55 《悪役》絶えない笑み
煌びやかだった白銀の鎧は、無数の傷ですすけて、光を失っていた。初めて会った時の優雅さはなく、鈍く濁った影が鎧を染める。
赤味を残す頬の傷が、歪んだ。
勇者エミルが戦闘を楽しむかのように、口元を吊り上げて笑った。
廊下でぶつかり合う破邪の剣と竜鱗の剣が、閃光を走らせ、衝撃波を迸らせた。空気の振動で柱と壁が削れ破片がパラパラと廊下に落下する。
壁がひび割れる。
エミルの歯がむき出しになった。
剣を防いだ竜王の足元が崩れる。バランスを崩した竜王が、剣を払ってエミルの接近を拒んだ。翼を広げて空中へ逃れると魔力を放つ体勢に入った。
手すりを蹴ったエミルが瞬時に距離を埋める。
竜王に詰め寄り連撃を叩き込む。
「おいおい、何が起きてんだ。全く見えねえぞ」
リグルドは両者の動きを追い切れず、生じる音を頼りに首を巡らせるだけだ。
「エミルだけで、あそこまで竜王と渡り合うなんて。やっぱり勇者は規格外の存在なんだ」
リュシエルの瞳が目まぐるしく跳ねまわり、戦闘の行方を追っている。
「おっさん。見えないなら、ここにいても仕方ないだろ。外へ出てろ」
「ワシは、ワシが打った剣で、竜王がこの世を支配する様をだな……」
「そんな未来はもう訪れないな」
オレが参戦すれば、竜王は即座に終わる。
竜王は剣で凌ごうとするが、手数は勇者が上回っている。間に合わない刃を、体の鱗で弾きながら反撃を伺う。
エミルが剣を振り下ろした。
見上げるオレと視線が合った。
エミルは余力を残している。
リリアの村で共闘したエミルは、二刀流だった。
オレに見せつけるつもりなのか、勇者が本来の戦闘スタイルへと変貌した。
無銘の剣が竜王の肩口を裂いた。刃が初めて竜鱗を突破した。
「ぐっ!」
竜王が苦痛に呻く。
エミルの口が動いた。
僕の勝ちだ。
オレの目に告げるようにエミルは言った。
破邪の剣が竜王の片腕を切断した。
腕がリグルドの足元に転がる。リグルドは声を飲んで飛び上がり、尻をついた。
「バ、バカな……ワシが鍛えた剣だぞ。強化した竜鱗を無効化するなんてことが」
「違う。単にエミルの攻撃力が、竜鱗を上回っただけだ」
エミルの速度が上がる。
左右の剣が竜王の体を連続で斬りつける。飛翔しようとする竜王の翼が奪われる。
翼をなくしては、空中での動きは制御できない。
「早く行け。お前こそ、巻き込まれて死ぬぞ」
オレは出口を指差す。
リグルドは這いずりながら小刻みに首を縦に振り、城外へと走り出した。
「イズル、竜王はもう……」
リュシエルが呟く。
エミルは攻撃の手を緩めなかった。
竜王の傷口から散った緑の血が、雨となって降り注ぐ。
「あいつがあそこまで強くなってるとは予想外だったな」
竜鱗の剣が床に突き刺さった。
続いて竜王に跨ってエミルが衝撃音を轟かせた。
破邪の剣が、心臓を貫いていた。
「やあ、ジュリアン」
ふらりとエミルが立ち上がる。呼吸の乱れはなかった。
髪から白銀の鎧まで、竜王の血が滴っていた。
そんな状況であってもエミルは笑みを絶やさなかった。
「遅かったね」
エミルは嬉しそうに言って、無銘の剣を投げ捨てた。
左手で床から竜鱗の剣を抜く。
「僕の勝ちだね。竜王を先に倒したのは僕だ」
エミルは握り心地を確かめるように、竜鱗の剣を振ったり傾けたりしている。
「うん。この剣は僕にこそふさわしい。どう思う?」
「知らんな。オレにはこれがあるからな」
オレは腰に吊るしてある白銀の剣を叩く。
エミルの歯が軋んだ。
「真理の剣、か」
「そんな血塗れの剣より、こっちのほうがカッコいいだろ」
「それさえあれば、僕たちは……」
エミルは目を閉じて、天井を仰いだ。
再びオレを見据えて、エミルは言った。
「勇者は二人もいらない。どちらが本物か決めようじゃないか」
修正力が選んだ最後の駒は、竜王ではなく勇者だった。




