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悪役令息に転生したオレは、勇者のために死ぬべきか~世界が殺しに来るなら、運命に抗い脱獄する~  作者: 未玖乃尚
第五章 改変ルート

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44 【分岐ルート】勇者のため

「大丈夫」

 エミルの言葉は、勇者一行にとっては導きにも等しかった。

「僕の目は確実に出口を示している。たとえ同じ場所をさ迷っているように見えても、このまま行けば外に出られる」


「おうよ、エミルの目は真実を見抜く。剣がなくとも勇者が我らを導いてくれるさ」

「そうですね。私たちはエミルに従います」


 自分たちが迷ったとしても、エミルは真実を見ている。

 エミルの背を追えば、おのずと答えに辿り着く。

 そうして、目の前の景色が変わった。


「えっ!」

 二人の姿がなくなっていた。

 ゴードンの巨躯が暗闇に沈み、霞んでいた影が木であったことを今さら知った。


 キュロは周囲を見渡した。光を遮るほどの鬱蒼とした草木に囲まれてキュロは立ち尽くした。

 はぐれた?

 森に惑わされたのか。


 まさか自分が、とキュロは即座に状況を飲み込めなかった。今にも迷いそうだったゴードンにさえ気を払っていれば、エミルの導きで脱出できるものだと過信していた。


 鳥の鳴き声がケタケタと嘲笑っているかのように聞こえた。

 獣の遠吠えが耳元に響く。

 まずい状況だ。回復役の自分がいなくなれば、攻撃の担い手であるエミルがゴードンを補佐する役目に回る。魔力の少ないエミルが、苦手な回復魔法を施したところで、出口まで体力が持つのか疑問だ。


 森に漂う瘴気に身震いした。静かさの中に、木々のざわめきがやけに大きく響いた。

 早く合流しないと。


 敵を避けながらエミルたちを探すことにする。

 索敵魔法を展開した。魔力消費量を抑えるために、索敵範囲を調節する。


 意識下に、魔力で円状の波動を形成する。

 範囲内に敵意を持った敵がいればすぐに反応があるはずだ。


 張り詰めた波動に乱れが生じた。意識の波が大きく振動し、脳裏に敵の実像を結ぶ。

 トロールだ。暴力的な体躯がキュロの頭上を覆った。


 大木を振り回すように、こん棒が落とされる。

 ズオッ!

 重苦しい空気圧がキュロを押し潰そうとする。


 加速の魔法を使い、辛うじて地面に伏せて逃れる。飛来した土砂がキュロの顔面に叩きつけられた。

 キュロは唇に魔力を乗せ、高速詠唱を開始した。呪文の省略は威力を低減させる。高速で詠唱すれば、威力と速度をバランスよく両立できる。


 爆裂魔法がトロールの顔面に炸裂した。

 暗闇に閃光が迸り、遅れて爆音が轟いた。習得している中でも最上位の魔法だ。


 肉弾戦での勝ちはない。

 一対一なら魔力の温存を諦め、全力で対応するべきだとキュロは判断した。


 光が途絶えた煙の中で、トロールの眼光が輝く。

 効いてないのか?

