34 【正規ルート】剣を見せてくれ
モンスターを倒しながら次の街にたどり着いたのは、昼過ぎの夕方に差し掛かる時間帯だった。
レベルは20。ようやく平均的な冒険者になったわけだ。とはいえ、能力値は平均を凌駕しているらしい。
「金だ」
馬を繋いで街へ入ると、オレはギルドを探した。
宿代どころか、夕食代もない。サクッと稼げる仕事を探してみることにしよう。
ダメならモンスターを食って野宿だ。
「グスタフを倒したら、オレが当主になって、金も相続できるはずだったんだがな」
「前当主が魔物だっていう事実確認が必要なんだよ。そんなすぐに、お金を自由に使えないよ」
リュシエルがケラケラ笑っている。
いやオレが金ないと、お前も美味いもん食えないぞ。
この虫もどきは理解しているのだろうか。
「くそ、昨日の祝勝会、おごりだって言わなきゃ良かったな。おかげで借金まみれだ」
「あんたが冤罪だって証明されても、悪役令息の評判があるから相続だって時間かかるかもよ」
「エミルに奢らせればよかったか。あいつ勇者だから金持ってるだろ」
「勇者って案外お金持ってないよ。モンスターをちまちま倒して、装備品揃えなきゃいけないしさ。普通の冒険者は、できる仕事をコツコツしてればいいけど、旅するのはお金かかるよ」
「一文なしで旅するオレは詰んでるってことか。オレ、貴族のはずなのに。名前を出してツケにするとかどうだ?」
「この街でそんな奇特な人いないでしょ。イズルは悪役令息で有名なんだってば。」
行き交う人が、すれ違いざまにオレを横目で見る。
リュシエルが見えないのだから、オレが独り言でも言っているように見えるのだろう。
もしかすると、ズタボロの貴族服が目立つのかもしれない。
金があれば、動きやすい冒険者服に着替えるのだが。
「くそ、全部ジュリアンのせいだ」
「イズルの本性はジュリアンの悪評を上回ると思う」
「リュシエルは、そのオレを超える本性だしな。上には上がいるってことか」
「しばくぞ、こら」
試食を配っている店がいくつかあった。
それぞれで一口ずつ貰う。うまい。だが金はない。食べるだけだ。
オレンジ色に染まりつつある道中、依頼を終えた冒険者らしき姿が次々と合流してきた。この先にギルドがあるのだろう。後に続けば目的地に着くはずだ。
前方の店に武器屋の看板がぶら下がっていた。その隣には荘厳な佇まいの建物がある。レンガ色の瓦が葺かれた白塗りの建物を、冒険者風の男女が訪れる。
入口を目指して階段を上り、広場に出ると突然影が行く手を遮った。
男、髭面、おっさん。
ぎゅむ。
「おい……」
靴の裏からおっさんの声が漏れる。
「何だ?」
「なぜ、踏む?」
「無断でオレの足の裏に入るんじゃない。飛び出すな、冒険者は急に止まれないって言葉を知らんのか」
「知らんな」
「オレが今考えた言葉だからな」
足を退けると、靴の形が刻印されたおっさんが現れた。
髪と眉が跳び上がり、口周辺から顎まではヒゲでびっしり覆われている。頑固親父という表現が似合う風貌だ。
背丈はオレと同じくらいだ。
「わざわざ割り込んできたんだ。オレに用でもあるのか。女の子ならともかく、おっさんに割く時間はないぞ」
「その剣を見せてくれ」
おっさんはハンカチで顔を拭きながら言った。
どうやら綺麗好きなおっさんのようだ。
「おっさんに見せる剣はない。オレはすぐにでも金がいるんだ」
隣をすり抜ける。
「即金で稼げる仕事があるとしたら?」
足を止めた。
「今日中に終わるか?」
「前金なら渡そう」
「よし。話くらいなら聞いてやろう」
「その前に剣を見せてくれ。大金を払うんだ、こちらが選ぶ権利を認めてくれてもいいだろう?」
「おい、これはリリアに貰った宝物なんだ。べたべた触るなよ」
「大丈夫だ。見るだけで分かる」
おっさんはしゃがんで、剣をぶらさげた下半身を舐めまわすように眺める。
全身に鳥肌が立った。気味が悪い。
おっさんの望み通り、剣を半分ほど抜いて観察させてやる。
石畳に尻を降ろすと、おっさんは腕組みをして唸り出した。
