54 《悪役》朝日に霞む竜王城
岩山から眺める竜王城は、青空の果てで煌びやかな朝日に霞んでいた。
すぐ後方には荒野が広がっており、孤高の存在を際立たせていた。
竜を駆って朝日に飛び込んだ先にあったのは、反射して漆黒に染め上げられた門だった。
見上げる竜王城は、黒く艶やかに輝いている。
「私が案内できるのはここまでだ」
「約束だからな。ここまで飛んできたから楽が出来た。歩いて竜王の間までいけば、準備運動くらいにはなるだろ」
オレはグラドールに手を上げて別れを告げた。
「もしも……」
背中からグラドールの声が届く。
「もしも、竜王を倒すことが出来たら竜鱗に念じろ。好きな場所に連れて行ってやる」
オレは振り返ることなく手を振った。
この先で何が起こるのかは、分からない。竜王の城は、この先の闇を象徴しているかのようだった。
オレを暗黒へと誘い、飲み込めば、世界は安寧を取り戻せる。
朝の冷えた風は、錯乱したかのようにヒューヒューと鳴っている。
門を飛び越える。朝日が厚い雲で覆われ、光が遠ざかった。
城内までは黒い石畳が続いていた。
「イズル」
リュシエルが話しかけてきた。
「残念だったな、リュシエル。オレはここまでやってきたぞ」
「私は、最悪の事態にならないことを祈ってるよ」
リュシエルが言う最悪とは、オレが生き残ることか、それとも死ぬことなのか。
城内への扉が近づく。竜王を象ったと思える刻印が描かれている。
戦闘への警戒を高め意識を研ぎ澄ました。
慌ただしい気配が迫りつつあった。荒々しく扉が開かれ、切迫した空気が飛び出した。
焦りに満ちた表情の魔物たちが、オレとリュシエルの脇を通り抜けていった。
「何?」
リュシエルが声を漏らした。
竜王城を守る屈強なはずの魔物たちが、肩をぶつけあいながら、先を争うように門へと走り出していた。
竜人、獣人、魔獣の群れを掻き分けて城内へと入った。
波動が空間を震わせる。しなる鞭のように、魔力を肌に叩きつけられた。
「これは……!」
リュシエルの小さな体が、魔力の波にさらされ、跳ねた。
上空で羽ばたき、体勢を整える。
「竜王か」
上階で竜王の魔力を感じた。リリアの村で出会った竜王の何倍もの力だった。
居場所を探すまでもなかった。この気配を追えば、自然と竜王の間へと辿り着くはずだ。
魔物たちは、侵入者であるオレのことなど眼中にないかのように逃げ出している。
竜王を標的とするオレとしては都合がいい。体力を温存した状態で竜王と向き合える。
「やめておけ」
「ん?」
オレは辺りを見回した。リュシエルと目が合った。
「おい、急におっさんみたいな声を出すな。その顔で濁声を出されるとげんなりするぞ」
「失礼ね、私はこんな汚い声じゃないわよ」
リュシエルは腰に腕を当て、頬を膨らませた。
「おい、何を独り言を言っておる。下を見ろ」
頭頂部が見えた。
「あれ?」
腰を屈めた。口元がびっしりとした髭で埋め尽くされた男だった。
「うっかり踏みたくなるその顔、見覚えがあるぞ」
「あんた、ここに来たもう一つの目的完全に忘れてるでしょ」
リュシエルの指摘に思い出す。
竜王に攫われた兄を救助するように、ドワーフから依頼されていたんだった。
「お前がドグルドか!」
「リグルドだ」
「え、そうだっけ? リグルドって弟だろ」
「ワシはリグルド、弟がドグルドだ」
「本当か?」
リュシエルに確認する。
「あんたは、もうちょっと人の名前に興味を持ちなさい。女の子の名前はすぐに覚えるでしょ」
「そうか、悪かったな、ドグルド。オレは、男の名前を覚えるのは苦手なんだ」
「だからリグルドだって言ってるでしょ」
リュシエルがため息をつく。ドワーフは肩を落とす。
「もういい。こんな無駄話をしている時間などないぞ。お前も巻き添えを食らいたくなかったら、さっさと城外へ逃げろ」
「巻き添えも何も、オレは世界を救うために竜王討伐にやってきたのだが」
「ふん、真理の剣の所持者か、お主も相当の使い手だろうが、やめておけ」
弟と同じで、兄も真理の剣を一目で看破した。
ドワーフの武器を判定する眼力は確かなものらしい。
「竜鱗の剣はワシの最高傑作だ。竜王が本気を引き出せるようになった今、勝てる者は存在しなくなった。ワシの剣こそが、この世を支配するのだ」
ドワーフが天井を仰いで叫んだ。
そこは威張るところではないだろう。オレの手間が増えただけだ。
「あほか!」
スッパーン。ずんぐりした頭を引っぱたく。
柱にめり込んだ。
「お前は何でわざわざ、竜王を強化するんだ。倒すのが面倒になるだろうが!」
「最高の素材で最強の剣を打てと誘惑されれば、ドワーフの鍛冶師として断れん。やるからには、全力で鍛え上げる」
ドワーフはハンカチで、汚れたヒゲの手入れをしながら言った。
「竜麟の剣には竜の煌めきも埋め込んだ。竜王の攻撃力、魔力だけでなく、肉体の強度も向上させる」
ドワーフは興奮気味に唾を飛ばしながら、あらゆる攻撃の耐性が強化されるのだとまくしたてた。
「うわ、邪魔くさい性能を付与してくれたな」
「たとえ破邪の剣でも、竜鱗自体を無効化することはできんぞ」
「お前の自己満足がどれだけオレに迷惑をかけてるか理解してるか」
「だから他のヤツらと同じく、さっさと逃げ出せばいい。竜王の本気に巻き込まれて死ぬぞ。ワシはこの目で、竜鱗の剣が世界を支配する瞬間を見届ける!」
ドワーフが高らかに笑い、誰もいなくなった空間に響き渡る。
鏡面の壁で反響する声は、衝撃音によってかき消された。
「待って……」
リュシエルが上階に生じた煙を見上げた。
砂煙に紛れて火花が散る。連続した金属音が響き合う。
オレが到着する前に、魔物たちは逃げ出していた。既に身の危険を感じるほどの出来事が生じていたということになる。
「竜王は誰に対して本気を出すの?」
オレが疑問を口にするより早くリュシエルが言った。
「ほう、あやつ、まだ踏ん張っておるか。大したものだな。さすが勇者、といったところか」
ドワーフが髭を撫でた。その仕草は竜王の勝利を確信しているようであった。




