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悪役令息に転生したオレは、勇者のために死ぬべきか~それは処刑前夜に始まった。世界に殺されるなら、運命に抗い脱獄する――これがオレの物語だ~【完結】  作者: 未玖乃尚
第六章 勇者、悪役と観察者そして……

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69 エピローグ:イズル

 オレの新たな物語が、また始まる。


 背中がひんやりとする。肌寒さに身震いした。

 そっと、頬に触れる温もりがあった。後頭部をつつむ柔らかさに意識を注いだ。

 鼻を掠めたむず痒さに、目を開ける。


「あ……」

 久々に聞く声は、吐息を零したような小さな響きだった。

 黒髪の先端がオレの頬をくすぐる。


「サラ……か?」

 前かがみで覗き込む瞳に光が灯った。

「イズル?」


 ゴン!

 頭を打った。

 膝枕をしていたサラが急に立ち上がったためだ。


「おい。急に立つな」

 オレは頭をさすりながら体を起こした。


「人を心配させといて、甘ったれるんじゃありません」

「お、心配してくれてたのか?」


「この……!」

 サラは拳を振り上げながらもため息をつくと、俺の胸元を叩いた。

「相変わらず口が減らない人ね」


「オレは……戻ってきたのか?」

 周囲を見渡した。


 装飾を施された石柱は、欠けたり亀裂が入ったりして戦闘の余韻を残していた。硬質な石畳がめくれて散乱している。

 高慢な顔立ちのサラが片手を腰に当て、呆れたようにオレを見ていた。


「まったく、相変わらず無茶をするんだから」

「見てたのか?」

「糸を通してしっかりと」


 サラが人差し指を振るうと、金色の糸が跳ね上がり彼女の指に収納された。糸の可視化が可能なのは、繋がっている間だけだ。


「まるで、小説世界を映像で鑑賞しているようでした。なので、あなたの悪行三昧は目に焼き付いてます」

「とにかく、サラのおかげで助かったよ」


 糸の導きがなければ、オレはまだここに帰れていなかったかもしれない。

 気を抜くと、首が倒れそうになった。深い眠りの最中に、無理やり叩き起こされたように、頭がぼんやりして靄ががっていた。


 どれくらいの時間、オレは小説に閉じ込められていたのだろうか。

「一冊の本を読む、それくらいの時間ですよ。あなたが眠っていたのは」

 オレの疑問を汲んだのか、サラが説明する。


「とはいえ、その間ずっと、私も気を張り詰めていて疲れました。先に帰りますよ」

「オレを置いてくのかよ」

「あら、忘れてらっしゃるのかしら? あなたは一人じゃなかったはずでしょ」

 踵を返して、サラは手を振りながら歩き出した。


 そうだ、まだあいつがいる。

 オレは胸に宿る気配を感じた。

 契約を交わして、結ばれあった天使リュシエルが目の前に出現した。

 

 …………


 想像通り、イズルは小生意気な顔立ちで、余裕を持って人を試すような、そんな笑みを浮かべていた。こんなツラでジュリアン・エルミオンを演じていたのだと思うと妙に納得した。


 無造作に伸ばした前髪の先端はギザギザしていて、鋭い目つきの印象をより強調させた。

 相手を見透かすような光を瞳の奥に湛えるが、どこか子供のような無邪気さが宿る。


 複雑さと単純さを兼ね備えた、掴みどころのない男だった。

 予想はしてたけどさ……

 何を話そうかと躊躇った。


 体が強張った私に対して、イズルは肩の力を抜いた自然体だった。

 ずるいな、こいつは。

 イズルは私に手を出して、表情を崩した。


「お帰り」

 目尻を下げたイズルが、私の緊張を簡単にほぐした。


 心臓が跳ねた。

 こいつ、こんなにカッコよかったの?

 違う。これは顔が原因じゃない。


 頬が火照った。

 ジュリアンのときは、ここまで思わなかったんだけどな。

 頭で描いていたイズルは、私の妄想を超えていて……


 反応に困る。

 見て……られない。


「何か、よそよそしいな。あ、オレのカッコよさに見とれてたんだろ」

「違うわ!」


 ぺちっ。

 頬を叩く。いつもの、リズムだった。

 鼓動が少し、落ち着いた。


「ていうか、また手のひらサイズに戻ってるな」

 イズルはヒョイっと私を膝に置いた。


「人間界で天使姿ってのも目立つでしょ?」

「ああ、小さくなれば、見えなくなるんだっけ?」

「ううん、違うよ」

 だってこの世界では、私の肉体はノイズじゃない。

「イズルでなくたって私の存在を確認できるよ」


 私は、ここにいる。

 みんなが私に気付く。

 会話だってできるよ。


「たまには、本当の姿も見せてくれよ。オレをあの世に連れてく時じゃなくてな」

「ふふん。そんなに私の美貌を拝みたいか」


 私は胸を張って顎を突きだした。

 イズルの横顔を眺める。


「そうだな、ずっと見てたいな」

 どこの世界でもやっぱり、イズルは恥ずかしいセリフを真顔で言うようなヤツだった。

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