61 《反逆者》目指す方向
「私はイズルを殺そうとしてるんだよ。今のは私を斬る最大のチャンスだった」
リュシエルはおかしなことを言う。
吐き出した言葉は、そのまま彼女の矛盾を炙りだす。
「よく言うな。どのみち障壁に阻まれて剣は届かなかった」
天使として異物を殺すつもりなら、そのまま槍で心臓を貫くだけで済む。
オレを殺す最大のチャンスを前に、話を続ける必要性はあるのか?
届かない問いを投げかけた。
「私が殺気の有無を判断できないとでも思ってるの? あんたは防御一辺倒で、はなから戦いを放棄してた」
矛盾を察しているのか、それとも認識できてないのか、リュシエルは苛立ち混じりに言う。
オレ自身、彼女の本心は分からない。
「いいの? こんな結末で。手を抜いて戦って最後に死ぬ。あんたはこんなエンディングのために、この物語を紡いできたの? 私と一緒に過ごしてきたイズルは、もっと……」
感情の行き場を探すように、リュシエルは地面を蹴り上げた。
「もっと生きることに貪欲だった。生き残ることだけのために戦ってきたんでしょ。筋書きを壊してまで。この世界を敵に回してまで!」
ああ、こいつもオレを分かっていない。
オレたちはお互いをまるで理解していなかった。
長いようで短い時間。交わるには十分な時間でも、理解し合えるには足りない。
オレの物語の主人公は、オレだ。
だが、オレの人生の目的は生き残ることじゃない。
掴みたいものを掴むこと。
オレが望むものを手に入れることだ。
「オレはもっと傲慢な男だぞ。生きたいように生きるし世界のことなんぞ、どうでもいい」
感情の赴くままに生きるのがオレだ。
「だったらもっと、自分の欲求に忠実になりなよ。私を殺せばイズルの望みは叶う。私がいなくなることこそが、イズルのハッピーエンドの条件だ。物語がぶつかり合うなら、どちらかが壊れるまで……でしょ?」
「リュシエルのハッピーエンドはオレの死が条件か?」
天使の睫毛が震えた。
「そうだよ」
「オレが死ねば、お前は笑えるのか?」
「そりゃそうでしょ。私の役目はイズルの死を見届けること。元の世界に戻ったら、また温かい食事を食べられる。フルーツも……ケーキだって!」
「そこにオレはいないんだな?」
リュシエルの瞳が、溢れ出す湖面のようにたゆたう。
彼女は瞼を伏せてオレを見返した。強い光を宿そうとして。
「そんな絵は描けない。私の未来にイズルの姿はないよ」
「ならいい」
オレの答えは出ている。
お前が笑顔になることも、オレの物語の目的の一つだ。
だったらそれを掴む。
オレたちの物語はぶつかりあっても、目指す方向は同じだ。一つの結末に導かれるなら、どちらの物語も壊れることはない。
リュシエルの槍が緩やかに揺れる。オレは左手で心臓の位置へと誘導すると、剣を捨てた。
「場所を間違えるな、ここだぞ」
オレには手に入れたいものはたくさんあるし、これからも出てくるだろう。
全て自分のものにしないと気が済まない。
だから、まずは目の前に欲しいものがあればオレのものにする。
お前の望みは……
そしてオレの望みがお前の笑顔なら……
オレたちの物語は、寄り添いながら絡み合って進むことができる。
「どうして……?」
リュシエルが涙を零した。
頬を流れた粒は風に攫われ、弾けた。
「お前はオレを何だと思ってんだ。生き残るだけの人生なんてつまらない。生き残った先で、お前が笑っていないなら、意味なんてないだろ」
オレは生き残るために戦ったんじゃない。
これからも、お前や大切なヤツらとともに、オレの人生を満喫するためだ。
「オレのハッピーエンドの条件は、お前が笑ってることだ」
刃の先端がオレの服を掠めて裂いた。リュシエルは逆らうかのように槍を自分のほうに引き戻そうとした。
「ノイズであるオレが死ねば、お前は元の世界に戻れるんだぞ。笑え」
手から重みが、なくなった。
神槍が、消失した。
「笑えないよ」
リュシエルは上段の翼で表情を隠した。
「私の物語にはまだ、イズルの小憎らしい顔を見てやるって目的があったのを忘れてたよ」
翼の中からいつものリュシエルの声が漏れた。
抗えない感情を抑えるように、息を詰まらせながらも、明るくリュシエルは言った。




