48 【分岐ルート】勇者の仲間は……
朝から死の谷を攻略することが、エミルたちのその日の目標だった。
短時間での踏破に成功すれば、まだ到着していないイズルを突き放す絶好の機会となる。
…………
エミルとキュロは迷いの森での反省を踏まえ、谷の入り口で体力回復のために休息を取った。
死の谷。竜王城への最短の道だ。
死者の魂が人を惑わせる。地元の人間すらも近寄らない。谷に踏み込んで、キュロは直感的に理由を察した。
身震いするほどの冷えと、鉛のような瘴気が手足に纏わりついた。視界を惑わす靄は、幽世に繋がっているかのようだ。
エミルの背中だけが頼りだった。
またか、とキュロは自責した。竜王に近づいているというのに、未だに真贋の目頼りだ。
ひたすらエミルを追いかけているという構図は、迷いの森を否応なしに思い起こさせた。
違うのは、ゴードンがいない現実だけだ。
「すまない」
正面を見据えたままエミルがいった。
表情を伺い知ることはできない。
「僕が真理の剣を入手出来ていれば、この谷の攻略難度は、もっと下がっていたはずなのに」
森でも同じように真理の剣について会話をした。きっと、この瞬間のエミルには、ゴードンの死が鮮明に蘇っている。そしてまた悔恨に苛まれているのだろう。
エミルは自分の力不足を責めているが、見当外れだとキュロは知っていた。
なぜならゴードンが死んだのは、自分が彼を見捨て、回復を怠ったからだ。
「エミル、あなたは竜王を倒すことに専念して下さい。そのために、一刻も早く谷を出ましょう」
キュロは予感していた。
ジュリアンは、必ず竜王城に姿を現す。エミルの勇者としての立場を揺るがす存在があるとしたら、あの男だ。
遅れを取るわけにはいかない。
ゴードンの喪失という事態があったにせよ、旅の工程は順調に進んでいる。
キュロはその結果に満足していた。
あなたの犠牲はムダではありませんでしたよ、ゴードン。
キュロは靄に遮られた虚空を眺め、竜王を倒した暁には、是非とも自分たちを祝福して欲しいと願った。
そんな、キュロの思いに返答するように、ケタケタと笑い声のようなものが聞こえてきた。
「エミル、今声がしませんでしたか」
耳を澄ませた。
「ああ、確かに聞こえた」
死の谷は魂の集積所。だとしたら亡霊の声だとでも言うのか。
キュロを嘲笑うかのように声は広がる。近くから遠くへと、螺旋状に木霊するかの如く、声が波紋を描いた。
「何だ、この声?」
キュロの頭の中で笑いが響き出した。耳を塞いでも静まらない。声が増幅された。
「うるさい、黙れ!」
キュロは叫声で消し去ろうとした。
途端に両肩を掴まれた。
「キュロ、落ち着くんだ」
エミルだった。エミルの顔が左右にズレた。切断したように輪郭が崩れる。
「エミ……ル?」
「正気を保つんだ」
もつれた紐の顔をした勇者がキュロの肩を揺さぶった。
「亡霊じゃない。魂が集まる場所なんて話はでたらめだ」
真贋の目がエミルに真実を映したというのか。だとしたら、この声は何だ?
キュロは首を激しく振り、現実に回帰しようと試みる。
「ここは土地から湧いた瘴気を食う、魔物の住処だ!」
風を斬る音がした。エミルの気配が緊迫度を増した。
敵か、敵がいるのか。エミルを援護しないと。
キュロは支援魔法を発動させようとしたものの、エミルの姿を見失っていた。
敵も味方も、もつれた紐となって、キュロには判別できなかった。
索敵魔法を発動させる。脳裏に敵の位置情報が光点となって刻まれた。視界を遮断し、敵に向かって魔法を打ち込んだ。
「キュロ無理しなくていい」
エミルは戦いの最中でも仲間の安否を気にしている。
実に勇者らしい。エミルはいつだって、自分よりも周囲の人々を気にかけている。だからこそ、仲間にして欲しいと頼み込んだ。
幼いころから魔法の才に恵まれ、キュロは自分こそが竜王を倒すのだと信じ切っていた。
エミルの剣は的確に敵を断つ。
かつてのキュロの自信を打ち砕いた勇者の剣は健在だ。何が起きても彼の剣先が鈍るようなことがあってはならない。
キュロの故郷が魔物に襲われ、家族すらも守れない自分に絶望したとき、救ってくれたのが勇者エミルだった。
最後まであきらめず、勇気を振り絞れるものこそが勇者なのだと悟った。勇者エミルは誰よりも眩しかった。勇者が切り開く未来を一番近くで見たいと思った。
露払いが自分の役目だ。
エミルに身体強化を施した。
目を閉じていたってわかる。エミルを示す光点は誰よりも輝き、敵の数を減らしていった。
あなたは少し我儘になったほうがいい。
キュロは広範囲魔法で敵を焼き払った。
エミルの命は、自分たちとは対等ではない。もしも仲間があなたの枷になるのなら、あなたは振り返らずに進むべきだ。
仲間は勇者のために死ぬことを誇りに思うのだから。
脳裏に光が煌めいた。キュロの眼前に、光点が位置していた。新たな敵が出現したのだと察知した。
キュロは、ゆっくりと瞼を上げた。
それが誰なのかはすぐに分かった。ずっと一緒に旅をしてきたのだ。
見慣れた深紅のブーツに、鍛錬を重ねて作り上げた太もも、なまくらな刃なら跳ね返してしまうほど強靭な胸板、豪快に笑う口は、固く閉じられていた。
「ゴードン?」
キュロは死んだはずの仲間の名を呟いた。




