7 助けを求める少女
馬を休息させるために立ち寄った村には、静けさが漂っていた。
奥へと続く道を進む。石を叩く水の音がした。
水をすくって喉を潤すと、オレは辺りを見回した。
「どうしたの?」
リュシエルがオレの肩に座った。
「静かだな」
「脱獄した死刑囚がここにいるからでしょ」
「ハエみたいな人間がブンブン飛んでるからだろ」
「私は天使様だぞ!」
ガツンとリュシエルがオレを殴った。
「おい、オレはレベル3だぞ、ダメージ受けたらどうしてくれるんだ」
「天罰だ」
鼻息荒くリュシエルが顎を上げる。
「真面目な話、イズル以外、私のこと見えないよ」
「え、そうなのか?」
「言ってるでしょ。私はこの世界の登場人物じゃないの。観察者であって、読者みたいなもの。普通、物語の人物は読者を認識できないでしょ?」
「そりゃ、そうだ」
「だから、私を警戒して隠れたって線はないわけ」
「となると、オレに怯えてるってことか。昨日脱獄したところなのに、情報伝達早くね?」
「ま、イズルのせいってのは冗談でもあるけどさ……」
リュシエルが歯切れ悪く、もごもご言う。
何だこいつ。急に黙り込むってことは、筋書きとでも関係あるのか?
リュシエルは嘘をつききれないところがあるからな。
もっと適当に生きてる方が楽なのに。
「誰もいないなら、それでいいけど」
村には、馬を休ませるために寄っただけだ。
水分補給も出来たし、食料でも入手できればよかったのだが。
「でしょでしょ、さあ先を急ごう」
馬の休息時間くらいは確保しておきたい。
「いや、その辺の草むらで昼寝しよう」
昼食用に朝退治した巨大魚の残りがある。
食事と昼寝に最適な場所を探そうとすると、物音がして前方で扉が開いた。
「た、すけて」
少女の声は掠れていた。
背後で男が彼女にこん棒を振り上げようとした。
「こっちに来い!」
オレは少女に指示を出して、こちらに走らせた。
同時に男に向かって石を投げ、彼女を保護するために駆け寄った。
少女の頭を抱えながら、男に足を突き出し膝関節を潰す。
レベル3なりの対処法だ。
うまくいった。だが、誤算があった。
なぜか腕の中の少女がオレの腿に刃物を突き立てていた。
「あのな、そこは刃物じゃないだろ。命を救われたら惚れるのが普通だろ。空気読め」
これも死亡フラグ、いや物語の修正力ってヤツか?
オレの視線にリュシエルは首を振る。
「私にも分からない」
答えを得られないなら、とりあえず。
悪いな。
オレは少女を突き飛ばした。ナイフを抜かれて出血が激しくなるのも困る。
「そこまでだ」
建物の中から声がした。軋んだ音を響かせ扉が開く。
状況を把握した。
首領らしき男が家の奥でふんぞりかえっている。
ナイフを爺さんの喉元にかざしている男もいた。
その手前には、戦闘準備に入った男が二人。
扉の外には関節の痛みに呻く男。
これで計五人。
近くの建物からも仲間が出てきて、剣やナイフを構えた。
「助けて、か」
オレは少女のセリフを繰り返した。
尻もちをついた少女は十五、六くらいの年ごろだろうか。茶色い髪を三つ編みにしている。
血の付いた両手を見つめて、体を震わせ、嚙み合わない歯を鳴らす。大きな瞳に涙を浮かべ、何度も首を振る。
人質になってるはずの爺さんは、自分のことよりも少女のことを気にかけている様子だ。
喉元のナイフで脅されながらも、少女の元へと体が動いている。
女の子が絶望の眼差しで助けを求めるのなら、オレの答えはこうだ。
「助けてやる」
可愛い女の子に泣き顔は似合わない。
オレが見たいのは曇りのない笑顔だ。
意見が一致したな、爺さん。
オレもあんたより、彼女の命を優先するぞ。
「イズル、誤解しないで。彼女は物語の登場人物にすぎない。あんたが関わるはずの人じゃないの」
「もう関わってる」
「何ぶつぶつ言ってやがる!」
瓶の割れる音が響いた。奥に座っていた首領がテーブルを蹴り飛ばして立ち上がった。
ギシ。首領が足を踏み出すと床が軋んだ。
「役立たずが!」
首領の怒鳴り声に少女の肩が跳ね上がった。
「凡ミスしやがって。こんなひょろいガキの一匹も殺せねえのか。さっき言ったはずだぞ、失敗すれば爺さんが死ぬってな」
悪態をつきながらも、首領は注意深くオレを見定めている。
なるほど。彼女は脅されてオレを刺したというわけか。




