42 【分岐ルート】折れた鉛筆
森を抜けてエミルたちは、ようやく村に到達した。
エミルの足取りは重かった。
俯くと煌びやかな鎧がくすんで見えた。それほど打ちひしがれているのだろうか。
すれ違う村人が振り返る。
辺境の村に住む人々には、白銀の甲冑が珍しいのだろう。
エミルはなるべく疲れを表情に出さないように口角を上げ、会釈しながら通り過ぎる。
夕陽がエミルの影を映し出す。
丸まった背筋を正した。
姿勢を保つことが、気力を維持することに繋がるのだと信じた。
「大丈夫ですか、エミル?」
隣に並んだキュロが問いかけた。彼にも疲労の色が濃く出ている。
激戦を潜り抜けてきたのだ。当然だった。
「僕は大丈夫だよ。キュロのほうこそ魔力を使い切って疲れただろう? ダメだな、僕は。まだまだ勇者として足りないものが多すぎる」
竜王城への近道を優先し、険しいルートを選んだのは自分だ。
見通しが甘かったことに憤り、エミルは腿に拳をぶつけた。自分の決断に対する非難でもあった。ジュリアンとの競争を優先していなかったか、と。
「私がしっかりしていなかったせいです。もう、油断はしません。これからはいかなる時も最善を尽くします」
エミルはキュロの自戒を目を閉じて受け止めた。
彼の言葉は、自分にこそ当てはまる。改めて胸に刻む。
勇者として竜王を討伐することを優先する。敵の本拠地に近づくにつれ、戦いは苛烈さを極めるだろう。
油断を後悔する余裕すら与えられないはずだ。
「悪は僕が必ず滅する」
破邪の剣は、悪にこそ効果を発揮する。
「竜王こそ、この世の悪の象徴だ」
エミルは誓う。
「この剣の前に立ちはだかる敵は、必ず切り捨てる」
竜王だけに縛られてはならない。敵を悪と見なす意志の力が不可欠だ。
「無理はしないでくださいね。エミルに万が一のことががあれば、この世界に残るのは、絶望です。何なら明日は休息しても……」
「いや」
エミルは言葉を遮った。
「のんびりしている場合じゃない。僕は明日には出発したいと思ってる。キュロはどうかな?」
「異論はありません」
宿屋につくと、エミルは手続きをしようとした。
カウンターに広げられた宿帳に、手際よく自分とキュロ、続いて三人目の名を書こうとして、鉛筆の芯を折ってしまった。
「エミル?」
「あ、すみません」
うつむいたまま、エミルは主人に謝る。唇を噛んだ。血の味がした。
字が、ぼやけた。
「構いませんよ。では、お部屋にご案内しますね」
宿屋の主は気さくに答えた。
エミルは戦いに汚れた手で、乱暴に目をこすった。
「キュロ、行こうか」
部屋で一人になり甲冑を脱ぐと、エミルはベッドに倒れ込んだ。
「疲れた……」
思えば、冒険に出てから初めての言葉だ。それほど、肉体的にも精神的にも追い詰められた一日だったのか。
竜王討伐の旅が簡単ではないことは理解していた。
「違う」
理解してたつもりだったのだろう。
覚悟が全く足りていなかった。
精神的な未熟さが招いた結果だ。もう、甘さは捨てる。
次の谷を越えれば、竜王城は間近だ。
敵は僕がせん滅する。エミルは破邪の剣に語り掛けた。
「だから、今度こそ、僕に応えてくれよ」
ジュリアン、君に出番は与えない。
もう引き下がれないところまで来てしまったんだ。
食事が準備されるまで、時間はまだある。
少し、眠ろうか。
エミルの瞼の裏に浮かんだのは、迷いの森での出来事だった……




