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悪役令息に転生したオレは、勇者のために死ぬべきか~それは処刑前夜に始まった。世界に殺されるなら、運命に抗い脱獄する――これがオレの物語だ~【2/2完結予定】  作者: 未玖乃尚
第六章 勇者、悪役と観察者そして……

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57 《悪役》砂礫すらも彩りとなる

 エミルの右手には破邪の剣、左手には竜鱗の剣があった。

 竜王を相手にしてもなお圧倒する力とスピード、これが覚醒したエミルか。


 放たれる殺気が、針を突き立てるようにオレの肌を掻きむしる。

 今なら分かる。

 グスタフを倒した祝勝会で、竜王はオレとエミルを追い詰めながらも退却した。

 真の勇者として、目覚めさせることを恐れたのだろう。


「真理の剣は僕が貰う」

「おいおい、勇者様が強盗か。その言葉をゴードンやキュロが聞いたら泣くぞ」

「その名を口にするな!」


 エミルの背中に黒炎が立ち上った。光を象徴していた勇者は、闇を纏い空間を黒に塗り潰す。


「ジュリアン。お前がいなければ、きっと僕たちはうまくいった。ゴードンもキュロも生きてここに立っていたはずだ」

「知るかよ」

 真理の剣の切っ先が鈍く輝く。


「結果を人のせいにするな。お前は誰もが、勇者の地位を保証してくれるとでも思ってたのか」

「何だと」


「お前の物語では、オレはきっと悪役なんだろう。けど、そんなことはオレにはどうでもいい。オレの物語の主役は、お前じゃない。オレ自身だ。お前のために死ぬ気なんてさらさらない」


