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悪役令息に転生したオレは、勇者のために死ぬべきか~処刑前夜から始める異世界脱獄物語~  作者: 未玖乃尚
第一章 小説世界で処刑されるらしい

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5 修正力

 瞼を開けると、眩い日差しが差し込んできた。

 ぴちゃ……ぴちゃ

 水を叩く音だった。

 馬がオレを乗せたまま、湖面に舌を打ち付けていた。


「寝てたのか」

 寝不足なのか、まだ意識がはっきりしない。頭を振って体を起こす。リュシエルがオレの腕を枕代わりにして寝ていた。


 天使でも寝るのか?

 人が命を狙われているというのに呑気な奴だ。

 中指で頭を弾いてやる。


「あいた」

「いいご身分だな」

「ああ、イズルか。おはよ。まだ生きてるんだ?」

「どうだ。お前が言う死亡フラグ、回避してやったぞ」

「簡単に運命は変えられないってば」


「なおさら、やる気が出るな」

 馬から降りて湖に近づく。底が見えるほど澄んだ水だった。

 眠気覚ましに顔を洗おうと手を伸ばした。


「ん?」

 水面に映った顔を覗き込む。いつもと違う、見慣れない人物がそこにいた。


 髪の長さは耳から顎のラインまで覆い隠せるほどだった。下を向くと目や口の周辺に、髪が垂れてきて邪魔だ。

 払いのけると、そこにはオレの顔が反射しているはずだった。


「誰だ、この不細工は!」

「あんただよ、ジュリアン・エルミオンくん。まだ、そんなこと言ってんの?」

 抑揚のない声でリュシエルが言う。


「その舌噛みそうな名前はやめろ」

「昨夜説明したよね。イズル、君は小説の中のジュリアンに転生したんだってば」


「オレは……もっとカッコ良かったのに」

「贅沢言わないの。ジュリアンも原作では、元は見目麗しいって描写なんだから」


「こいつが? 前世のオレよりだいぶ劣るな。レベル1だし劣化転生だな、これは」

「性格も今の方が悪いしね」


「そうそう、悪役だったこいつの性格が、転生でもっと悪くなった……ん? おい、それはオレか?」

「性格悪いって自覚あるんだね」


「性格悪いって自覚ないヤツはいるな、そこに!」

 馬上の小虫に指を突き付ける。


「こら、もしかして私のことか」

「おっと自覚しちゃったか」

 ケラケラ笑っていると、リュシエルの投げた石が湖に落ちた。


「残念だったな、当たらなくて」

「水面見てみなさいよ」

「ん?」

 覗き込んだ水面には、波紋で歪んだジュリアンが映っている。


「歪んだあんたの心を映す鏡だね、それ」

 リュシエルが勝ち誇って笑い出す。


 あれ?

 オレは水面のジュリアンに違和感を抱いた。


 頬に触れてみた。ゴツゴツした頬骨が指に当たる。輪郭をなぞると、すとんと指が顎先に落ちた。

 ずい分痩せてないか……?


 その時、水面が強く波打った。

 ジュリアンの顔が水しぶきで裂ける。


 前方に影が聳え立つ。

 死角に気配を感じた。

 咄嗟に腕で頭を庇った。反射的に自ら飛んで衝撃を逃す。


 とはいえ、肉体的にはレベル1だ。緩和しきれない。宙を舞いながらも、ダメージによる腕の痺れと過去の経験を照らし合わせる。


 深刻なダメージではない。


「何よ、あれ!」

 リュシエルの叫びには驚愕が滲んでいた。


 影の大きさ、衝撃の強さ、リュシエルの焦りから、敵と状況を推測する。

 弾かれた体が湖に沈んだ。


 体勢を整えようとすると、牙が左腕をかすめた。血が赤い筋となって水中に散った。

 鼻面を蹴り飛ばして距離を空ける。


 影を確認した。

 人間一人くらいなら、軽く飲み込みそうなほどの魚だ。巨大な尾が左右に揺れる。


 あれでオレを攻撃したのか?

