50 【改変ルート】助けて、助けて
オレは体内の回路に魔力を流して反応を確認した。
指先までの微細な感覚までを考慮して、魔力総量の半分程度が封印されているとの結論に達した。
命を賭した呪力を解除するには、術者の念を断ち切る必要がある。
骸骨の後ろに佇むキュロは、焦点が合わない瞳の奥にオレの姿を宿していた。
「それがお前の決断か。勇者のために全てを犠牲にしてでも、オレの命を奪いに来たか」
キュロの意志に修正力が絡んでいるかどうかは問題ではない。
お前たちの物語に迎合するつもりはない。
「オレは勇者のためには死なない」
オレとお前の目的が正面からぶつかり合うならば、叩き潰すだけだ。
「だから、お前も全力でオレを殺しに来い。あの世で迷わず済むように本気で答えてやる」
キュロは反応しない。両肩をだらりと垂らし、ふわふわと体を左右に揺する。
半開きになった唇はカサつき、ひび割れていた。
代わりにリッチが歯を鳴らしてケタケタ笑い出した。
「そうか。お前はもう、こいつに取り込まれたのか」
魔力の供給元。既にキュロはリッチの動力源だった。
「イズル、ここは死の谷だよ。甘く考えてたら、あんたも取り込まれる」
リュシエルが警告する。
「イズル?」
白い靄がオレの周囲に満ちていた。
リッチは上下の歯を打ち付けながらオレを観察する。
いや、待っているというべきだろう。
オレが自分を失う瞬間を。
規則的に響いていた嘲笑が、いつの間にか不規則な泣き声に変化していた。
シクシク、シクシクと耳の中でぐるぐるぐるぐる、声が巡った。
靄は精神に作用している。
少女が地に伏せていた。
一人、二人……、たくさんの少女たちが瞳の色を失い、捨てられている。
口々に声を上げる。
助けて、助けて……
どうして私たちはこんな目に合わなければならなかったの?
ああ、だからオレは……
視界が深紅に染まった。
男たちの躯が転がった。少女たちに被さり、苦痛に喘いでいる。
「イズル、てめえ……」
酒臭い息を吹きかけるな。
その額に剣を突き立てた。
「だからオレはこうしてやった」
切っ先が地面に刺さる。
幻影が消えた。真理の剣が周囲の靄を消し飛ばした。
「文句あんのかよ、骸骨」
リッチが顎を食いしばり、歯を軋ませる。
「オレは外の世界に出るぞ。可愛い女の子たちが待ってるからな」
ぽつり、ぽつり。
靄が、水滴となり、オレの髪を濡らす。目尻から頬へと垂れた。
少女たちの涙のようだった。
爪先が地面を蹴る。
剣閃が交差した。
「余計なものを見せやがって。後悔させてやる」
リッチは大剣でオレの剣を止めている。
腕に神経を注ぎ込む。オレに応えろ、真理の剣。
魔力を繋ぐ。オレの回路を遮断する呪いの戒めを破壊する。
白銀の剣が魔力を纏い、紫へと変貌した。
ゴードンの大剣。戦士の豪快な笑い声が蘇る。
紛い物の剣など、オレが砕いてやる。
リッチが全身に魔力を纏った。呼応するようにキュロの肌が枯れ、骨の質感が浮き彫りになる。
解放してやるよ。それがせめてもの手向けだ。
折れた大剣が、衝撃で宙に円を描いた。
リッチの脳天に真理の剣が食い込む。
振り切った。切っ先から生じた風が突き抜ける。谷に充満する靄が吹き飛んだ。
裂けたリッチが霧となり、キュロの肉体へと集まる。霧がキュロの肌に滲み込んでいく。
その表情が妙に穏やかに見えたのは、オレの気のせいだろう。
あいつにとってオレは死ぬべき悪役で、永遠に仇のはずだ。
真理の剣が、谷の真の姿を曝け出す。上空をさ迷っていた竜が、オレを認めると地上付近へと降りてきた。
「さあ、残るは竜王城だ」
一晩の休息を取って、明日にはこの冒険の結果も出ることだろう。




