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悪役令息に転生したオレは、勇者のために死ぬべきか~それは処刑前夜に始まった。世界に殺されるなら、運命に抗い脱獄する――これがオレの物語だ~  作者: 未玖乃尚
第五章 改変ルート

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49 【分岐ルート】優しい世界

「ゴードン、どうしてあなたがここに?」

 エミルや霊たちはもつれた紐のままだ。キュロはゴードンだけを認識できていた。


「しっかりしろ、キュロ。ゴードンはもういない!」

 いない?

 おかしい。ゴードンは確かにここにいる。


 耳元で金属音が響いた。

 もつれた紐がキュロをかばい、ゴードンの大剣を受け止めていた。


「こいつはリッチだ。君の思念を汲み上げ、ゴードンの大剣を具現化している。ここに魂なんて存在しないんだ!」

「ㇵッ……」

 ㇵッ、ㇵッ。やけに心臓が痛くて、キュロは胸に爪を突き立てた。


 リッチか、アンデッド系で骸骨の外見をした魔物だ。とてもそうは思えない。

 もつれた紐がキュロを背にして、ゴードンの攻撃に晒されている。腕力の差は歴然としている。踏ん張る足を地面に沈ませるほどの重い打撃に、エミルは後退を余儀なくされる。

 エミルの肩口の血の花が散った。


「うぐっ……!」

 痛みに勇者が呻いた。

 それはキュロにとって、聞いてはならない苦痛の声だった。


「エミル!」

 キュロは即座にエミルを回復させた。勇者が、仲間のために命を危険にさらすなんてことはあってはならない。


「エミル、あなたは僕たちのために歩みを止めてはいけない」

「何を言うんだ。僕が守りたいのは……」

「世界の平和のはずだ」

 キュロが断じると、エミルは言いかけた言葉を飲み込んだ。


 そして、世界を平和に導くのは勇者の役目。他の誰かに奪われていいわけがない。

 キュロによぎったのは、ジュリアン・エルミオンのふてぶてしい程の自信に満ちた顔だった。


 もう理性で否定して抑え込むことはできなかった。あの村で真理の剣を携えた彼は、エミルに匹敵するほどの輝き、もしかするとそれ以上の……


「困るんですよ。僕なんかにかまけて、ジュリアンに先を超されては。ゴードンの死も無価値なものになり下がってしまう」

「しかし」

「あなたが竜王を倒せばゴードンも報われます」

 まだ、これほど素直に笑えるのかとキュロは驚いた。


 ゴードンを見殺しにしておいて、笑っていいのだろうかと自問しながらも、キュロは頬が綻んでいることを知った。

 もつれた紐がほどけ、あらわになったエミルは、キュロにとってはやはり唯一無二の並ぶものがいない勇者だった。


「心配しないでください。死ぬつもりなんてありませんから。すぐに追いつきます。エミルには回復役が必要でしょう」

 断ち切るようにエミルを視界から消し、キュロはゴードンの胸元へと突進した。


「キュロ、竜王城で待ってる」

 ゴードンを抱えてキュロは魔力を放出した。上空へと飛び出し、地上の靄を隠れ蓑にする。

 エミルのことだ、仲間の戦闘を目の当たりにすれば決意が鈍ってしまう。


 ゴードンを倒し必ずあなたの元へ辿り着きます。

 対アンデッド用の浄化魔法を紡ごうとして舌が絡まった。


 心臓がけたたましく鳴った。

 それはキュロにとって時間が停止したことを意味した。口が緩み空気を欲した。

 右方向に目をやると、竜が空を斬り裂くように滑空した。


「ジュリアン……まさか」

 戦闘中なのか、竜の背に乗った彼は敵に取り囲まれていた。


 問題はそこではない。

 自分たちは犠牲を払いながらも、最短距離を効率よく制覇してきた。

 ジュリアンは一人で、竜を手懐け追いついてきた。


 もしも、彼があの敵を撃退すれば、エミルより先に竜王城へ到達してしまう。

 ダメだ。最悪の展開を想定したキュロの脳が、ガツンと強い衝撃に見舞われた。


 頭痛に意識を失いかけ、かろうじて正気を保った。荒れる呼吸を整えようとした途端、リッチの剝き出しになった歯がキュロの額にぶつかった。

 キュロにはそれが現実のようにも、幻覚のようにも見えた。リッチの顎に飲み込まれると漆黒の闇が広がった。


 そこは自由な世界だった。

 自分の淀みを吐き出し尽くしてもなお、受け入れてくれる包容力があった。


 まるで、この世界の理が、キュロから体裁と言う名の外套を剥ぎ取り、願望を剥き出しにさせようと手招きしているかのようだった。


 キュロはここでなら、自分の望みを吐き出せることを知った。

 この世界がこれほど優しいのなら、身を委ねることも悪くない。


 叶うならば、全て与えてやる。この体、好きに使うといい。


「ジュリアン。お前だけは先に行かせない。エミルのために、勇者のために死ぬべきなんだ」


 それがキュロの発した最後の言葉だった。

 彼は闇に飲まれた。



 …………



 後方で響いた衝撃音に勇者エミルは、思わず足を止めた。

 振り返るべきかを逡巡した。


 悪い予感は当たっている。体が震え出し、膝から力が抜けた。

 駆け寄り、抱き起こすべきだと心臓が喚いた。


 エミルは頬を平手打ちし、動かない腿を叩く。

 そして、走り出した。


 前だけを見ていろ。そう言い聞かせた。

 キュロに託されたんだろ、エミル。

 必ずジュリアンより先に竜王を倒すということを。


 言い聞かせようとした。それでも、キュロやゴードンと過ごした時間は、エミルの奥底に焦げを残した。

 炎は未だ、ちりちりとエミルを焼いている。


「ああああああ!」

 空に向かって雄たけびを上げた。空気がエミルの頬を冷やした。

 氷のように冷え切った頬を、温めようと拭った。


「くそ、拭いても拭いても止まらない」

 だったら、そのまま、そのままにしておこう。


 エミルは速度を上げた。風は頬を乾かせ、冷たく撫でた。

 空気が、世界が、エミルの肌を通して、深く刺し込まれていった。


「もう、失うものはない。ジュリアン、勝つのは僕だ。キュロが、僕を勝たせてくれる」

 エミルから、迷いが消えた。

 破邪の剣は、エミルにとって敵を葬る完璧な武器となった。

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