58 《観察者》線の残骸
澄んだ緑の香を胸一杯に吸い込みながら、草むらに座ってイズルと食事をしていると、ふと考える。
だから、これは、いつものただの妄想だ。
例えば、木のテーブルにお皿を並べて、イズルと食事を取る。
私たちはいつものように軽口を叩き合う。
例えば、お店で食後にフルーツを食べる。
果実を食べさせ合うこともするだろう。
例えば、家でケーキを食べる。
がさつなイズルだから、きっとほっぺにクリームをつけて、そして私は……
いつも、そこで妄想は途切れる。
私はイズルの顔を知らない。
思い描こうとしても、浮かぶのはジュリアンであってイズルじゃない。
キャンバスに描こうした絵が気に入らなくて、苛立ちを紛らわせようと鉛筆で乱雑に潰す。
私の中のイズルは、そんな完成を放棄した絵に沈む、絡んだ線の残骸だ。
本当のイズルを見ることも、もちろん触れ合うことなど永遠にこない。
だから、私はきっと、いつか描くことを諦めて、全ての失敗作を破り捨てるだろう。
それが未練を捨てるって、ことなんだ。
記憶はいつか、時間とともに薄れていくはずだから。
「何ぼけっとしてんだ」
食事を終えたイズルが片肘をついていた。
「いいね、イズルは悩みがなさそうで」
「さりげなく、オレをお前と同類にするんじゃない」
イズルは欠伸をして、グラドールの尻尾に頭を預けて横たわる。
「さて、朝食後の一服を終えたら、竜王城へ出発だ」
こうして私たちの最後の食事は終わった。




