屋の隅にあるメンテナンス・ユニットの前へ立った。
「……っ」
固定ロックを解除すると、身体を締め付けていたアーマード・スキンが、プシュッという排気音とともに各部で割れた。全身を包んでいた強力な圧迫感から解放された瞬間、センサー類の遮断によるわずかな耳鳴りが響く。リュウは煤けた黒い装甲を一枚ずつ剥ぎ取っていった。
インナーを脱ぎ捨て、鏡の前に立つ。
左脇腹から肋骨を這うように広がる、どす黒い痣。
その範囲は以前のまま肋骨を覆う程度に留まっていたが、色はより深く沈み、まるで肌の下に別の生き物が潜り込んだかのように、一定の周期で不気味な拍動を繰り返している。それは、鏡越しにでもはっきりと視認できる、明らかな「異変」だった。
指先で痣に触れる。体温を吸い取るような氷の冷たさが指先に伝わる。
バイブルすら沈黙するこの侵食の正体を知り、脳に直接その存在を刻みつけてくるのは、自分の中に居座るアイツだけだ。
リュウは震える手でポケットを探り、エナから渡されたケースを取り出した。
碧いカプセルを一粒、噛み砕くようにして飲み込む。
数拍の後。
脳内を覆っていた高周波のノイズが凪ぎ、焼けるような痛みが冷たい霧に溶けていく。
「……はぁ……、……っ」
壁に背を預け、リュウはその場にずり落ちるように座り込んだ。
神経を鎮める「特製」の強壮剤は、確かにエナの言葉通り、彼に一時の安らぎを与えた。
だが、その強制的な静寂を汚すように、意識の深淵からアイツが這い出してきた。
『……ハハッ、必死だな、リュウ。そんな毒で、俺の「声」を消せるとでも思ったか?』
耳から聞こえるのではない。脳に寄生したジンの意志が、リュウ自身の思考領域を強引にハッキングし、内側から直接響き渡る。どれほど物理的な距離を置こうと、どれほど神経を麻痺させようと、この脳髄に刻まれた呪縛を黙らせることはできない。
「……黙ってろ。……俺が壊れれば、貴様も終わりだ」
『終わりだと? バカを言え。俺とお前はもう、混ざり合ってるんだよ。お前が消える時、残るのは俺だけだ……。楽しみだな、その瞬間が』
思考の海へ沈むようにジンの気配が遠ざかり、部屋には再び、空調の低い音だけが残された。
リュウは膝を抱え、薬の余韻でぼんやりとした頭で鏡を見上げた。
そこには、バイブルが管理する「清廉な秩序」の欠片もない、自分を蝕む怪物と意識の底で繋がり続ける、孤独な男が映っていた。




