66 《主人公:私》私の物語
天騎士は神の敵を殲滅するだけの存在だ。顔を構成する目、耳、鼻、口どころか感情すらない。
無機質な白磁の鎧は、そんな天騎士の機能を象徴しているようだった。
漆黒に潰された私の翼とは対照的だ。
天騎士が起動した。私の魔力を吸い上げ、イズルに白磁の剣を払う。
イズルは天騎士と剣を交えながらも、地上の私に気を配る。
「大丈夫か、リュシエル」
動力源が私であることを察しているのだろう。
私の存在そのものが、イズルを命の危険にさらしている。
翼の痛みが鈍く疼く。
ずしり、という圧迫感が頭上から降り注ぐ。
イズルが歯を食いしばり。刀身で天騎士の一撃を受け止めていた。
私の罪悪感が、あいつの力を増強させている?
神への裏切りが、修正力を具現化させ天騎士へと昇華させたの?
だとすればこれは、神を裏切り、人間と結びついたことに対する私への罰だ。
私の翼から聖気を奪い、天騎士は神の代行者として、対象者を裁く。
これは、私自身がイズルを殺すという構図だ。
さっきと何も、変わっていない。
「面白いな!」
イズルは笑いながら斬り返した。
何を……言ってるの?
「修正力が天騎士というイレギュラーと融合しやがった。手立てを失った証拠だ」
イズルは高笑いをしながらも、天騎士と鍔迫り合いをしている。
「お前も笑ってやれ、リュシエル。神はこの展開を傍観することしかできない。裏切り者の天使に対する罰が、この程度だぞ!」
鍔迫り合いを崩そうとイズルが頭突きをする。
「いてっ!」
天騎士を蹴り飛ばして距離を取ると、イズルは浮遊魔法を解除して地上に降りた。
「石頭だな、たんこぶできたぞ」
イズルは額をさすりながら私を振り返った。
「しけたツラすんな、まかせろ」
ずっと……イズルが戦っているのを見てきた。
いつもすぐ傍で、イズルがどんなに苦しんでいても、助けることなく、ただ傍観していた。
「この期に及んで、神は直接オレたちに手を出せなかった。こんなへっぽこ騎士に代行させることが、神の限界だ。笑うなと言うほうが無理だろ」
胸の奥を焼いた痛みは、やがて心地良い息苦しさに代わった。
「最初から決めてたんだよ。神から天使を奪ってやるってな。今がその時だ!」
手のひらサイズだったあの頃よりも、イズルの背中が大きく見えた。
近づけば、彼の姿をもっとくっきりと刻めるだろうか。
この温かな想いとともに。
彼の肩に触れる。
やっと、届いた。
私が主人公の物語が始まる。
「もう、イズルだけにまかせたりしないよ。これは、私の物語なんだから」
傍観者はやめた。
私は自分の意志でイズルと戦う。
そして、神の檻から抜け出すよ。
「お、その小生意気な笑顔、調子が出てきたな。やっぱり、リュシエルはそれくらいがちょうどいい」
指摘されて頬に手を触れた。
そうか!
神を失っても私はこんなに笑えるんだ!
「やっかましい。イズルのほうが生意気だってば」
私は灰天使リュシエル。
最も半端で、最も自由な天使だ!
「その力、返して貰うわよ」
人の魔力を奪っておいて、勝手に使うなっての。
槍を召喚した。
力ずくでも取り返す。
三本の神槍、二本の魔槍が天騎士に襲い掛かった。
「お、あの面倒な攻撃か」
イズルが感嘆の声を上げる。初撃をかわしても、自動で追尾する。
天騎士は空を飛びながら体を翻し、のらりくらりと槍をかわしている。
たやすく逃れられる攻撃ではないのだけど。
召喚者である私の魔力が半減しているため、稼働時間が短く、威力も速度もイズルを相手にしたときより劣る。
間隙をついて天騎士が光を迸らせて攻撃する。イズルは障壁で無効化する。
渾身の一撃は隙を生む。五本の槍が天騎士を貫こうと空間を駆けた。
天騎士が一点に集まった槍の軌道を捻じ曲げると、槍が天騎士から逸れた。
イズルになら伝わる。
私が魔槍を手元に残した意味。
あの時に酷似したこの状況。
天騎士目掛けて魔槍を放った。
これが私たちの共闘だ。
刃が天騎士の眉間に迫る。貫く直前、天騎士の輪郭がズレた。顔を背けたことで、槍は空間を突き抜けた。
「ナイスだ!」
天騎士の背後に影が現れる。
閃光が縦に走った。剣を振り下ろした体勢で、イズルは満足げに唇を歪めた。
天騎士の脳天に裂け目が生じた。切り口から光の粒子が飛び出した。
宙に舞った粒子は、晴れ間に降る雨のように、落ちてくる。私の肌に触れ、染み渡る。
両断された天騎士が光に変貌して、青空を満たす。私は瞼を閉じて空を仰ぎながら、粒子を浴び続けた。奪われた魔力を取り戻して、漲る力を感じた。
これで私は……正式にイズルの天使になったんだ。
灰天使として、私はイズルと進むことを選択した。
翼を触れられるのを感じて目を開ける。
イズルが漆黒に染まった翼を撫でた。
「真っ黒だな」
気にしないで、と言おうとした。片翼とはいえ、神聖さを失ったのはイズルのせいではないのだと。
だが、イズルはそんなことを気にけかけるようなヤツじゃなかった。
「カッコよくなったな」
「はあ?」
思わず変な声が出た。
こいつは何を言ってるの?
外見的な良し悪しを話す場面じゃないでしょ。
「真っ白だと眩しいし、真っ黒だと暗いし、両方の良いとこどりだ。他の天使からも羨ましがられるだろ、これ」
「あのね、左右の翼が白黒になるのは、灰天使って言って……」
神に従うわけでも、主体的に敵対するわけでもない、一番中途半端な……
私は翼に触れるイズルに手を重ねた。
「そっか。カッコいいかな?」
カラスのような漆黒の翼は、左の純白に対比させてこそ美しく映える。
「白のリュシエルと、黒のオレ。天使と悪役を象徴する組み合わせだ」
「私だってもう、悪役だよ」
世界から疎まれる存在かもしれない。それでも、清々しかった。
「うん、確かに。カッコいいね、この翼」
腰を捻って、左右の翼を見比べた。
言われてみれば純白天使より、こっちのほうがいいじゃん。レアだしね。
「美人のリュシエルだと、より引き立つな」
「でしょ? やっぱりイズルは分かってるな。私の魅力がさ」
ジャンプして体をくねらせ、翼の具合を確かめる。
むしろ、いつもより軽いかも。
「やっぱり、リュシエルは褒めるとつけあがるな」
「いいじゃん、これが私なんだから」
「そうだな、怖いリュシエルはもう勘弁だ」
「うん」
私はイズルの袖を掴んだ。そんな私に、イズルは不思議そうにする。
「ごめんね」
謝罪の言葉が出ていた。イズルは、私の頭に手を置いて答える。
「帰ろう。オレたちの物語はまだ続くんだからな」
イズルは竜鱗のペンダントに念じた。




