65 《悪役:私》朧気な輪郭
繋ぎの儀式は、互いの魂を結ぶ儀式だ。
儀式はイズル主導で行われた。
イズルが腕を横薙ぎに払うと、二人を中心にして足元に魔法陣が描かれた。
薄紅色の煌めきに包まれた。
「神との儀式もこんな感じなのか?」
魔力が迸り、イズルの髪を噴き上げる。
荒れる狂う魔力の渦に動じることもなく、イズルは頭上にも魔法陣を展開する。
「天使は生まれたときから天使」
だからこそ、神を裏切るなんて想像もしない。
神のために生きて、死んでいく。
それが私の物語。結末に向かって生きていくだけだった。
「だから儀式なんて初めてだよ」
これは私が選択した道だ。イズルだけを悪役にしたりしない。私も悪役として同じ道を歩くよ。
世界がイズルを悪役だとみなしても、私の物語では、イズルは自由をくれるヒーローだ。
胸に手を押し付けた。鼓動が高鳴る。
自分で選ぶということは、これほど不安になるものなんだ。
イズルが私の肩に触れる。
私はイズルごと翼で体を包んだ。
羽毛にくるまれ、私とイズルの体温が混じりあう。
こんなことになるなんて、予想してなかった。
牢獄でのイズルは、ただのジュリアン・エルミオンで、私にとっては死を背負う登場人物でしかなかった。
勇者パーティーに加わることを拒否したイズルは、私の同行者になった。
祝勝会でブドウを食べさせ合って、私はイズルの死を思い出にすることを決断した。
真理の剣が、世界の真実を暴き始めた時、別離を予感し、私が知っている顔はイズルではなく、ジュリアンだと知った。
妄想の中で彼を描くようになった。
儀式の準備を終えたイズルが私を見下ろす。
妄想のイズルはいつも線の残骸だった。
今なら、こうして瞼を閉じると……
「ん……」
私は唇を突き出した。
ほら、朧気だけど輪郭が浮かんでくる……
きっとこれが現実世界のイズルだ。
額に、指先が触れた。イズルは少し力を入れて私を押した。
「チャンスだよ? 今なら、いいけどな」
「それは魅力的だが、どうせなら……」
「何よ。照れるような性格でもないでしょ」
照れてるのは、むしろ私だ。それくらい言わなくても分かって欲しい。
睨んでやろうと目を開けると、イズルの言おうとしたことを理解した。
やっぱりここに彼はいない。
「イズルに戻ってからだな」
そう、ここはまだ小説世界で、イズルはジュリアンなんだ。
私が絵を描く場所は、ここじゃない。
「もうこんなチャンスないかもね」
ぶっきらぼうに答えながらも、こみ上げる笑いを堪えた。
イズルは柔らかに頬を緩ませ、私の髪に手を置いた。
伝わっている。
くだらなくて、尊い私の妄想が。
「あとは、お互いの魂を接続するだけだ」
「イズルに、捧げるよ……」
私は翼の羽根を一片差し出した。ふわりとした羽毛を握らせる。
イズルはきょとんと私を眺め、黙って受け取った。
「そういえば、牢獄ではむしり取ったっけか」
「ひどいよ。ちょっと痛かったんだよ」
レベル1から、イズルは作中最強まで上り詰めた。
追い詰められるほどにイズルは力を発揮した。いや、ノイズとして、本来の力を引き出していったのだろう。
きっと私の行動に関係なく、イズルは、この結果に辿り着いていた。
「悪かったな。他に脱獄する方法も思いつかなかったしな」
イズルはバツが悪そうに頭を掻きむしる。
「オレに捧げるものってあったかな? 髪の毛とか?」
魔術的な儀式に髪を使用するのは珍しいことではない。
「いらない」
私は首を振る。
「それは対等な関係になる場合。イズルは、私の神になるんでしょ?」
「リュシエルは、それでいいのか?」
「天使には……神が必要なんだよ」
イズルの手にあった羽根の光が、震えて弾けた。
接続が完了する。
彼の髪が風にさらされた。
イズルは神の牢獄から逃れ、天使を唆した悪役として、新たな罪を背負う。
チリっと胸の奥で火花が散った。小さな焦げが私の中に広がった。
翼に灯った白光が上空へ突き抜けた。
「何だ?」
イズルが空を仰いだ。私も反射的に光を追い、発生源の右肩を振り返る。
「リュシエル。翼が……」
私は知っている。
他種族に従属した天使は代償として、片側の翼から神秘を失う。
羽毛が輝きをなくした。白光を奪われた翼は闇に落ちる。
暗黒が音を立てるように地に向かって羽毛をなぞり、黒く撫で下ろす。
神聖の象徴である純白が、漆黒に染まった。
翼に宿る治癒の効果は半減する。
天使でも堕天使でもない、半端な存在、純白と漆黒が混在する灰天使となって。
「リュシエル!」
イズルの影がよぎった。
私を背中に隠して、剣を抜く。
「何かいるぞ」
空に漂う白光が唸りを繰り返し、空間を巻き込みながら凝縮する。
生じた球体が伸縮しながら陰影を形作った。
三枚の翼だった。それはまるで天使の翼を模したような。
右側の翼の付け根が疼いた。
魔力を剥ぎ取られた。
その刹那、イズルが陰影へと斬りつけた。
「この野郎」
剣が障壁に阻まれ鈍く音を立てた。
私の魔力を吸い取った影が、騎士へと変貌した。
天騎士。聖なる力で敵を裁く神の尖兵だ。




