8 イズルの血
「妙な動きをしたら、爺さんが死ぬぞ」
首領が爺さんの髪を掴んで、力任せに振り回す。
「爺さんが死ねば、この子を助けることだけに集中できるな」
「減らず口はやめろ」
首領の持つ割れた瓶が、爺さんの頬に赤い筋を残した。
「人質二人と人質一人。どっちがお前たちに有利だろうな」
「お前が死ぬのが一番都合がいいな。なあ、ジュリアンおぼっちゃま」
首領が皮肉を込めた笑みを浮かべた。
「処刑されたはずのあんたが、どうしてこんな辺境にいるのか知らんが、悪く思うなよ。剣に近づく者は片っ端から殺せ、そう仰せつかっているんでな」
「剣? 何のことを言ってるんだ?」
首領の口ぶりだと命令している誰かがいるようだ。
「知らなくていい。あんたはここで俺に処刑されるんだからな」
「そうなるのはお前らかもしれないぞ」
「そんな華奢でペラペラな体のお前に何が出来る」
瓶の先端を突き出して、首領が笑い出した。
取り巻き連中も、ゲラゲラと笑い出す。
オレもつられて吹き出した。
「確かに、こいつ紙みたいだからな。うまいこと言って笑わせんな。腹が痛い、ていうかここに響くだろうが」
オレは太ももに突き刺さったナイフの周りを掴んだ。脈打つように痛みが響いている。溢れ出る血が地面に滴る。
「てめえ、イカれてんのか。状況分かってるんだろうな」
「爺さんを盾にして女を脅す輩が、喚いていることだけは分かる」
「少し……痛い目に逢わせてやろうか」
首領が苛立ち混じりに言いながら、視線を太もものナイフに向け、口端を歪めた。
オレの痛がる素振りに、嗜虐心をそそられたようだ。
「そうよ、イズル。レベル3のあんたにどうこうできる状況じゃない」
リュシエルが耳元で囁きかける。
まだレベルに捉われてるのか。牢獄で証明したはずだ。
魔法の構築にレベルは無関係、魔力さえ補えれば発動できる。
足りないなら、用意すればいい。
少し考えれば分かることだ。遥か過去から、手に余るほどの大規模な魔術的儀式を行う際、足りない魔力を何で補った?
「ひゃははは! 状況を分からせてやるよ」
首領が目を剥いて空を仰いだ。
生贄。つまり、生き血だ。
「苦しみ、悶えろ」
首領がオレの腿からナイフを抜いた。歓喜の表情が浮かぶ。
魔法は構築済み。後はオレの血を触媒にして発動させるだけ。
血は生命力であり、魔力そのもの。皮膚を通して、染み出したものとは濃度が違う。
「私の羽根の代わりに、自分の血を利用するってこと?」
「ご名答」
発動。
溢れ出した血が影に吸い込まれた。
全身の血液を使われても困る。使用される血液の量に合わせて魔法構造を最適化した。
最小の魔力で最大限の威力を発揮するように調整。
ナイフを手にした男の背後に影が立つ。反応する間は与えない。
影は狼のように顎を開き……
男をこの世から消した。
正確には首領以外の男たちが消失した。
「何なの、この魔法。天使の私だって見たことない」
「そりゃそうだろ。オレが作ったんだからな」
「オリジナルの魔法を作り上げた? 無詠唱で?」
「オレに呪文は必要ない」
呪文はオレにとっては、イメージを縛り上げる言葉の檻でしかない。
「あんた、思ってた以上に危険だわ」
「前世でよく言われた」
「おい、てめえ!」
首領が叫んだ。
覆いかぶさるほどの影に頬を強張らせるが、弱みを表に出さないのはさすがだ。
構えたナイフと割れた瓶を構えた腕の震えが、止まった。
「何をしやがった。あいつらはどこへ消えた」
「気にすんな。お前もすぐに連れて行ってやる」
傷口付近を焼いて止血し、簡単な回復魔法を施す。
血液に頼った覚醒時間は終了だ。この方法は今回限りだ。リスクが大きすぎる。
単なるレベル3に復帰だ。
発動済みの魔法を除いて。
「動くなよ。誘導したとはいえ、お前にはナイフを抜かれたからな。想定通りでもやっぱり出血は嫌なもんだぞ。やられたからにはやり返す」
「全員殺してやる。まずはお前……」
首領が鋭利な瓶を振り上げると同時だった。
パクッ。
声が、途絶えた。
「あーあ」
指を鳴らすと、役目を終えた影が霧散した。
「動くなって言ったのに。仕返しし損ねた」