変なヤツだ、しばらく放置していると、茫然と固まっているリュシエルに気付いた。そういえば、ずっと無言だ。
「どうした?」
リュシエルはオレに声を掛けられて、我に返ったように小さな体が跳ねた。
おっさんは剣に夢中になって聞いていない。
「あ、何でもない、よ」
「そうか。何でもないのか」
「妙に含みのある言い方するね」
「じゃあ、確認するぞ。ここで起きてる出来事は、必然か、偶然か?」
「……」
真面目なリュシエルが言葉を濁すなら、オレはまず筋書きであることを前提とする。
そうなると、この出来事は必然だということになる。
おっさんが、ギルドの前で仕事を頼んで、オレに剣を見せるようにせがむのは、この世界によって仕組まれていたこと。
予定調和だ。
真理の剣入手がフラグとなって引き起こされたイベントだという可能性が浮かぶ。
「素晴らしい剣だ。この世の物とは思えん。どこで手に入れた」
おっさんが立ち上がった。
「オレの魅力が分かる美少女から貰った」
「う、うん。まあいい、決めた。この剣に選ばれた者ならば申し分はない」
おっさんは周囲を見渡し、会話が聞こえない広場の隅へとオレを誘導する。
「これを見てくれ」
おっさんは、所持していた剣を差し出した。
装飾が施されていないシンプルな鞘と柄だった。
抜いてみる。煌めく白刃に夕日が触れて引き裂かれた。
見るだけで伝わった。この剣は斬るという機能に最適化された逸品だ。
「どうだ?」
「いいんじゃないか。魔物を斬っても簡単には刃こぼれしなさそうだ」
「オレが打った物だ。これを報酬に、とも考えていたんだが」
「いらん」
即答した。
「オレの剣は美女の体内から生み出された名剣だぞ。おっさんの汗と涙にまみれたものとは比較できんな」
「ワシの汗は関係ないと思うが……否定はせんよ、この剣は、お前のものには及ばん」
おっさんは頷いて、待っててくれ、と告げると、階段を下りて行った。
「どこ行ったんだ?」
おっさんが雑踏に紛れるとオレはリュシエルに尋ねた。
「そんなこと私に聞かないでよ」
「”知ってる”んじゃないのか?」
「聞こえなーい」
リュシエルは耳を塞いで、クビを激しく振った。
分かりやすいヤツだ。
大人びた美貌なのに、妖精のように小さく子供っぽい仕草、そのギャップもリュシエルの魅力だ。
「あー、早くイズルの魂をあの世へ連れて行きたい」
「やっぱ、可愛くないヤツだな」
というか、遅いな。
オレは待つのが嫌いだ。放置してギルドに向かおうとすると、おっさんが暑苦しく息を切らして階段を駆け上がってきた。
「すまん。待たせたな」
「どこへ行ってたんだ」
おっさんはオレに革袋を突き出した。
ジャラっと金属音がする。
「剣を売ってきた。受け取ってくれ」
袋を渡される。想定以上の重さだ。落としてしまいそうになり、オレは握力を強めた。
「本来の報酬とは別に剣を渡すつもりだったんだがな。お前の剣の前では不要だろう」
「気前がいいな」
オレは袋の口を広げる。詰め込まれた金貨が輝いていた。
これだけあれば、借金を返すどころか、装備や旅費にも困らない。余裕で釣りが出るだろう。
あの剣を売却したのなら、それくらいの金額にはなるはずだ。
「もちろん、前金と成果報酬も渡すつもりだ」
高額報酬にはリスクも伴う。
「死ぬ覚悟で、ってことか」
「受けてもらわなければ困る」
「おっさんの依頼に命は懸けない主義なんだがな」
しかし真理の剣入手からの、生死に関わるイベントが発生したという事実は無視できない。
死亡フラグに囚われたジュリアンだからこそ、死を連想させる出来事には敏感になっておくべきだ。
おっさんの依頼を受けて、死と隣り合わせの状況に身を置くことで物語はどう動く?
「話を聞こうか」
「その前に場所を変えよう」
おっさんは目つきを鋭くし、周りを観察する。
「誰にも聞かれたくない。ギルドで個室を借りよう」
「げ。あんたと二人きりになれと?」
いやだ。
オレは男が苦手なのだ。
近寄るおっさんから離れようとした。
「ワシはドワーフだ」
おっさんは声を顰めて言った。




