4 逃げないの?
風がそよいだ。
耳元で枝葉が騒めく。葉の輪郭が額や頬をかすめ、肌をざらりと撫でる。
重みを受けて足裏の枝が軋んだ。
「ねえねえ、逃げないの?」
耳元でリュシエルが囁く。魔力を放射していない天使は、森の闇に溶け込んでいた。
「黙ってろ」
注意力が散漫になる。オレは手頃な木を見つけて体を潜ませていた。
逃げたところでいずれ馬に追いつかれる。だったらここで迎撃しておく。
笛が鳴る。喧噪が近づく。地面を打ち鳴らす蹄の音が大きくなった。
死刑囚が脱獄して塔を飛び降りたのなら、まずは周辺を捜索するはず。
闇に灯った明かりを頼りに距離を測る。
影がよぎった。
飛び降りる勢いを利用して側頭部を蹴り抜いた。
ポコッ。
「あれ?」
またかよ。
「あっははは。あんたはレベル1だってば。全力の蹴りが効かないとか笑える」
「やかましい!」
追手の首に足を巻きつけ、体を捻る。
「結果が出ればいいんだよ」
関節を決めて投げ飛ばす。落下した追手が暗闇で弾んだ。
オレは馬の背に手をついて体勢を整えると、手綱を握った。
「うそぉ、せっかくの死亡フラグが」
「お前は、オレが死ぬことしか考えられんのか」
「それが私の役目なので」
にこっと微笑むリュシエルの後方から矢が飛んできた。
残る先陣は二騎。後続とは少し距離がある。
枝葉を避けながら速度を落とす。距離が詰まった。
射掛けようとする影に対して石を投げる。反撃のために準備しておいたものだ。
兜に当たった衝撃で兵が体勢を崩した。
馬を並べる。追い打ちで兵を蹴り飛ばしながら、太もものナイフも頂く。今度は成功だ。
落馬する相手を確認して前を向いた。
「手癖悪いわね、あんた」
「器用と言ってもらおうか」
視界の隅で閃光が煌めいた。
最後の一騎が剣を振り下ろしてきた。
早速ナイフの出番だ。
金属音が鳴り響いた。
ナイフで受け流す。
木々の隙間を縫って馬を走らせた。先行して闇に飛び込む。
風が強くなった。体勢を低くする。
枝を掴んでしならせ、反動を利用した。
後方の一騎に飛び移る。
背後を捕え、刃を突き立て、馬から突き落とした。
リュシエルが悲鳴を上げた。
「ちょっと、あんた何倒しちゃってんのよ。生き残っちゃうじゃない」
「生きるためにしてんだよ」
「私、家に帰れないじゃん」
「じゃあ、ずっとオレと暮らすか?」
「いやいや、ありえない」
目が沈み、口元が平坦になる。
憎たらしい天使だな。
「さて、これからどうするか」
この場を乗り切ったとしても、これからも、追手を差し向けられるのだろう。
馬を走らせながら先のことを考えていると、眠気が襲ってきた。
追手との距離もだいぶ開いてきた。
生きるためには休息も、必要だ……




