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悪役令息に転生したオレは、勇者のために死ぬべきか~それは処刑前夜に始まった。世界に殺されるなら、運命に抗い脱獄する――これがオレの物語だ~【完結】  作者: 未玖乃尚
第六章 勇者、悪役と観察者そして……

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63/70

63 《当事者》勘違いしてしまうくらいに

「さて」

 イズルは剣を拾い鞘に戻し、戦闘で汚れた服を払う。


 私はイズルを殺せなかった。

 それだけのことで事態は改善していない。


 勇者が竜王を倒すという大筋が守られながらも、筋書きから死の運命を負わされたイズルが生き残っている。

 イズルが勇者を打ち破ったことで、修正力は限界を迎えた。

 この世界は宙ぶらりんの状態だ。


「イズルはどうするつもりなの? このまま崩壊を待つつもり」

 筋書きの瓦解は、心血注いで作り上げられた物語が消滅することを意味する。

 イズルは空に生じた亀裂に手のひらを重ねた。


「リュシエルは見落としている。オレが死ぬ以外にも、修正力を戻す方法はある」

 私はイズルの言葉の意味を探った。


 イズルの存在が世界に負荷を与えている。 

 だとしたら……


「ノイズが消えることだ」

 イズルは、それが何を意味するのか察しているのだろうか。

「ノイズという病原体が外へ出れば、物語は病気が完治したように元に戻る。つまり、オレたちがいなくなれば、物語は正常化される」


 機能不全に陥った勇者物語が復元される。

 空の亀裂は、筋書きの狂いにより生じた歪み、現実世界とを結ぶ接点だ。

 亀裂はイズルが真理の剣を振るう度に広がり、今では通り抜けられるほどの大きさになっている。


 イズルは軽く考えているが、私にとっては存在を揺るがすほどの選択だ。

 やはり、私とイズルの物語はぶつかるのだろうかという、痛みが生じた。


 私は、天使リュシエルなんだよ?


 イズルは、神によって小説世界という牢獄に閉じ込められた。

 転生だろうと幽閉だろうと処刑されれば同じだ。


 私はイズルの表現が確定を見届けるまでの、いわば番人。脱獄を見過ごすことは神への裏切りだ。


「迷っているのか?」

 イズルは私の心を見透かしたように言う。

 迷う、迷わないの問題じゃない。

 天使としての私の答えは聞かれるまでもなく、決まっている。


「イズル、私は……」

「神に逆らえないなら、オレがお前の神になってやる」


 イズルは私が想定してもいなかったことを躊躇いもなく口にした。

 さすがに呆気にとられた。

 私にできたのは唇をパクパクさせて、バカとかアホとか雑多に浮かんだ言葉を、どう叩きつけて罵倒してやろうかと考えることだった。


「オレと外へ出よう」

 その誘惑は私の意識を、淡く金色に輝かせる程度には、魅力的だった。


 もしかして夢が叶うのかと勘違いしてしまうくらいには……

 夢、と表現してしまうのもおこがましい、妄想でしかなかった。

 描いてはくしゃくしゃにして、投げ捨てた絵のようなものだった。


「二人で生きて帰るってこと?」

 声が震えた。


「この世界がオレを死に招く牢獄なら、脱獄して生き延びる。そして、ハッピーエンドにはお前が必要だ」


 イズルはすぐ茶化すし、自己中だし、自意識過剰で女好きだし、性格悪いし、悪役だし、人の立場なんて考えないし、でも私はいつの間にかイズルとの世界を妄想してた。

 そこにいたのはいつも、顔がないイズルだった。


「まだ、迷ってんのか?」

 イズルの手が、重なった。

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