38 【正規ルート】妖術師と竜
洞穴を飛び出すと、手足を縛られた。
その瞬間、皮膚の感覚が鈍くなった。
痺れが内部を侵食しようと試みる。
バランスを崩した。受け身を取らず、体内の魔力の流れを阻害されないことを優先した。
魔力回路を遮断するための堰が形成されようとしていた。
魔力を増幅させて妨害する。
顔面を痛打する。唇を切り、口内に土が紛れ込む。
オレは地面に伸びた人影に向けて、唾を吐き捨てた。
「ふむ。咄嗟に魔力遮断を回避したか」
頭上からしわがれた声が降ってきた。
手足の自由を奪われ、オレは身を捩じらせて仰向けになった。
「ドワーフの次はじじいかよ」
「口の減らん小僧じゃな」
額や目元に深い皺を刻んだ青肌の老人が、口ひげを摘まんで捩じった。
ボロボロの歯が剥き出しになる。
「バルケスだけでなく、フェグリムのバカも死んだか。こんなポンコツ勇者にやられるとは、情けない。四天王の恥さらしめ」
「お前もすぐ仲間に入れてやるよ」
「このガキが!」
爺さんが足を上げて、顔を踏みつけようと踵を落とした。
オレは魔力の輪で縛られた両腕の間に足を招き入れた。枯れ枝のような足に腕を巻きつけて、体を捻って地面に叩きつける。
このまま折ってやる。
腕の拘束が解除される。足がすり抜けた。
爺さんは息を荒げながら、四つん這いでオレから距離を取る。
「そ、そうか。だてに四天王を二人も倒したわけではないということか」
「逃げ足の早い爺さんだな」
足、首の順で折るつもりだったが。
オレは自由になった両手の具合を確かめる。
手首の拘束魔法を解除させただけでもよしとするか。
あとは、両足の不自由をどうするかだ。
両足を振って反動で立ち上がる。
目の位置が高くなったことで、ようやく周辺の状況を把握することができた。
「今のチャンスを逃したのは惜しかったな。もう油断はないぞ」
爺さんは背後に竜を従えていた。尾だけでもオレの体格の数倍はあるほどの巨大な竜だ。
前足の爪を地に食い込ませ、直立した首を下に傾けて戦況を注視している様子だ。尾を天に向けてゆらゆらと揺らしていた。
「妖術師ザルドナ……ヤツも四天王の一人だ」
遅れて出てきたドグルドが剣を構える。
「おっさん、引っ込んでろ。邪魔だ」
「お前こそ、足を封じられた状態でどう戦うつもりだ?」
「魔封じは避けたし、手も自由になった。あんたはオレを勇者として信じたんだろ?」
オレの言葉に言い返そうとして、ドグルドは声を飲みこんだ。
まあ、オレは勇者ではないわけだが。
今さらドグルドは自らの眼力を否定したりしないだろう。
「ワシは構わんぞ。二対二で戦うのも面白そうじゃ……のう?」
爺さんの問いかけへの返事なのか、竜は正面を見据えたまま、尾でゆっくり円を描いた。
「オレは一対二でもいいけどな」
軽い会話の最中であっても、爺さんはオレの魔力の微細な変化に対応しようと気を張り巡らせている。
イズルの肉体ならば、爺さんの感知速度を超えて解除魔法を発動できるが、ジュリアンでは難しい。隙を与えるだけだ。足首の自由は少しの間お預けだな。
「言いおったな。おい、少し遊んでやれ」
爺さんが竜に対して顎をしゃくってみせる。
竜の分厚い瞼が閉じられる。尾を地面に横たえる。
なるほど……素直に従うような関係ではないということだ。
「おい。ワシは遊んでやれ、と言ったのだぞ。理解しておるのか? 同胞がどうなったのかを」
言葉に呼応して、風が吹いた。
山が動いたかのように地響きがして、尾が跳ねた。
オレの頭上で、竜の尾が唸りを上げる。
爆発音をさせて尾が地中に沈んだ。