 トロールの戦意は残されている。体勢を立て直す前に、トロールが詰め寄り、こん棒を振り下ろす。


 その重圧は、大気の悲鳴を呼び起こさせるほどだった。

 間に合え。

 十分な詠唱時間を確保できなかった。キュロが呪文を省略しながら、防御障壁を発動させた。


 こん棒が障壁の輪郭を穿つ。

 トロールが喉を鳴らして歯を食いしばり、こん棒に体重をかける。


 光の粒子が飛散する。障壁が決壊した。

 脳天への衝撃を警戒して腕を頭上に掲げると、ゴツっとした鈍い音が響いた。

 人影が空気を裂いて地を跳ねる。暗がりの中でも、その鎧は銀色に輝いた。


「エミル!」

 キュロをかばったエミルが衝撃に頭を振りながら体を起こした。

 駆け寄りながら、キュロはエミルに回復と身体強化の魔法をかけた。


「うおおおお!」

 唸りながらゴードンが大剣を振り回した。こん棒と正面からぶつかり、木々の葉を揺るがす。


 肌が痺れるほどの気迫が突き抜けた。ゴードンは自分よりも巨大なトロールの一撃を正面から受け止めてもなお、押し切られずに耐えている。


 白銀の鎧が躍る。エミルがゴードンの肩を踏み台にして、破邪の剣を薙ぎ払った。

 トロールは胸元から血を噴き出して倒れた。


「やったか」

「ゴードン離れて」

 エミルが警告を発する。勇者の真贋の目は、倒れたトロールを見据えたままだ。


「僕たちは引き寄せられていたんだ。ヤツのテリトリーに」

 トロールを突き破り、体内から霧が溢れ出す。


 丸みを帯びた角が、トロールの背から生み出された。そのように、キュロには見えた。

 獰猛な瞳が赤く輝く。四本の脚が脱皮するかのように、トロールの衣を脱ぎ捨て地面を掴む。


 巨体を支える赤黒い筋肉はトロールを凌ぐほどだった。肩を左右に振りながら、顎を突きだす。

 二本の角が木々をなぎ倒す。

 咆哮が轟き、霧を吹き飛ばした。


「ベヒーモスだ」

 エミルがトロールの正体を告げた。


「森の主の登場ってか」

 大剣を構えようとしたゴードンの体が宙に浮いた。


「な……」

 キュロはそれだけの声を零すだけで精一杯だった。

 ベヒーモスの角に、ゴードンがぶら下がっていた。


「そんな……」

 キュロが後ずさる。

 ベヒーモスが首を振ると、ゴードンの肉体が角から離れて転がった。


「くそ、何てとこに迷い込んだんだ」

 自分がはぐれたせいで、エミルを危機的状況に追い込んでしまった。

 ゴードンから溢れた血は、彼の頬を深紅に染め上げていた。


 回復魔法では、傷を瞬時に直すことはできない。

 心臓が胸を破りそうに暴れている。意識しなければ、呼吸すらまともに出来そうになかった。


「キュロはゴードンを頼む」

 エミルが跳躍する。

 破邪の剣がベヒーモスの障壁に弾かれた。


「なぜだ!」

 キュロは叫んだ。破邪の剣は、勇者が悪とみなした者の防御を無効化する力があるはずだ。

 まさか、エミルはベヒーモスを悪であると、認識できていないのか。


「エミル、そいつは私たちの敵です。倒すべき悪です」

「しかしヤツは竜王軍に属してはいない。僕たちが勝手に住処に入り込んだから……」

「そんなことを言っている場合じゃありません」


 こんな状況で、エミルの優しさが仇になるとは。

 ゴードンの血は止まらない。びくびく痙攣している。放置していては手遅れになる。


 エミルは破邪の剣でベヒーモスを叩くが、障壁に遮られて傷一つ負わせられない。

 ベヒーモスがエミルに肩をぶつけた。


「ぐあっ」

 苦悶の表情を浮かべるエミルを回復する。


 体力を戻したエミルが大木を蹴り、ベヒーモスに迫る。

 障壁に阻まれ、反撃を受ける。同じことの繰り返しだ。


 ゴードンに薬草を渡そうにも、彼は自分で使うことすら難しい状態に陥っている。

 ならば……

 キュロは呪文を唱える。間違えないように丁寧に言葉を紡ぎ、効果を最大限にまで高め、ベヒーモスの障壁を解除する。


 勇者は、この世に一人だ。

 彼を失うことだけはあってはならない。


 そのためなら、たとえ非情だと罵られようとも……

 キュロは全魔力を用いて、障壁の解除魔法を放った。


 勇者のために死ぬ。ゴードン、それはあなたにとっても本望のはずです。

 私たちの命は、勇者エミルのために存在しているのですから……


 彼のためなら命を投げ出すことにお互い躊躇いはない。

 そうですね?

 キュロの魔法がベヒーモスの障壁を崩壊させた。エミルが破邪の剣を振るった。


 エミルに何かあればどうなる?

 ジュリアン、あなたが勇者に成り代わるなど、あってはならないことです。

 キュロは、破邪の剣がベヒーモスの首に食い込み、血しぶきを散らすのを最後まで見届けていた。

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