57 《悪役》砂礫すらも彩りとなる
エミルの右手には破邪の剣、左手には竜鱗の剣があった。
竜王を相手にしてもなお圧倒する力とスピード、これが覚醒したエミルか。
放たれる殺気が、針を突き立てるようにオレの肌を掻きむしる。
今なら分かる。
グスタフを倒した祝勝会で、竜王はオレとエミルを追い詰めながらも退却した。
真の勇者として、目覚めさせることを恐れたのだろう。
「真理の剣は僕が貰う」
「おいおい、勇者様が強盗か。その言葉をゴードンやキュロが聞いたら泣くぞ」
「その名を口にするな!」
エミルの背中に黒炎が立ち上った。光を象徴していた勇者は、闇を纏い空間を黒に塗り潰す。
「ジュリアン。お前がいなければ、きっと僕たちはうまくいった。ゴードンもキュロも生きてここに立っていたはずだ」
「知るかよ」
真理の剣の切っ先が鈍く輝く。
「結果を人のせいにするな。お前は誰もが、勇者の地位を保証してくれるとでも思ってたのか」
「何だと」
「お前の物語では、オレはきっと悪役なんだろう。けど、そんなことはオレにはどうでもいい。オレの物語の主役は、お前じゃない。オレ自身だ。お前のために死ぬ気なんてさらさらない」
エミルを包む闇は、オレを深淵へと誘っている。
今か今かとオレの死をこいねがう。
修正力が、オレの命を欲する。
「剣が欲しけりゃ、オレを殺して奪え。そうすれば全ては正常化する。お前にとって都合がいい、誰もが勇者エミルともてはやしてくれる世界が開けるさ」
なあ、修正力よ。
正規ルートの敵をぶつけ、登場人物の感情を利用してもなお、オレを殺せなかった。
これがお前の切り札か。
ゴードンとキュロを殺すことでエミルの精神を砕き、勇者を作中最強へと押し上げた。
だったら、これを乗り越えれば、お前はオレを殺す手立てを失う。
「イズル、あんたはいつまで抗うつもりなの。こんなの許されない」
リュシエルが視界を遮った。哀願するかのような表情だ。
美人の彼女に請われれば、受け入れたくもなるがやはり無理な話だ。
これだけ長い時間行動を共にしながら、まだオレを理解していないのか。
自分の物語を紡ぐ以上、オレはオレの思うように行動する。
「リュシエル、オレは最初から何も変わってないぞ。物語の都合で死ぬつもりはないってな」
「私だって、変わってない。だから、このままだと、最悪なことに……」
リュシエルをすり抜けて、剣閃が走った。
ドワーフのマントが防御障壁を発動させた。
破邪の剣がたやすく斬り裂く。
やはりそうか。
竜鱗の剣が脳天へと落ちてくる。真理の剣で弾いた。
エミルはオレを完全に悪だとみなしている。ならば、オレの障壁は全て無効化される。
上下左右からエミルの剣が飛んでくる。
完全にはさばききれない。切っ先が肌を掠める。
血の華が咲く。
「あーうっとうしい!」
エミルの二刀流は反撃の暇を与えない。このままでは竜王の二の舞だ。
片手剣と体さばきで攻撃をいなしながら、魔法を組み上げた。発動速度は竜王よりオレが上だ。
側面から火竜がエミルに噛みついた。
エミルの黒炎が火竜を焼き尽くす。
それでいい。防がれるのも想定内だ。
一瞬でも動きを止めれば……
真理の剣が紫紺の刃に変貌する。
叩きつけた。竜鱗の剣が阻む。
互いの剣が軋み、響き合い、肉体に震えをもたらす。
オレとお前の主張がぶつかるならば、どちらかが壊れるだけだ。
真理の剣と竜鱗の剣が拮抗する。無防備な左側から、破邪の剣が襲ってくる。
オレはペンダントを引きちぎった。
リグルド、いい情報をくれたな。破邪の剣は、竜鱗を無効化することはできないってか。
軌道を読む。魔力を注いで強化させた竜鱗が膨張し、破邪の剣の軌道を反らした。
「なっ……」
「こんなものでも役に立つもんだなっ!」
エミルの顎を蹴り上げた。
真理の剣が、防御に回った破邪の剣に食い込む。振り下ろした。
亀裂が生じ、破邪の剣が刃の中央で折れた。
これで互いの剣は一振りずつ。
エミルが竜鱗の剣を構え追撃に備えた。
最後の戦いは二人の剣が交わるだけ。
「そんなわけあるか」
オレはエミルの狙いを読んで、魔法を発動させた。
手数も互角だと思ったか。
魔法を含めればオレが上回る。
エミルの周囲を影が取り囲んだ。
六匹の狼が影から顎を出し、次々とエミルに噛みつく。どれも並の冒険者なら致命傷となる攻撃だ。
竜鱗の剣は攻防一体の武器だ。エミルに決定的なダメージは与えられない。
エミルは狼への対処に意識を割かれていた。
オレは地を蹴り、エミルの頭上を狙った。刃が見えない壁に阻まれる。
これが竜鱗の剣の効果か。防御障壁とは違う、もっと硬質な不可視の壁が剣の到達を阻んでいた。
「だったら、ぶっ壊してやる」
筋書きごと破壊して、オレは元の世界へ戻る。
神だろうと、修正力だろうと、オレの物語に手出しさせるかよ。
斬撃が、衝撃波となって全てを押し潰す。
狼が、消失する。
剣が空間を斬った。
「があああっ」
エミルが頭上から降り注いだ重力に逆らおうと声を張り上げた。
やがてエミルは抗い切れずに膝を屈し、叩き込まれる波動に抗えず、床に体を打ち付けた。
呻き声を出して、天に向けて首を伸ばす。身を起こそうと、片膝をつき、崩れ落ちた。
「く……っそ!」
血走った目でオレを見上げ、足を掴んで、エミルは気を失った。
ガラッと、壊れた壁から瓦礫が転がった。
荘厳だった竜王城の内部は、連戦により視界不良になるほどの砂埃に満ちていた。鏡面のように反射していた壁には砂が付着し、当初の輝きはない。
吐き出した息が静寂に飲み込まれる。
ふっ、とリュシエルが声を漏らした。
「あはははっ」
彼女の笑い声が反響する。
「やったね、やっちゃったね、イズル」
明るさと諦めを混ぜたような、そんな表情でリュシエルが言った。
「とうとう最悪の事態になっちゃったよ、イズル」
リュシエルは石畳に舞い降りた。
エミルを一瞥し、彼女は興味をなくしたかのように目を閉じる。
「勇者なら何とかするかと思ったんだけどな……期待外れだ」
閃光が迸った。燦然とした輝きにリュシエルが飲み込まれる。
目を突き刺すほどの眩さにオレは手をかざした。
眩耀に霞む天使を祝福するかのように、白羽が爆ぜる。
散乱した羽根が弧を描き揺蕩う。
光が、砕けた。
リュシエルの頬に、腕に、肌に触れて、光は穏やかに消える。
天使が、いた。翼が左右に三枚ずつ連なった。
純白の翼は砂礫すらも彩りへと変質させる。
「イズル。あんたは勇者が栄光の道を歩むために死ぬべきだった……」
掌で笑っていた可憐な少女はもういない。
対等な存在として。手に納まらない、等身大の女性が言う。
「とうとうこの時が来ちゃった。私があんたを殺さなければならない、最悪の事態がね」