 さしずめ湖の主ってことか。


 巨大魚の瞳は、鏡のようにくっきりとオレのを映していた。

 他には関心がなく、オレだけを狙っているかのような意志を感じた。


 水面から差し込む光が、巨大魚の背後に滲む暗い闇に跳ね返され、屈折する。

 オレには、何かの影が巨大魚を操って襲撃させているかのように見えた。

 魚が口を開いた。輝く牙は、磨き上げた牢獄の鉄格子のようだ。


 魚はタイミングを計るようにゆっくり尾を揺らし、大きく振った。

 ドン!

 水中が震えた。水の衝撃が体を飲み込む。


 平衡感覚を奪われそうになりながらも、体勢を意識し目は魚を追った。

 牙が迫る。ナイフで舌先を斬り裂いた。


 激痛のせいか、魚の動きが鈍った。

 オレは牙を蹴って側面に回り込むと、エラの奥深くにナイフを突き立てた。



…………



「まずい!」

 串焼きにした魚肉を食いちぎってリュシエルが叫んだ。


 火の周囲には、巨大魚の身を刺した枝を何本も突き立てている。

 リュシエルは自分の体ほどもある串を両手に抱き、歯を立てた。


「ヒジョーにまずいと思うわけよ、私は!」

「まずけりゃ食うな」


 むしろ美味いだろ。

 命がけで退治した甲斐があった。湖にいてくれた魚に感謝する。

 脱獄から巨大魚との戦闘まで、動きっぱなしで食事を取っていなかった。これでようやく、エネルギーの補給ができる。


「味の話をしてるんじゃないのよ、私は」

 焼けたばかりの魚に、ほくほくとリュシエルが口を動かす。

 うっとりと幸せそうだ。


「魚は美味しいよ。今の時間帯がまずいの」

「そうか、遅めの朝食くらいだろ」

 オレの腹時計はかなり正確だ。


「そうじゃない。本当なら、ジュリアンは処刑されてる時間なの」

「あ~、男の話はどうでもいい。聞きたくない」

「あんたの話だってば!」


「そういえばこいつ、ジュリアンだっけか」

 オレは襟元を引っ張った。


「ジュリアンは本来なら、今ごろ断頭台で処刑されてるはず。なのにあんたはこんなところで、呑気に魚を食べてる」

「呑気言うな。オレは命がけだったんだぞ」


「突っ込むポイントはそこじゃない」

「美味いな、これ」

 塩があれば完璧だったんだが。


「聞きなさい。死んでるはずのあんたが生きてるということは、筋道を乱し、原作を侵食してるということ」

「と言うと?」

 ずず、とオレは即席で作った木の器に口をつける。煮沸して除菌済みだ。


「ジュリアン・エルミオンが生存してる限り、物語は狂い続ける。あってはならないことよ」

 化け物を食べながらもリュシエルの口調は真剣だ。


「軌道修正しなければ、物語は正常に完結しない」

「正常化にはオレが邪魔ってか?」


「もしかすると、さっきの化け物は、物語が筋を乱す者としてあんたを認識し、修正力を働せたって可能性もある。時間帯もちょうど処刑時間を過ぎた頃だしね」

 リュシエルが食べ終えた串を突き付けた。

 彼女の意見を否定しようとしなかったのは、巨大魚と対峙したオレ自身が、戦いの狭間で、超越的な意志に近いものを感じたからだ。


「串を人に向けるんじゃない」

「ジュリアンに死を与えるための修正力が働くのなら、あんたは早かれ遅かれ、死に直面する」

 串を火にくべてリュシエルは言った。


「登場人物であるジュリアンは、しょせん筋書きの一部よ。予定調和には、決して抗えない。死は、免れない……」

 暑く燃え滾った木が、音を立てて弾けた。


「ま、筋書きを知ってる読者ならそう思うんだろうな」

 腹は満たされたし、そろそろ旅立つか。


「残念ながら、オレは読者……いやリュシエルの期待通りに死んだりしないぞ」

 ジュリアンとして準備された道を歩くなんてまっぴらだ。


「オレの物語はオレが主人公だ。他の事情なんか知らん」

 この世界でも、オレはイズルとして生きる。

 リュシエルはオレの言葉を肯定するわけでもなく否定するわけでもなかった。


「私はあんたの死を見届ける。それだけ」

 茶化すような雰囲気が消え、正面からオレを見据えた。


「私は、あくまで観察者。死という結果を確認して報告するだけ」

 十分だ。読者や観客がいるからこそ、主人公が映えるんだからな。

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