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悪役令息に転生したオレは、勇者のために死ぬべきか~処刑前夜から始める異世界脱獄物語~  作者: 未玖乃尚
第五章 改変ルート

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43 【分岐ルート】刻んだ印

 山をようやく抜けると、キュロはすぐに森へ入ることを提案した。

 鬱蒼とした森では、根や蔦が地面を這い巡り、馬の脚に絡みついた。

 仕方なく徒歩で進むことになった。


 キュロの背中がじっとりと汗ばむ。

 休んでいる暇はなかった。わざわざ、危険な近道を選んだからには、一刻も早く竜王城に辿り着くべきだ。ジュリアンが追いつけないほどの差をつけて、勇者エミルの偉大さを世に知らしめたい。


 馬を捨てたなら、なおさら急がなくてはならなかった。

 ジメジメした空気が足にのしかかる。蓄積した疲労が体を重くさせた。

 先頭のゴードンが汗を拭って振り返った。


「おい、さっきもここを通らなかったか?」

「ゴードン、あなたがエミルの指示に従わなかったからですよ」

「いや、我はエミルが言った方向に歩いたぞ」

「全然違う方向でしたよ。しっかりしてください」


「揉めるのはよそう」

 エミルが間に入った。

 キュロは素直に受け止めた。言い合いをしていたところで、この状況は改善しない。


「そうですね。争っていても、何も解決はしません。エミルの真贋の目さえあれば、この迷路のような森も抜けられるはずです」

「大丈夫。僕を信じてくれ」

「もちろん、私もゴードンもエミルを信じています」


 どれだけ進んでも、森の中は同じような光景が広がっていた。同じ場所を歩いている、と言った方が正しいのだろうか。


 エミルが進もうとしている道には、出来たばかりの足跡があった。

 キュロには、先ほど自分たちが歩いた道をなぞっているようにしか見えなかった。


 エミルは倒れた雑草を踏みしめる。

 自分の目に惑わされるな。

 彼の目には、行く手を照らすような、白く輝く道程が刻まれているのだろう。

 エミルが前方を指し示した。


「このまままっすぐだ」

「よし、こっちだな」

 ゴードンは大きく足を踏み出して、エミルとキュロから離れた。


「またっ!」

 キュロが慌てて腕を掴んだ。

「ぬっ!」


「あなたの後をついていては、いつまで経っても抜け出せません。ここは、順番を入れ替えましょう。

「いや、我はエミルが言った方向へ行こうとしたつもりだが」


 ゴードンが妙なことを言い出した。彼の言葉を信じるならば、思考と行動にズレが生じていることを示唆している。


 森が意識に作用している?

 そんな疑念が湧いた。

 キュロ自身も同じ場所を進んでいるような気がしていたところだ。

 感覚があてにならないならば、エミルの真贋の目に頼るのが、森を抜ける近道だろう。


「エミルを先頭にして、私を最後にして、迷子になりそうなゴードンは、間にいてください」

 エミルに付いていけばいい。

 ゴードンも納得して、エミルの後ろに回る。


「じゃあ、僕から逸れないように頼むよ」

「待ってください、エミル。ここに印をつけておきます」


 キュロは近くの目立つ木にナイフを突き立てた。柄を引こうとすると、切っ先が苔で滑る。

 すぐ下に位置を変更することにして、進む方向に矢印を刻んだ。

 一行は勢いよく天へと伸びる雑草を搔き分ける。しばらくすると、視界が開けた。


 倒れた雑草を踏み荒らした形跡がある。様子を伺いながらも迷いがないエミルの背中を追う。

 言いようもない不安がキュロの胸に去来する。喉の奥が粘つき、唾を飲み込むのに一呼吸要した。


「止まってください、エミル。ここにも目印を」

 キュロは近くの大木を叩いて、ナイフを出した。

 木に置いた手のひらをどかそうとして、そこに削られた横線の傷が隠れていたのに気づいた。


 手を降ろすとパラパラと樹皮が剝げ落ちた。湿度を含んだ樹木の香りが、キュロに既視感をもたらした。

 影から樹皮に刻まれた矢印が露になった。目の高さから、キュロと同じ背丈の者が刻んだのだと推測できた。


 いや、これは……

 キュロは刃物の切っ先を矢印に重ねる。位置の高さ、矢印の長さ、あたかも自分自身で刻んだかのように手に馴染む。

 苔に触れた。


「元の場所に戻ってる……」

「どういうことだ、キュロ」

「見てください、ゴードン。この苔の傷。私が最初に印をつけようとして、失敗した痕です」


「真贋の目にはどう映ってるんだ、エミル」

 エミルは苔をなぞって、慎重に辺りを伺う。


「みんなと同じだよ。確かに傷は入ってる。これはまやかしじゃない」

 エミルの呟きが枝葉のざわめきに飲まれて消えた。

 風が木々を間を駆け、冷たい空気を運んできた。滲んだ汗が肌を冷やした。


「つまり、これは現実ということですか」

「まるで森が意志を持って、我らを迷わせようとしているようだな」

「そんなことをして、何になるんです」

「さて、我らが力尽きたところで食うつもりかもしれんぞ」

 からかうようにゴードンがにんまり笑う。


「さしずめ、我らは森の胃袋に迷い込んだ獲物かもしれんぞ」

「まさか」

 言葉では否定するものの、ゴードンの指摘はキュロに焦燥という火種を落とした。

 否定する根拠もなく、森が一行の精神と体力を削っているのは事実だ。


 早く抜けなければ、疲れ切ってしまうのは明白だ。

「真理の剣さえあれば……」

 無意識に出た言葉でキュロは我に返った。


 過ぎたことだ。真理の剣を持つのは勇者であるエミルだという思いはあるが、実際に入手したのはジュリアンだ。

 分かってはいるが、真理の剣があれば仲間であるキュロやゴードンにも出口への道を照らしていたはずだ。


 森を攻略をするのに、これほどの苦労はなかっただろう。

 変わらない事実を愚痴ったところで事態は好転しない。

 エミルの真贋の目は、真実を彼に与える。それで十分だ。

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