 エミルを包む闇は、オレを深淵へと誘っている。

 今か今かとオレの死をこいねがう。

 修正力が、オレの命を欲する。


「剣が欲しけりゃ、オレを殺して奪え。そうすれば全ては正常化する。お前にとって都合がいい、誰もが勇者エミルともてはやしてくれる世界が開けるさ」


 なあ、修正力よ。

 正規ルートの敵をぶつけ、登場人物の感情を利用してもなお、オレを殺せなかった。

 これがお前の切り札か。


 ゴードンとキュロを殺すことでエミルの精神を砕き、勇者を作中最強へと押し上げた。

 だったら、これを乗り越えれば、お前はオレを殺す手立てを失う。


「イズル、あんたはいつまで抗うつもりなの。こんなの許されない」

 リュシエルが視界を遮った。哀願するかのような表情だ。


 美人の彼女に請われれば、受け入れたくもなるがやはり無理な話だ。

 これだけ長い時間行動を共にしながら、まだオレを理解していないのか。

 自分の物語を紡ぐ以上、オレはオレの思うように行動する。


「リュシエル、オレは最初から何も変わってないぞ。物語の都合で死ぬつもりはないってな」

「私だって、変わってない。だから、このままだと、最悪なことに……」


 リュシエルをすり抜けて、剣閃が走った。

 ドワーフのマントが防御障壁を発動させた。

 破邪の剣がたやすく斬り裂く。


 やはりそうか。

 竜鱗の剣が脳天へと落ちてくる。真理の剣で弾いた。


 エミルはオレを完全に悪だとみなしている。ならば、オレの障壁は全て無効化される。 

 上下左右からエミルの剣が飛んでくる。


 完全にはさばききれない。切っ先が肌を掠める。

 血の華が咲く。


「あーうっとうしい!」

 エミルの二刀流は反撃の暇を与えない。このままでは竜王の二の舞だ。

 片手剣と体さばきで攻撃をいなしながら、魔法を組み上げた。発動速度は竜王よりオレが上だ。


 側面から火竜がエミルに噛みついた。

 エミルの黒炎が火竜を焼き尽くす。


 それでいい。防がれるのも想定内だ。

 一瞬でも動きを止めれば……


 真理の剣が紫紺の刃に変貌する。

 叩きつけた。竜鱗の剣が阻む。

 互いの剣が軋み、響き合い、肉体に震えをもたらす。


 オレとお前の主張がぶつかるならば、どちらかが壊れるだけだ。

 真理の剣と竜鱗の剣が拮抗する。無防備な左側から、破邪の剣が襲ってくる。

 オレはペンダントを引きちぎった。


 リグルド、いい情報をくれたな。破邪の剣は、竜鱗を無効化することはできないってか。

 軌道を読む。魔力を注いで強化させた竜鱗が膨張し、破邪の剣の軌道を反らした。


「なっ……」

「こんなものでも役に立つもんだなっ!」

 エミルの顎を蹴り上げた。


 真理の剣が、防御に回った破邪の剣に食い込む。振り下ろした。

 亀裂が生じ、破邪の剣が刃の中央で折れた。


 これで互いの剣は一振りずつ。

 エミルが竜鱗の剣を構え追撃に備えた。

 最後の戦いは二人の剣が交わるだけ。


「そんなわけあるか」

 オレはエミルの狙いを読んで、魔法を発動させた。

 手数も互角だと思ったか。

 魔法を含めればオレが上回る。


 エミルの周囲を影が取り囲んだ。

 六匹の狼が影から顎を出し、次々とエミルに噛みつく。どれも並の冒険者なら致命傷となる攻撃だ。


 竜鱗の剣は攻防一体の武器だ。エミルに決定的なダメージは与えられない。

 エミルは狼への対処に意識を割かれていた。


 オレは地を蹴り、エミルの頭上を狙った。刃が見えない壁に阻まれる。

 これが竜鱗の剣の効果か。防御障壁とは違う、もっと硬質な不可視の壁が剣の到達を阻んでいた。


「だったら、ぶっ壊してやる」

 筋書きごと破壊して、オレは元の世界へ戻る。

 神だろうと、修正力だろうと、オレの物語に手出しさせるかよ。


 斬撃が、衝撃波となって全てを押し潰す。

 狼が、消失する。

 剣が空間を斬った。


「があああっ」

 エミルが頭上から降り注いだ重力に逆らおうと声を張り上げた。


 やがてエミルは抗い切れずに膝を屈し、叩き込まれる波動に抗えず、床に体を打ち付けた。

 呻き声を出して、天に向けて首を伸ばす。身を起こそうと、片膝をつき、崩れ落ちた。


「く……っそ!」

 血走った目でオレを見上げ、足を掴んで、エミルは気を失った。


 ガラッと、壊れた壁から瓦礫が転がった。

 荘厳だった竜王城の内部は、連戦により視界不良になるほどの砂埃に満ちていた。鏡面のように反射していた壁には砂が付着し、当初の輝きはない。


 吐き出した息が静寂に飲み込まれる。

 ふっ、とリュシエルが声を漏らした。

「あはははっ」

 彼女の笑い声が反響する。


「やったね、やっちゃったね、イズル」

 明るさと諦めを混ぜたような、そんな表情でリュシエルが言った。

「とうとう最悪の事態になっちゃったよ、イズル」


 リュシエルは石畳に舞い降りた。

 エミルを一瞥し、彼女は興味をなくしたかのように目を閉じる。

「勇者なら何とかするかと思ったんだけどな……期待外れだ」


 閃光が迸った。燦然さんぜんとした輝きにリュシエルが飲み込まれる。

 目を突き刺すほどの眩さにオレは手をかざした。


 眩耀げんように霞む天使を祝福するかのように、白羽がぜる。

 散乱した羽根が弧を描き揺蕩たゆたう。


 光が、砕けた。

 リュシエルの頬に、腕に、肌に触れて、光は穏やかに消える。


 天使が、いた。翼が左右に三枚ずつ連なった。

 純白の翼は砂礫されきすらも彩りへと変質させる。


「イズル。あんたは勇者が栄光の道を歩むために死ぬべきだった……」


 てのひらで笑っていた可憐な少女はもういない。

 対等な存在として。手に納まらない、等身大の女性が言う。


「とうとうこの時が来ちゃった。私があんたを殺さなければならない、最悪の事態がね」

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